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18 ヨーゼフ⑨ それがお前の望む幸せか

 この時、私の心は決まった……。


 私は王妃に告げた。


「もう一度だけ、メラニアとゆっくり話をさせて下さい。答えはその後でも良いですか? これ以降、彼女の生活は一変するはずです。ですから、最後にきちんと自分の口から、彼女に全てを説明します。自分の犯した過ちは自分で正したいのです」


 私の口ぶりから、答えを感じ取ったのだろう。


 王妃は黙って頷いた。



 ******



「今日メラニアは何をしていた?」


 その後屋敷に戻った私は執事に尋ねた。


「はい。ラデッシュ様と共に買い物に出掛けておられました」


「買い物……そうか……。それで? 彼女は何を買いに行ったんだ?」


 次にそう問い掛けた私に、執事は言い辛そうに答える。


「何でも今度ラトリア伯爵家の茶会に招かれたとかで、それに着ていく新しいドレスが欲しいからと仰って……」


 ドレス……。ならば試着などで時間も掛かったはずだ……。


「その間ノアはどうしていたんだ?」


「ノア様はまだ小さいのでお留守番です。ずっと乳母が面倒を見ていました」


 家の事情を知る執事は声を落とし、そう報告した。


「つまり幼いノアを一人屋敷に残し、自分はラデッシュと2人で買い物を楽しんでいたと言うことか?」


 私ははぁーと一つ、ため息を落とす。


 アイリスの誕生日。メラニアのアイリスへの非道な仕打ちと家の金の使い込み。それに加え、借りたはずのアリアの遺品まで売り払っていた事を知った私はメラニアと激しく言い争った。


 その時、彼女にはっきり伝えたのだ。


 アリアの遺品を売った金を返さなければならない。この家にはもう金はないのだと……。


 恐らくメラニアは、そんな私の言い付けなど気にも留めてはいないのだろう。


 私は執事に彼女を執務室に連れて来るよう頼んだ。


「全く、どうしてそんな下らない事を報告するのよ!」


 廊下からメラニアが執事を怒鳴りつける声が微かに聞こえた。


 突然私に呼び出されたのだ。彼女は何の用かと予め執事に探りを入れたんだろう。


 そして彼は恐らく、此処での私との会話をそのままメラニアに伝えた。


 以前彼女は私に訴えかけていた。


「アイリスは気に入らない事があると直ぐに使用人達に当たるの!」と……。


 全く、彼女の言う事は何から何まで嘘ばかりだ。


「それをしていたのはアイリスではなくてお前だろう……」


 私は一人呟く。


 私はとっくに彼女の苛烈な性格には気付いていた。気付いていて態と気付かぬ振りをしていたのだ。


 向き合うのが面倒だったから……。


 そのせいでアイリスを傷つけた。


 だがこれで最後だ。


 今度こそメラニアときちんと向き合わなければならない。私はそう思ったのだ。


 その後直ぐに扉が叩かれ、メラニアが執事と共に執務室へ入って来た。


 彼女は先程執事に怒声を浴びせていたのが嘘のように、私に向かって歯に噛むような笑顔を見せた。


 私はメラニアを睨みつけながら、声を掛けた。


「今日の話は長くなる。そこに座れ」


 自分の座る向かい側の椅子を指差す。


 その態度で、私が本気で怒っていると感じたのだろう。メラニアは私の指示した通り、慌てて椅子に腰を下ろした。


 私は直ぐに彼女を怒鳴りつけた。


「私は何度も言ったはずだ! お前が勝手に売ったアリアの遺品の代金を、侯爵家に返済しなければならないんだと! 何が新しいドレスだ! まだそんな金があると思っているのか!?」


 私は敢えて誰が返済するとは言わなかった。


 メラニアはそんな私の意図には気付いていない様子だった。


 途端に涙ぐみながら必死に言い訳する。


「だって、ラトリア伯爵家の茶会に招待されたのよ。ただでさえ私は皆から元平民だと馬鹿にされているの。貴方は私が皆に馬鹿にされても平気なの? それに貴方はもうすぐ宰相になるのよ。妻である私が見窄らしければ、貴方まで馬鹿にされるのよ。私はそんなの我慢できない……」


 そう言ってまたはらはらと涙を流すのだ。


 この涙に何度騙されたことか……。


「だったらそんな茶会、行かなければ良いだけだろう」


「それはダメよ! ラデッシュにはまだ婚約者がいないのよ! こうして色んな所に顔を出せば、良いご縁が見つかるかも知れないじゃない!」

 

「まさか、お前。ラデッシュを貴族に嫁がせようと思っているのか!? あの子は平民だぞ!」


「あら、私だって元はと言えば平民よ。それにラデッシュはノアの実の姉。次期伯爵の血を分けた姉なの。そして母親の私は次期宰相夫人。あの子と縁を結びたい家だってきっとあるわよ。私はね、何としてもあの子には貴族と結婚させたいの。幸せになって貰いたいのよ。ねぇあなた、分かるでしょう?」


 メラニアはそう言ってまた、涙を流した。こうすれば私が折れると思っているのだろう……。


「何故そこまで貴族に拘る? 貴族に嫁げば幸せになれるのか?」


 私はメラニアに問い掛けた。


「貴方は貴族として生まれたからそんな事が言えるのよ! 大きな家、綺麗なドレス、美味しい物を食べて使用人達に傅かれての生活……。貴族と平民は大きく違うわ!」


 するとメラニアは、そう言って私の問いに声を荒げた。


「……そうか……。それがお前の望む幸せか……」


『彼女が平民になった貴方で満足すると思っているの?』


 王妃の言った通りだった。


 だったらもう良心は傷まない。選択肢は2つしかないのだ。自分がした事は自分で償えば良い……。


 私はメラニアに静かに告げた。


「それがもう無理なんだ。メラニア、私は宰相にはなれない。筆頭補佐官の任を解かれ、文章課に異動することが決まった」


「何ですって! 文章課!?」


 それを聞いたメラニアの目が、大きく見開かれた。

 





  







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