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16 ヨーゼフ⑦ 選ばれたのは侯爵家

「では、貴方に裁定を言い渡します。貴方の宰相筆頭補佐官の任を解き、文章課への異動を命じます」


 王妃の声が執務室に冷たく響く。彼女はあえて裁定と言う言葉を使った。


 つまりこれは私への罰なのだ。


「文章課……」


 私は息を飲んだ。


 文章課の仕事は、会議の内容を書き起こす事だ。


 それは今から17年前。私がまだアリアと出会う前に従事していた仕事で、主に任官したばかりの若い文官が任される仕事だった。


「私に新人達に混じって仕事をしろと言うのですか……」


 屈辱に体が震える。


 だがいくらそう感じても、宮廷貴族である私には王家の決定に従う以外、他に選択肢はないのだ。


 侯爵家と言う後ろ盾を失った以上、異動は覚悟していた。


 だがまさか文章課とは……。


 余りにも理不尽に感じた。


 私は宰相筆頭補佐官として5年もの間、直接国の運営に携わって来た。国の方針を決める側にいたのだ。そんな私にとっては、信じられない程の降格処分。いやそれどころか補佐官となってからの、私のこの17年間の実績すら否定されたも同じだった。


 補佐官となってからのこの17年間、私は必死に働き、国のために尽くして来た。


 それこそアイリスと共に過ごす時間さえ削ってまでも……。


 それに今回の事は全て伯爵家の家の中の問題。だから自分がまさかここまでの処分を受けるとは思っても見なかったのだ。


 不満の言葉を漏らした私に、王妃は冷たい視線を向けながら話を続ける。


「そう、貴方はこの決定に不満なのね? でもね、私は王妃なの。私が1番に考えなければならないのはまずは国の事。貴方はメラニアに騙された。女の流す涙に簡単に騙される様な人間に、国の舵取りなんて任せられると思う? つまり貴方は今回の事で、自ら自分は宰相としての資質に欠けるのだと証明してしまった」


 王妃が私にそう言い放つ。


「……っ! だからと言って今回の処分はあんまりです!」


 そう言い募った私の言葉を王妃は手を挙げて制し、更に言葉を繋いだ。

 

「それともう一つ。実は理由としてこちらの方が大きい。貴方は侯爵家を怒らせた。その結果、嘗て貴方の最大な後ろ盾だった侯爵家は、今や貴方にとって最大の敵となった。侯爵夫妻は貴方を決して許しはしない。貴方がアイリスよりメラニアを選んだように私達王家もまた選んだの。侯爵家と貴方を天秤に掛け、侯爵家をね」


「……最大の敵……」


 私は王妃の言ったその言葉を呆然となぞらえた。


「貴方が真面目に仕事に取り組んでいた事は知っているわ。でもね、貴方の代わりはいても、侯爵家の代わりはいないのよ。侯爵夫妻はアイリスと同じ思いを貴方に味合わせかったんでしょうね。選ばれず、大切なものを奪われるその絶望を……」


 私か侯爵家か……。


「……つまり侯爵夫妻がそれを王家に迫ったと言うことですか……?」


 体が震えるのが分かる。

 

 侯爵夫妻が怒っている事は分かっていた。


 だが私の中でそれは漠然としたものだった。


 何故ならアリアと結婚してからずっと、侯爵家は何時も私の後ろ盾となり、守ってくれていたから……。だから私も安心して仕事に没頭できたのだ。


 あの侯爵夫妻がまさかここまで……。


 王妃の言葉で、私は侯爵夫妻の怒りを目の前に突き付けられた、そんな気がした。


「ええ、そうよ」


 王妃が頷く。


「考えた事がある? アリアの遺品を奪い取った。そう後になってから言葉にするのは簡単。でもね、その情景を思い浮かべて見て。大切な母の遺品よ? アイリスはそれこそ必死に抵抗したでしょうね? でもメラニアはそれを無慈悲に取り上げた。貴方に訴えようとしても貴方はアイリスの話なんて聞こうともしない。アリアの遺品が奪われていく度に、アイリスの心は絶望に包まれていく。侯爵夫妻にとってアイリスはアリアが残してくれたたった一人の忘れ形見よ? そのアイリスを傷つけらて侯爵夫妻が貴方やメラニアを許すと思う?」


 そして王妃は漸く今回私を執務室に呼び出した理由である、侯爵からの言伝を告げた。


「そのアイリスから取り上げたアリアの遺品を、メラニアは売り払っていたそうね」


 王妃はそう言ってまた、違う書類を私に差し出した。


「そこに記載されているのは公正証書に基づいて算出した、アリアの遺品の評価額よ。」


 その数字を見て息を飲む。


「……こんなに……」


「当然の事だけれど、侯爵はこれを弁済して欲しいそうよ。もし出来なければ強盗としてメラニアを騎士団に突き出す。侯爵はそう言っていたわ」


 その言葉に衝撃を受けた。


「……強盗……ですか?」


「ええ。抵抗するアイリスから無理やりアリアの遺品を奪い取って売り払ったのよ? 当然でしょう?」


「……ですがこんな金……我が家にはもう……」


 そう……。あの誕生日会の後、メラニアを不審に思った私は屋敷の帳簿を全て調べ衝撃を受けた。


 伯爵家の金の殆ど全てを、既にメラニアは使い果たしていたのだ。


「そのようね。だって屋敷にお金があれば、何もアリアの遺品まで売る必要はなかったはずですもの。だから侯爵はそれを弁済する為の2つの選択肢を用意したの。貴方にどちらかを選ばせるためにね」


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