15 ヨーゼフ⑥ 道化だった自分
そんな馬鹿な……。
あれが全て芝居だったと言うのか……。
信じられなかった。
あの頃、メラニアは毎日思い詰めた様な虚ろな目をしていた。
だから放っておけなかった。慰め、励ます私に涙をはらはらと流しながら縋り付く。
その姿は、その手を離せばいっそ儚くなってしまうのではないかと思う程だった。
だから側にいたのだ。
ただでさえ満足に会えないアイリスが、屋敷で一人私の帰りを待っている事を知っていながら……。
私の頭の中にあのアイリスの誕生日の日のメラニアの姿が思い浮かぶ。
ネックレスが自分のものだと言うアイリスに、それは自分がラデッシュに買い与えた物だ。娘を泥棒扱いするなんて酷いと……そう言ってメラニアは涙を流した。
だが実際はどうだった?
ネックレスは王妃がアイリスに誕生日プレゼントとして贈った物で、メラニアは明らかに嘘を吐いていた。
要するに、涙を流したメラニアのあの姿は全て嘘で、あの場で私を自分とラデッシュの味方につける為の芝居だったのだ。
「まさか……私は初めからずっと彼女に騙されていたのか……」
私は呆然とした。
私のその言葉に、王妃がまた答える。
「嘗て自分を選ばなかった男と再会したと思ったら、その男は筆頭補佐官と言う重要な役職に就き、次期宰相と目されていた。然も妻を病で亡くし今は独り身。メラニアにとってこんな美味しい話はなかったてしょうね。もし後妻に収まる事が出来れば、地位も名誉も一度に手に入る。だから今度こそ、どんな手を使っても必ず貴方を手に入れたい……そう思ったとしても不思議ではないわ」
そうか……。メラニアは私の気を引くために、夫に愛人がいるなどと嘘を吐き、哀れな女の姿を演じながら私の庇護欲をくすぐったのだ。
そして私は、そんな彼女にまんまと騙された愚か者だった。
あんな嘘ばかり吐く女のせいで、私はアリアが残してくれたたった一人の娘を失った……。
誰よりも大切だった娘、アイリスを失ったのだ。
怒りに震え拳を握り締める。
だが待て。メラニアの夫もまた王宮で勤めていたのだ。そんなありもしない噂を立てられて黙っているはずがない。
そう思って更に書類を読み進める。
そうして漸く真実に気付いた。
夫は既に王宮勤めを辞めていたのだ。
しかし、彼もまた領地を持たない宮廷貴族だ。
本来なら仕事を辞めれば生計は成り立たなくなるはずだ。
それなのに男爵家は、メラニアの元夫が王宮を辞める前よりもずっと、豊かな暮らしをしている様だ。
「以前より良い食材を買い求める様になった」
「以前より良い服を仕立てる様になった」
書類には男爵家に出入りする商人達からのそんな証言までもが記載されていた。
恐らく何処からか男爵家へ金が流れているのだ。
書類はそれを示唆していた。
本当に良くここまで調べたものだと感心するが、裏を返せばここまで徹底的に調べる程、侯爵夫妻の怒りが強いと言うことだ。
そして、この状況で何処から男爵家に金が流れていたかなど、もはや考えるまでも無かった。
そうか……。だからメラニアは結婚したら家政と子育てに専念したいと言ったんだ。
そうすれば伯爵家の金を自由にできるから……。
そうとは知らず私はあの頃、仕事をやめてまで家庭に入ってくれるメラニアに感謝していた。
これでもうアイリスは寂しい思いをしないで済む……。そう思ってほっとしていたのだ。
だが結果はどうだ。
メラニアはアイリスを虐げ、彼女は私を捨て家を出て行った。
アイリスへの仕打ちだけではない。
恐らくメラニアに割り振られた予算や、アリアの遺品を売った金は全て男爵家に流れていたのだろう。
彼女の吐いた嘘を男爵が黙認し、愛人がいると言う汚名を被って離縁する……その代償として……。
『お父様! 目を覚まして下さい!!』
またあの時のアイリスの寂しそうな顔が思い浮かぶ。
自分が余りにも情けなくて惨めだった。
「もう分かったでしょう? 彼女は平然と嘘を吐くの。貴方はそれにまんまと騙されて大切なものを全てを失った道化よ!」
王妃が鋭い視線を向けながら声を荒げる。
道化……。
そう言えばアイリスも私をそう呼んだ。
だが私はそう呼ばれるだけの事をしたのだ。
全ての書類を読み終わり、顔を上げた私に王妃は言った。
「以前貴方はメラニアではなくアリアを選んだ。だから彼女はアリアの身代わりとしてアイリスに見せつけたの。大切な父親が自分より、メラニアを選ぶ姿をね。でもそれが、アイリスにとってどれ程残酷な事だったか貴方に分かる? あの子は貴方を本当に愛していたの。それなのに貴方はあの子のその思いを裏切った。その報いは受けなければいけないわ」