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14 ヨーゼフ⑤ メラニアの吐いた嘘

 その書類には過去、メラニアに関わった者達の証言を元に、彼女の生い立ちが網羅されていた。それを見て思った。


 こんなもの、昨日今日で作れるものではない。恐らく侯爵夫妻はもうずっと前から、メラニアの行動に疑心の目を向けていたのだろう。


 書類によると、メラニアの生家は王都の片隅で花屋を経営していた。


 彼女は子供の頃から近所で評判になるくらい利発な子供だった。何しろ花を買う客の勘定を一瞬でしてしまうのだ。


 当然、周りの大人たちは皆、彼女を褒めた。


 そんな時、彼女は決まって言ったそうだ。


「私、大きくなったらお城で働くの。そしたら貴族と結婚出来るでしょう? そしてお花に囲まれた大きなお屋敷に住んで、贅沢な暮らしをするの」


 彼女は花を買いに来る貴族達の話を聞き、その生活ぶりに憧れを抱いていたのだろう。


 でもそれは子供が抱く夢物語。彼女の周りの大人たちは皆、そう思っていた。


 だが、彼女は至って真剣だった。


 ある日メラニアは突然、家族の前で宣言する。


「私、王宮の主催する文官採用試験を受けることにしたから」


 平民の中にも優秀な人材はいる。そんな人材を市囲から掘り起こす為に、王宮では数年に一度だけ採用試験を実施していたのだ。


「女の子が王宮で働くって言えば、侍女かメイドでしょう? どうして文官になろうと思うの?」


 書類にはメラニアが文官採用試験を受けると聞いて、彼女にそう問い掛けた幼馴染の話が記載されていた。


 その時メラニアはこう答えたそうだ。


「だって他と違わなければ、選んでは貰えないわ」


 そして彼女は目的の為に必死に勉強し、難関と呼ばれる採用試験に合格を果たす。


 その後王宮で文官として働き始めたメラニアは、彼女の思惑通り稀有な存在として同僚達から注目を集めた。


 だが彼女はそんな事は気にも留めていなかった。彼女の目的は玉の輿に乗る事。


 その一点だけだった。


 そんなある日、遂に彼女に運命の出会いが訪れる。


 その日は朝から雨が降っていた。平民の彼女には当然、馬車などない。


 雨の中王宮まで歩いて来た彼女は、足を床に滑らせ派手に転んでしまった。


 靴の底が雨で濡れていたのだ。


 すると頭の上から声がした。


「大丈夫? 立てる?」と……。


 見上げると一人の青年が自分に手を差し出している。


 彼はメラニアを立たせると、「これ、使って」と言って今度はハンカチを差し出した。


 ふと気がつくと、彼女の手のひらには血が滲んでいた。


 恐らく転んだ時、咄嗟に床に手をついてしまったのだろう。


「ありがとうございます」


 メラニアが丁寧に礼を言うと、その青年は優しく微笑んだ。


 この時、メラニアはこの青年に運命を感じた。彼が自分に向ける笑顔を誤解したのだ。


 きっと彼は自分に好意を寄せているのだと……。


 メラニアは青年について調べた。


 すると彼は伯爵家の嫡男で、両親は既に他界しており、婚約者もまだいない事が分かる。


 やっぱりそうだ。彼に婚約者がいなかった事でメラニアは根拠のない確信を得た。


 だがいくら待っても彼からはその後何も言って来ない。


 だから彼女は自分から動く事にした。


 周りに彼の事が好きだと吹聴したのだ。そうすれば彼も自分の気持ちに気付いて交際を申し込み易いはずだと考えた。


 その頃のメラニアは彼と結ばれる未来を夢見ていた。


 でも夢は夢だった……。


 何故ならその後、彼は直ぐに運命の出会いを果たし、その女性と結婚したからだ。然もその相手と言うのは侯爵家の令嬢だと言う。


 自分にはどう逆立ちしても敵わない相手だった。


 書類には同僚の話としてこう書かれていた。


 その頃のメラニアの落ち込み具合は凄ましかった。


 好きだ好きだと言いふらした手前、彼女は彼に自分が振られたのだと認めなくてはならない。


 だがそんな事は、彼女のプライドが許さなかったのだろう。


 彼女はずっと、彼は侯爵家の権力の前に仕方なく令嬢と結婚したのだ。そうでなければ必ず自分を選んでいたはずだと周囲に漏らしていたらしい。


「まさか、この青年と言うのは私か……?」


 思わず声が出た。


 だが私は、その頃メラニアに出会っていたことさえ、記憶の隅にもなかった。


 きっと私にとっては、廊下を歩いていて目の前で転んだ女性を助け起こした。ただその程度の事だったのだろう。


「そのようね。だから彼女はアリアを自分から貴方を奪った仇の様に思って恨んでいたのでしょう。その恨みがアイリスに向かったのでしょうね」


 私の漏らした声に王妃がそう答えた。


『まぁ、彼女は伯爵の事が好きでしたからね。そうやって嫉妬されるのは愛されている証拠ですよ』


  私は以前、同僚が言った言葉を思い出した。そうか……彼はこの事を知っていたのだ……。


 その証拠に彼は好きでしたと過去形を使ったではないか。


 もし自分がそれに気付いてあの時調べていたら、アイリスをあれ程苦しめる事はなかったかも知れない……。


 私は悔しさに唇を噛み締めた。


 私のその表情を見た王妃が言葉を繋げる。


「彼女、かなりプライドの高い人のようね。まぁ、でも考えてみれば女性で文官採用試験に受かった人だもの。当たり前なのかも知れない。でもね、こういう自分に自信のある人って実はとても危険なのよ」


 結局メラニアはその後、自分に求婚してきた同僚の男爵家の嫡男の元へと嫁ぐ。彼女は望み通り、貴族夫人となったのだ。


 だが待っていたのは彼女が思い描いた様な優雅な生活ではなかった。


 男爵家は貧しく、彼女は妻ではなく稼ぎ手の一人として扱われた。


 それはラデッシュが生まれてからも変わらなかった。彼女は産後も殆ど休む暇もなく、仕事に復帰させられた。


 そうなってくると否が応でも気付く。


 そうか……。夫は私の稼ぎを当てにして求婚してきたんだ。


 メラニアは良く職場で夫への愚痴を漏らしていたようだ。


 だが今更分かっても後の祭り。何より彼女と夫の間には既にラデッシュがいた。


 彼女は必死に働き続けるしかなかった。


 それから長い月日が流れた。


 彼女の前に再び転機が訪れる。


 メラニアは宰相付筆頭補佐官の秘書官に異動になったのだ。


 以前の事は記憶にさえなかった私だが、その頃の事は良く覚えていた。


 当時私はアリアを亡くし、多忙ゆえにアイリスとの時間さえ取れずにいた。


 そんな私にある日メラニアはさりげなく話しかけてきた。


「私にも補佐官と1つ違いの娘がいるんですよ」


 同じ多感な時期の娘を持つ親同士。然も彼女は秘書官とはいえ私の同僚で、仕事上の共通点も多い。


 私達は直ぐに意気投合した。


 それから暫くして、私は彼女から相談を受けた。


「実は夫に愛人がいるんです」 


 だが手渡された書類にははっきりと書かれていた。


 《メラニアの夫に愛人がいたという事実はない》


 私は愕然とした。


 それもまた、彼女の吐いた嘘だったのだ。


 

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