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1 母の遺言

「お父様のことを……お願いね……」


 母は亡くなる間際、まだ小さかった私の手を握り締めてそう言った。


 あれから8年……。


 母の残したこの言葉は、まるで呪文のようにずっと私の心を縛り付けてきた。


 でも、それももう限界だ。


 ねぇ、お母様。


 私……お父様を捨てて良いですか……?



******


 今日は私、アイリスの誕生日だ。


 だから毎年この日は、我が家に母方の祖父母を招いて私の誕生日会を開く……それが母の生前から続く、このゾールマン伯爵家の恒例行事だった。


 でも、それももう今年で最後。


 私は今日で16歳になる。


 この国の成人は16歳。つまり私は、今日から大人の仲間入りをすると言うことだ。


「アイリスも来年、成人を迎えます。成人を過ぎた娘に何時迄も誕生日会と言うのも可笑しな話しでしょう。彼女ももう子供ではありません。申し訳ありませんが誕生日会は今年で最後にしたいと思います」


 昨年の誕生日会、父は突然祖父母にそう話を切り出した。


「だがなヨーゼフ。孫の誕生日くらい幾つになっても祝ってやりたいものだ。それに誕生日を祝うのに大人も子供もないだろう?」


 祖父母はそう言って父を説いたが、父が折れる事はなかった。


 理由は簡単。父は単に祖父母に我が家に来て欲しくなかったのだ。


 私アイリスは宮廷文官である父ヨーゼフと、侯爵令嬢だった母アリアとの間に生まれた。


 父と母は貴族には珍しい恋愛結婚だった。


 母の話では、親友と喧嘩して泣いていた母を、たまたま通りかかった父が慰めて話を聞いてくれたのが縁だったらしい。


「その時、お父様が私の話を真剣に聞いてくれてね。自分のことでもないのに、どうしたら彼女と仲直り出来るか必死になって考えてくれたの。その誠実さに私、素敵な方だなぁって思って猛アタックしたの」


「え? お母様が?」


「そうよ。ねぇ、アイリス。幸せになれるチャンスなんてそんなに沢山落ちている訳じゃない。だから自分から掴み取りに行かなきゃ」


 母は少し照れた様に笑いながら、父との馴れ初めを話して聞かせてくれた。


 実際、子供の私から見ても父の側にいる母はとても幸せそうだった。


 でもそんな母は今から8年前、私がまだ8歳の時に突然病気で亡くなった。


 それ以来父と私はずっと、2人で寄り添う様にして生きて来た。ところが母の死から3年後、父は突然宰相付きの筆頭補佐官に任命される。異例とも言える大抜擢だった。私は父の日頃の働きぶりが認められたことに大きな喜びを感じていた。なぜなら、筆頭補佐官は次の宰相への試金石。領地を持たない宮廷貴族であるゾールマン家にとって、こんなに光栄なことはない。だがその分、父の力量が試される。実際それからと言うもの父の仕事は多忙を極め、私が父と共に過ごす時間はどんどん減っていった。


 父は若くして両親を事故で亡くしていた。だからこそ一人の寂しさを誰よりも分かっていたのだろう。


 それから暫くして父はいきなり私に、自分の秘書官だったメラニアを妻として迎え入れると笑顔で報告した。


「彼女にはお前と一つ違いの娘がいるんだ。喜べアイリス。お前に母と妹が一度に出来るんだよ。これでもうお前も寂しくはないだろう?」


 余りにも突然の出来事に戸惑う私に、父は諭すように告げた。


「ここのところ私は忙しくてね。以前の様にお前に構ってやれなくなった。お前には寂しい思いをさせてしまったね。だが、これからはそんな事はなくなる。それにメラニアはとても優秀な人でね。家政全般、全て担ってくれるそうなんだ。これは全ていずれこの家を継ぐお前のためなんだよ」


 父の話ではメラニアは平民の生まれにも関わらず自ら必死に勉強し、努力して難関とも言える文官試験に合格した才女だそうだ。その後彼女は男爵家に嫁ぎ娘ラデッシュが生まれたものの、夫が愛人を作り、王宮勤めの職業夫人だった彼女は半ば三行半を突き付ける形で夫と離縁したらしい。


 驚いたのはこの時メラニアは既に、父の子をそのお腹に宿していたことだった。


 だから正直に言えば、母の事を考えると私の心情は複雑だった。それでも父が選んだ人だ。仲良くやっていければ……私はそう思っていた。


 でもメラニアそうではなかった。


 彼女にとって前妻の子である私は、邪魔者以外の何者でもなかったのだ。


 

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