追放されましたが、縁は切れませんでした
この小説を開いて下さり、ありがとうございます。
「あなたとはここでお別れよ、カート」
そう静かに、冷たい目で告げてくる女性はミルク。
この街で最強のパーティ、『竜王の牙』のリーダーだ。
「……それってやっぱり、俺が実力不足だから?」
俺がそう言うと、彼女は目を伏せた。
「……そうね、直球に言うと、そういうことになるわ」
「……そうか」
俺とミルクの間に、沈黙が走る。
俺とミルクは、単にパーティメンバーであるという関係性だけにとどまらなかった。
俺と彼女は、同じ村で生まれ、育ち、一緒に旅をして、この街にたどり着いた。
そこで、二人でパーティを組み、そして仲間を集め、いつしか、この街でも最強のパーティと呼ばれるほどに、名を挙げたのだ。
俺は自分が冷静じゃなくなるのを感じつつ、言葉を荒げる。
「……なんでだよ、ずっと、やってこれたじゃないか!このままでだって……!!」
「それじゃ、だめなの」
「だめって……?」
彼女は、スッと一枚の紙を差し出す。
そこには、「Aランクパーティ任命書」と記載されていた。
「Aランクパーティの任命書、来てたのか」
「えぇ。……ここを見て」
そういって、彼女が指さすところを見る。
そこには、「Aランクパーティ要件:メンバー全員が“Bランク”冒険者であること」と書かれていた。
俺は、Eランク。
武力が至上とされる冒険者において、俺はパーティの足を引っ張るお荷物だった。
「——その為に、俺を切り捨てるのか」
「……えぇ。私たちは、もっともっと先へと行く。きっとSランクの称号だって、夢じゃない」
「——お前がピンチだった時、何度俺が助けたと思う?」
「……それは、子供の頃の話でしょ。——今はもう違う」
暴れだしそうな心境を、俺は何度も抑え込む。
それはとってもみじめで、みっともないと思ったから。
「……わかったよ。……俺以外の仲間と、仲良くな」
若干とげとげしい言葉ぐらいは勘弁してほしい。
そう思いながら、俺はパーティハウスを後にした。
――それから五年。
俺はパーティから抜けた後、『バランサー』という自身の力を相手に押し付けるスキルを発現。
ドラゴンを討伐し、ドラゴンスレイヤーの称号を手に入れ、『最弱の龍殺し』の二つ名も得ることができた。
その結果、Sランク冒険者にまで上り詰めることができたのだが……。
「ねぇ、もう聞いてよ~……」
「はいはい」
ここは酒場。
目の前で酔いつぶれながら愚痴を垂れ流しているのはミルクだった。
「最近さ、ダンジョン探索が主流じゃん……」
「まぁ、手に入る素材の割がいいらしいからな」
「私もさ、メンバー連れてもぐったのよ、ダンジョンに」
「はぁ」
ミルクはそう言うと、グビっとエールをあおる。
「でもさ、手に入る素材がぜーんぶ後衛用!後で聞いたら、前衛用の素材、ほぼ落ちないんだって……」
「そりゃ、ちょっと辛かったな、ほら、食え」
そう言ってぐずぐずすするミルクに、追加で揚げ物を注文する。
「ありがと~……」
俺が彼女とこんな奇妙な事をしているのは、二年前の偶然がきっかけだったように感じる。
『あ、……』
その日、Aランク級の魔物を討伐することに成功した俺は、酒場へと足を運んでいた。
命交わる戦いに、自分の生存本能が刺激されていたのだ。
気分が高揚していた俺は、少し夕食を豪勢にしようとカウンター席に腰かけた。
その時だった。
『もう~!ッ信じられるっ!!?』
そう言って隣の人物が絡んできた。
『あんの冒険者、ずぅーっとエロい目で私を見てきやが……』
目が合う。
『『あ、……』』
ミルクだった。
『はい、エールと付け合わせのから揚げ』
その瞬間に料理を出されてしまったため、帰りづらい。
そう思っていた時に、ミルクが話しかけてくる。
『……Aランク冒険者になったらしいわね』
『あぁ……』
最初はかなり気まずかった。
しかし、時間が経つにつれ、ミルクの酒がさらに回っていく。
そのころには、もはや気まずい雰囲気はどこへやら。
いつの間にか、ミルクの愚痴大会へと変わっていた。
俺はそれを肴に、酒を飲んでいく。
そうして始まった不思議な関係は、ずるずると二年も続いていた。
「なぁ……?」
「何?」
俺は思い切って、聞いてみることにした。
「俺の事、どう思ってるんだ……?」
「……はぁ!?」
ミルクは、顔を真っ赤に染め上げる。
「べ、べ、別に何ともお、おも、思ってないわよ!!?」
「そこまで言われると他意がある気がするんだが……」
俺はグイっと一杯飲み干す。
「パーティを抜けた後、すぐにスキルをゲットしちまって、段々と俺の名前が広がっていくようになっただろ」
「……あぁ」
「俺は、『戻ってこい』なんて言われるんじゃないかと思ってた」
そう言って揚げ物をつまむ俺に、ミルクははぁ、とため息をついた。
「あのねぇ、そもそも『お前はいらない』とか言って追い出した後で、『やっぱりいる!』がまかり通ると思ってるの?」
「……よく聞く話だからさ」
「いーや、私には分かる。どうせあの時に縋ったとしても、カートは『もう遅い』とか言って戻ってこなかったでしょ」
「……それが理由か?」
「……それに、そうなったのは私たちと一緒にいなかったから。私たちと一緒じゃ、一生スキルは目覚めなかっただろうし、私はそれを見抜くような力も無かった。つまり私の実力不足、ただそれだけ」
そう言ってミルクはいくつかの揚げ物を口に放り込む。
「まぁ、結局これだけ頑張ってようやくAランクだし、私たちの実力ってその程度しかなかったのよね」
「そうだな、あ、Aランクおめでとう」
「遅い」
「……戻ってきてほしいとは思った。でも、分不相応すぎる願いでしょう?」
「……」
「……ほら、何も言わない」
そう言って、ミルクはどんどんと食べていく。
やがて、テーブルの上がジョッキと皿で埋め尽くされたころ。
俺は、意を決して懐にあった小箱を取り出した。
「なぁ」
「なぁに?」
彼女は泥酔していて、きっと明日には忘れてしまうのだろう。
だからこそ、今、伝えたいのだ。
「好きだ」
「……え?」
彼女はきょとんとした表情を浮かべていたが、段々と顔を赤らめ始める。
「……冗談?」
「……昔っから憧れだった。小さい頃から一緒に過ごすうち、きっとお前と結ばれることになるんだろうなと思っていたからか、ずっと意識してきてた」
「ちょ」
「でも、あの一件以来、ミルクと疎遠になって、気づいたんだ」
「待って……」
「あ、俺、お前のこと、好きじゃなかったわって」
「は?」
空気が凍る。
そんな雰囲気も気にすることなく、俺は話を続けていく。
「なんだろうな、お前と離れて、初めてお前に抱いていた思いが家族のそれだって気づけたんだよな」
そう言ってぬるくなったエールを呑む。
「でも、久しぶりにミルクと会って、こうやって飲みあかして、笑いあって」
「……」
「そうしてなんてことない事をしている今が、一番楽しいことに気づいたんだ」
俺は頭を掻いた。
「まぁ、お前が酔っ払ってるときにしかできない臆病者だがな。……この話は忘れてくれ」
「……やだ」
ミルクは俺の肩をガシッとつかむ。
能力の都合上、俺は俺に敵対していない人物に対してはめっぽう弱い。
「忘れてやらない。——絶対に」
「ちょ、ちょっと――」
――彼女が俺と寝ていることに気づき、絶叫するまで、あと、10時間。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
あなたの読書人生に良い本との出会いがありますように!