0. 高2、春。
対戦よろしくお願いします、ぼにはちです。
初投稿、させていただきました。拙作ですが最後まで読んでいただければ嬉しいです。
高校二年生になった。
俺はなんにも変わらなかった。
5月、みんながクラスに次第に馴染んで少しずつ新しい友情が芽生えている頃、俺は相変わらず少し浮いていた。
別に、誰も話してくれないなどというわけではない。
隣の席の仁保さんにはお世話になっているし、用があればクラスメイトから声をかけられることがある。
見た目に自信を持っているわけではないが、良い方向にも悪い方向にも目立つような容姿ではないと思いたい。
その一方で。
クラスの雰囲気づくりに特に貢献しているわけでも、とりわけ頭がいいとかいうわけでもなく。
いじってもらえるような面白いところもなく。
気づけば、俺はまた、「ただそこにいるだけの人」になっていた。
遅刻と欠席は、一年生の時より増えた。
一年生の時は、一年を通して夏休みをもう一回貰ったくらい休んだし、それと同じくらい遅刻した。
妹に不審がられないように制服を着て、なるべく高校から離れた場所で暇を潰して、その後学校に行くのが遅刻のルーティンだった。
カラオケ、ボーリング、モック、カフェ・・・。
このあたりが、俺の日常の生活圏の一部になった。
補導と高校への通報には、内心いつもヒヤヒヤだったが、習慣というのは恐ろしいもので、俺は結局毎回足を運んだ。
当然、俺はすぐに補修送りになった。
県立和津浦高校。ー俺の通う高校は、全国でも珍しく単位制を導入しているので、俺のような欠時の多い生徒には補習か留年かの二つの選択肢が与えられる。
俺は妹に迷惑をかけられなかったので、補修生徒として夏休みと冬休みを半分学校で過ごすことになった。
休暇中に出勤に駆り出される教師陣の鋭い目は、俺に少しばかりの罪悪感を抱かせた。
それでも、俺は今年も休んだ。
1ヶ月で、すでに半分を休んだし、半分を遅刻した。
遅刻して教室に入った瞬間にクラスメイトから受ける冷ややかな一瞥。あれよりは夏冬を教員と共にした方がいくぶんマシだからだ。
だから、もしかしたらクラスメイトからは「ただそこにいるだけの人」というより「いれば珍しいやつ」という認識を受けていると考えるべきかもしれない。
そんなわけで今日も俺はバーガーを食らった。
イチオシはスパイシー・チキンバーガーである。これはワンコインで買えるので学生の味方なのだ。
まあ、今日は気分を変えて、ビッグモックにしたのだが。
窓際席で1人でバーガーを食べてると、虚無感に襲われる。
高校に入ってモックに友達と食べに行った回数より1人で食べに行った回数の方が多いなんて、親父はきっと悲しむ。俺だって悲しい。
いつからこんなのになったんだ、俺は。
友達と言える友達もいないし、青春のせの字もない。俺は孤独を望んでるわけじゃないのに。
虚しさにせきたてられて、ビッグモックを口に運んだ。
欠けたビッグモックは、俺みたいだ。
高校に入って最初は、あんなにも期待に膨らんで大きかったはずなのに、気づけば欠けばかりのちっぽけなものになっている。
嫌なことに、俺の頭の中には「俺は何で浮いているの?」という問いがついて回る。
そしてもっと嫌なことに、俺はその答えをすでに知っていた。
「俺にはそんな資格はない。」
その言葉が脳裏に出てきた途端、痛みではっと意識が戻った。
指先から血が出ていた。どうやらビッグモックを食べ終えて、そのまま指を噛んだらしいぞ、とわかった。
考えたくもない言葉を、脳から追い出してくれた痛みに感謝した。
「はぁ。」
溜め息をついて席を立った。今日はあまり「無心で過ごせる日」にはならなそうだから、遅刻はやめて家に帰ろうかな、と思った。
ここから学校までは歩きの方が近いけれど、一目に晒されながら登校するのも気が乗らなかったし。
店員に不審がられないよう、なるべく早く外に出ようとした。が、阻まれた。
ぐいっと、後ろに袖が引かれたのだ。
そして、おとなしめの口調で、「ねぇ、」と声がかかった。
俺は焦った。店員に声をかけられたのだと思った。
恐る恐る振り向く。しかし、そこには店員でなく、ただの女の子がいた。
俺と同じ制服から高校生だということはわかったが、らしからぬ雰囲気の子だった。なんというか、落ち着き払いすぎていた。
「きみ、ちょっと話があるんだけど。いいかな?」
と言われて、ぐっと意識が引き戻される。
いいかな?と聞く割に、彼女は有無を言わさぬ表情だったので、俺は黙って従った。
2人席に座った。
対面席は、思春期男子には厳しいものがあった。俺は目線を合わせないようにして、視界の端に彼女を納めた。
「それで、話ってなんすか?」
と、俺の方から切り出す。
彼女はポテトをつまむと、口に放り込んで。それから、口を開いた。
「きみ、学校は?」
「学校」という言葉に、どっと冷や汗が噴き出た。
束の間の浮かれた気分が、急に萎んだ。
なんでこんなこと聞いてくるんだ。あの子だって俺と同じ和津浦高生、ということは今日は学校があるはずだ。俺だってこの話題に触れないつもりだったのに、そっちから聞いてくるなんて。
しばらく考えて。俺は結局沈黙を選んだ。
今から何を考えても、どうせ上手い具合に誤魔化すことはできなそうだったからだ。彼女にもわかるほど、俺の目は宙を彷徨っていたし。
「ふーん。」
彼女はただ、それだけ言った。
それから、またしばらく静寂が訪れた。昼間のモックは、店員の忙しそうな声とか、あの特徴的なポテトタイマーの音が響いていたはずなのに、俺たちの周りだけ奇妙なほど静まり返った。きっとそんなふうに感じただけだろうけど。
正直なところ、俺は早く帰りたかった。この重苦しい空気から逃げたかった。
静寂を破ったのは、彼女の方からだった。
「勝負しよっか。」
「は?」
俺にはさっぱり、意味が分からなかった。勝負、勝負ってなんだ。
彼女は動揺する俺を見て、少し口元を綻ばせた。
「きみが勝ったら、私は今日のこと、誰にも言わない。でももし、きみが負けたら、きみは私の言うことを聞かなきゃいけない。それで、どう?」
口数が増えても、彼女は相変わらず大人びていた。さっぱりしたショートヘアによって、かっこよさまで感じさせられた。こんな、漫画のワンシーンのような台詞を堂々と言えるのか、この子は。
いや、そんなことを言ってる場合じゃなかった。なんだこの不公平な勝負は。
「俺に拒否権は?」
一応確認しておくが。
「別に。断ったらきみのこと、学校に突き出すだけだけど。」
彼女は単調に言い切った。
それは実質拒否権がないと言うんじゃないか?
「じゃあ聞くけど、君は俺のこと知らないだろ。俺がどこの誰なのか知らないのにどうやって先生に伝えるんだよ。」
と言うかそもそも、俺だけじゃなくてあの子自身も、こんな時間に学校から遠く離れたモックにいるんだから、お互い様じゃないのか。
そこまで追求しようとして、やめた。言えば、逆ギレしているみたいで情けなくなったはずだ。
一方で、彼女はポテトの最後の一本を手に取って、剣先を向けるかのようにポテトを突き出した。
しかして、
「きみのことは知ってるけど。」と言い切った。
「2のAの敷木でしょ。これでいい?」
なんでクラスだけじゃなくて名前を知ってるんだよ。敷木は確かに俺の名前だ。
動揺せずにはいられなかった。冷や汗が再びどばっと出て、背中が気持ち悪かった。
勝負したいとか、したくないとか、それ以前に俺の人生の一部を他人に握られていることが怖かった。
もっと怖かったのは、妹に迷惑をかけることだった。俺のせいで、また妹の人生を歪めてしまうわけにはいかなかった。
彼女の言葉は、彼女がその気になれば、いつだって俺の人生を叩き崩すことができることを意味していたのだ。
何も言えなくなる俺を傍目に、彼女は微笑んだままだった。