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あなたに明日を贈る。 1


静まり返った部屋の中。

カーテンは閉じきられ、隙間から漏れる昼の光が、薄暗い空間に細く差し込んでいる。

その光は、ベッドの上のこんもりと盛り上がった布団の山をそっと照らしていた。


「朧、いい加減起きろ。」


声と同時にカーテンが勢いよく開かれ、まばゆい光が室内を満たした。

布団の中の小さな塊が、もぞりと身をよじる。


「ぅぅ……。」


朧はぐしゃぐしゃの顔で唸りながら、布団を頭まで引き上げた。


「朧さぁん、デートに誘いたいんだけど、起きてくれませんか?」


霞はベッドの端に腰を下ろし、茶化すような口調で言った。


その一言で、布団の中の朧はハッと息を呑んだ。

次の瞬間、もこっと盛り上がった布団から、勢いよく顔を出す。


「行く!霞とデートする!」


目をキラキラさせたまま身を起こした朧の目の前に、すっと差し出されたのは、大きな春の花束だった。

ピンク色のラナンキュラスを中心に、白や黄色の小花がふわりと集められ、リボンで結ばれている。

朧はぽかんとしたまま花束を受け取り、目をまんまるにして霞を見上げた。


「……え?」


「誕生日おめでとう。」


短く、まっすぐな言葉。

けれど、それだけで朧の頬は、みるみるうちに赤く染まっていった。


「えっ……え?」

「ほら、早く顔を洗って来い。」


朧はバクバクと心臓を高鳴らせながら頷き、受け取った花束をテーブルに置いた。

洗面所に足を運ぶ途中、ふと霞を振り返ると、彼はこの春買ったばかりのカーキ色のジャケットを羽織り、黒のジーンズとショートブーツで小綺麗にまとめている。

いつもより高い位置で髪を束ねるのは、彼なりの特別な日の身支度だった。


ぼんやりとその背を見つめていると、霞は朧を振り向き、意地悪く目を細めた。


「何?見惚れちゃった?」

「……っ!」


朧は爆発したように顔を真っ赤にして、逃げるように洗面所に駆け込んだ。

それから火照った顔を冷やすように顔を洗い、真っ白のふかふかのタオルで水気を取り、化粧水も何も塗ることなく部屋に戻ると、霞は窓際の椅子に腰を下ろし、ペットボトルの水を煽っていた。


「着替える?外出てようか?」

「ううん、大丈夫。」


朧は首を横に振って、クローゼットに引っ掛けた服を何着か取り出し、鏡の前に立って合わせる。

よく着ている白い薄地のシャツワンピース、花柄のロングワンピース、それから淡い水色のフレアワンピース。

体を右へ左へとゆらゆら揺らしながら、ほんのり口元に笑みを浮かべ、楽しそうに鏡とにらめっこをしている。


霞はその後ろ姿を見つめながら、はてと思った。

心做(こころな)しか、彼女が握りしめている服と、彼女の体格が合っていない気がした。


「朧さん?」


霞が声を掛けると、朧はきょとんとした顔で振り向いた。

ペットボトルを机において、椅子から立ち上がり、朧の目の前まで歩み寄る。

そして、彼女のふわふわの柔らかな頭に手を乗せ、僅かに首を傾げた。


「お前、背伸びた?」


朧は、霞のその言葉にぱちくりと目を瞬かせた後、ほんの数秒、ぴたりと固まった。

そして、ふいに何かがはじけたように、ぱあっと顔を輝かせた。


「……ほんとに!?」


うわずった声で聞き返し、霞の腕を両手で掴んで見上げる。

目はキラキラと輝き、期待に満ち溢れたその顔に思わず霞は吹き出した。


「ねぇ、ほんとに?ねぇねぇ、どれくらい!?何センチくらい伸びた!?」

「さぁ……。5センチくらいじゃないか?」


朧の頭に手を当て、そこからまっすぐ自分の体に合わせると、彼女の頭はちょうど自分の首の高さにある。

昨日までの彼女は肩くらいの高さしかなかったことを思えば大きな成長だろう。


霞は視線を朧の頭から静かに下ろしていく。

華奢な肩、すとんと落ちる胸元、細い腰、心配になるほど細く長い手足。

彼女の身体にはまだ女性的な柔らかさがなく、本当に発育したのは身長だけのように見えた。

霞は心のどこかで、ほんの少し安堵していた。


朧は霞の心情なんかつゆ知らず、頬をほんのり赤らめ、手にしていたフレアワンピースを手にパタパタと洗面所に駆け込んだ。


朧が再び部屋に戻ったのは、それからしばらくしてのことだ。

身につけていたのは、自分の成長に合わせて少し手を加えたワンピース。

薄いレースの袖は、すらりと伸びた腕にぴたりと沿い、手首には花飾りのついたブレスレットが愛らしく揺れる。

胸元にはパールのような艶をもつ白いボタンが4つ並び、細くくびれた腰を包む布地は、裾に向かってふわりと広がっていた。

丈はかなり短く、黒いストッキングに包まれた太ももがすらりと伸び、足元は底の厚いローファーを合わせている。

その高さも手伝って、彼女の背がさらに伸びたように錯覚する。


朧は黙って霞の元まで歩み寄り、大胆に彼の腰に両腕を巻きつけた。


「どうかな。」


朧は恥ずかしそうに顔を伏せ、小鳥のような細い声で尋ねた。


「……似合っていると思うよ。」


朧はぱぁっと目を輝かせ顔を上げるが、すぐに霞は不機嫌そうに顔を歪めた。


「スカートはもっと長くしてくれ。」

「なんで!?これが可愛いのに!」

「心配になるだろうが色々と。」

「絶対に嫌!」


朧は唇をとがらせ、むくれたまま霞の肩に顔を埋めた。

はぁ、と霞は小さく息を漏らす。


「朧さん、くっつき過ぎじゃないですか?」


心底困ったという声に、朧は不満そうに顔を上げ、腰を抱く手を離した。


「じゃあ、約束のキスしてくれる?」


恐る恐る、微かに顔を赤らめながら霞の瞳を見つめる。

恥ずかしさのあまり目に涙が滲むが、目を覆う包帯のおかげで霞が気づくことはないだろう。

しかし霞は眉間にしわを寄せ、再び不躾に朧の身体を見つめた。


「……まだ早い。」

「えー。」


朧は不満そうに床に視線を落とした。


「こんなに背が伸びたのに?」

「前より全然小さいし。」


霞が言うのは、霧の病魔に侵された村でのことだ。

あの時、病魔の瘴気をたっぷりと取り込んだ朧の身体は、一時的にではあるが、完璧な大人の女性へと変貌した。

柔らかな胸の膨らみも、男にはない艶やかな曲線を描く腰も、思わず目を奪われるほど整っていて、彼女の前では平静を装うことが困難なほどだった。


あの姿は、正直今でも忘れられない……。


霞はしゅんと背中を丸めた朧を、罪悪感が滲む目で見つめた。

厚みのある前髪をかき分け、白く肌荒れ知らずの額にキスを落とすと、彼女の肩が大きく跳ねた。


「か、かすみ……?今、キス……」


朧は額を抑え、目を大きく丸めて、へニャリと口元をだらしなく歪めた。


「特別サービスな。」


霞がぼそりと呟くと、朧は勢いよく霞に飛びついた。


「霞……大好き!!」


小さな身体をぎゅうっと押し当てながら、頬を霞の肩にすり寄せた。


「あーもう!!だからくっつくな!」


霞は苦い顔で両手をあげ降参のポーズを取るが、朧は霞の身体をぎゅうぎゅうに締め付け、離れようとしない。


「ほら、座れ。髪、結んでやるから。」


そうしてようやく朧は霞を解放し、言われるがまま椅子にちょこんと座った。

その彼女の頭に、霞はそっと手を伸ばした。

一旦目を覆う包帯を取り、柔らかな髪を手ぐしで梳き、髪を1房取って器用に編み込み始めた。

朧は気持ちよさそうに目を細め、足をぶらぶらとさせ身を委ねている。


「はいできた。」


間もなく霞は朧の肩を叩き、手鏡を渡した。

両サイドの髪を緩く編み込み、後ろでハーフアップに束ね、ヘアゴムには可愛らしい桜の飾りがついている。

髪型1つで幼い印象がますます薄れ、服装も相まって一段と大人びて見えた。


「……可愛いと思う?」


朧は鏡越しに霞を見つめ尋ねた。

霞は朧の前髪をいじくりながら、ボソリと小さく呟いた。


「めちゃくちゃ可愛い。」


ドクンと朧の心臓が大きく脈打った。

咄嗟に後ろを振り向くと、霞は既に背中を向けておりその表情を伺うことは出来なかった。

朧は心臓を握りしめるように胸を押さえ、さくらんぼ色の瞳を潤ませ、唇を引き結んだ。

ドクドクと脈打つ熱い鼓動が部屋の静けさに染み込んでいくような気がした。





朧の誕生日は、明確には分かっていません。

二人で適当に決めました。

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