第8話 作戦開始
ヴァスク城は奇跡的に包囲を免れていた。
ルフィタ率いるヴァスクの領地軍と、グロリア王国第四、第五軍が多大な犠牲を払いながらも後退路を死守していたのだ。
しかし、それも限界を迎えていた。
「まだ王都の用意は整わないのか!‥‥‥クソッ!どうせこうなるなら、逃げておけばよかった!」
元々いた5万の兵力のうち、3万を失っている。
さらに、ラスク城とリスク城が陥落し、分断されていた敵軍が合流していく。
もはやルフィタ達に勝ち目はない。
そんな絶望の中、伝令が姿を現した。
「ルフィタ様!援軍です!援軍が到着しました!」
「そ、それは本当なのか!!」
助かった!
ルフィタはそう思い、安堵した。
◇◇◇◇
俺らがヴァスク城に到着した頃には、第四軍は壊滅状態だった。
兵数も激減し、ヴァスク城付近だけでも未だ15万を超える敵軍に対してなす術もない ー と並の将ならば思うだろう。だが、俺は違う。
元から現地の勢力にそこまでの期待はしていない。
だから、持ち堪えてくれていただけでも朗報だった。
城壁の高い、ヴァスク城の奪還作戦は厳しいからな。
「ルフィタ公爵にお会いしたい」
「はっ!援軍の報を知らせて参ります!」
そしてしばらく後に現れたのは、驚くべき人物だった。
【ルフィタ・ヴァスク】(31歳)
・武力:91
・体力:60
・知力:73
・統率力:80
・政治力:71
・地位:グロリア王国の公爵
武力:91?!
統率力:80?!
普通に優秀すぎるぞ?!
「セイツの部隊か!援護に来てくれたことに礼を言うぞ!」
セイツの顔を見るなり、ルフィタは喜んだ。
しかし、援軍の少なさを知り、表情が曇る。
前回の戦いで失った兵士の代わりに農民を加え、なんとか兵力2万を維持しているセイツ率いる第二軍。
状況から考えて、決して多いと言える数ではない。
「兵力の少なさに関しては、問題ありません。ここにいるのは天才策士のリスト殿と、戦姫のレイ殿なのですから!‥‥‥今回の我が軍の指揮は、この2人にに任せようと思っております!」
俺と兄は顔を見合わせた。
俺らに丸投げかよ!と言わんばかりの表情である。
だがこれは、部隊の指揮権を完全に握ったことにもなる。
「なんと‥‥‥?!数の間違いかと思っていたが、まさか本当にたかが2万の兵で5万の敵を破ったのか?」
「はい!リスト殿の完璧な策で、5万の大軍が、たった数千人にまで削られていくのを、私は見ました!彼の実力は本物です!!」
セイツの答えにルフィタは驚き、同時に興奮する。
「ならば我が軍の指揮もリストに任せよう!案外ヴァスク城を守るのも可能かもしれんな!」
これで4万の兵が利用可能となった。
素晴らしい。
ついでに、
「守り抜くだけではいけません。敵を破り、撤退させます」
と宣言しておいた。
今の兵力でリズの軍勢を完全に撤退させることはできないが、リスク城までならば可能だ。
ルフィタは目を丸くした。
「敵を破る‥‥‥?この数の兵力で?まあ、状況が状況だ。そなたを信じるしかないようだな」
◇◇◇◇
「なるほど、確かに敵の数は多いですね」
「偵察によれば、ここの補給部隊は守備が薄いらしいけど‥‥‥」
「罠ですね」
「まあ、そうだよね」
「では、相手の望む通りに奇襲をかけてやりましょう」
「へえ。それは、どうやって?」
「まずはですね‥‥‥」
兄と高速で行っていく作戦会議。
ルフィタ達はその空間に入ることもできず、ただ口を開けて眺めるだけだった。
「これが天才の領域というものなのか‥‥‥」
完全に俺らに任せっきりのようなので、一先ずまとまった各人の配置を説明することにした。
「まずルフィタ様には、敵の補給部隊を攻撃してもらいます」
「はあ?!」
こんなに優秀な人材を、城で待機させるのはもったいない。
「し、城の守りはどうするのだ?俺がいなければヴァスク城は落ちてしまうのではないか?」
城の陥落を恐れているというよりは、前線に出ることを恐れているようだった。
予想していた人物とかなり違う気がするぞ?
俺はてっきり、最前線に立って味方を鼓舞するような将軍だと思っていたんだが。
やはり高位貴族は身勝手なのか?
「ルフィタ様!城の守備は我々でなんとかします!だからルフィタ様は、あの忌まわしいリズの奴らを叩き潰してやってください!」
「え?お、おう?仕方ないなー!こ、こ、‥‥‥この俺 ー ルフィタ・ヴァスクが敵軍を撃退してやろう‥‥‥!」
凄く嫌がってそうだったが、家臣たちには信頼されているようだ。
完全に身勝手な訳でもないらしい。
ならば信用して良いだろう。
「1000人の騎兵を率いて、私はルフィタ様と城を出ます。その後は、私の兄 ー レイの指示に従ってください」
セイツやレイには、俺が城を出ている間に動いてもらう。
この作戦では、兄たちとの連携が不可欠だ。
◇◇◇◇
敵の隙をついて、俺らはヴァスク城を出た。
全速力で馬を走らせ、敵の補給部隊へと向かう。
予想通り、敵軍は追おうとしてこない。
やはり守備の薄い補給部隊は、罠なのだろう。
それで良い。
「敵軍が見えてきました!2000人ほどの部隊です」
前方を走る兵士が告げた。
「分かりました、先程説明した隊形で突撃してください!」
隣を走るルフィタは、まだ怯えていた。
「ルフィタ様、私がいる限り、敗北はありえません!自信を持ってください!」
「‥‥‥シニタクナイ‥‥‥シニタクナイ‥‥‥シニタクナイ」
よくこれまで戦えたな、コイツ。
と考えているうちに、我が軍は敵部隊と衝突した。
「うわっ?!き、奇襲!?」
敵の蹂躙はすぐに始まった。
一般的に、補給部隊は訓練度が低い。
数では負けていたが、兵科的に有利な我が軍が負けるはずもない。
死を極端に恐れながらも槍を振り回し続けるルフィタの活躍もあり、瞬く間に数百人の首が飛んだ。
「流石、グロリア随一の名将、ルフィタ様だ!」
グロリアでは人気者だったんだな、この男。
本人はすこぶる敵を恐れているのに、仲間の士気が上がっていく。
相手の殲滅はすぐに終わるだろう。
と、誰もが確信したであろうその時。
「グロリアの奴らを蹴散らせ!」
「うわー?!なんだなんだ?!」
物資が入っていたはずの荷車から、多数の兵士が出てきた。
2000人ほどの槍兵だ。
確かに、荷車がだいぶ多いような気はしていたが、まさかその中に兵を隠すとは。
罠の詳細までは分かっていなかったので、少し驚いた。
槍兵ならば、騎兵に対してある程度相性が良い。
我が軍は不利になったが、これも計画通りだ。
「では皆さん、このまま向こう側に抜けましょう!」
戦うつもり満載の敵軍を置いて、騎馬隊は走り去っていった。
そう、これが俺の作戦 ー 補給部隊の罠を利用して、敵の布陣を突破すること。
「え‥‥‥アイツら味方の方へ向かってるぞ!」
「ま、待て!」
補給部隊で騎馬隊に追いつけるわけがない。
振り返ってみると、彼らは、味方に危険を知らせる狼煙を上げていた。
この狼煙も利用する。
これは兄への合図となる。
もうじき、彼は動き始めるだろう。
「どこまで行くつもりだ‥‥‥ヴァスク城とは反対の方向だろう‥‥‥カエリタイヨー」
俺の横で馬を走らせているルフィタが、わなわなしながら独り言のように言った。
戦闘では凄まじい実力なのに、何処か頼りない彼である。
「ほら、見えてきましたよ!」
と目標地点を指差してやった。
「あれは‥‥‥関所?!」
関所 ー 迅速な補給のために確実に欲しい場所だ。
「おい、味方の騎馬隊が来るぞ」
「軍服をよく見ろ!敵だろ!」
「でもこんなところに敵が来るわけ無いだろ!」
相手の布陣の後ろにあったので、普通ならば到達できない場所なんだが‥‥‥
「皆さん、速やかに関所を占領しましょう」
「おおお!!」
「イヤダ‥‥‥」
1000人の騎兵隊は、開けっ放しの門に向かって突撃した。
相手は警戒を怠ってくれたようだ。
「ーーって早く門を閉めろ!」
もう遅い。
騎馬隊の速度の方が速いんだよ。
従来、国の奥地にある関所だ。
防衛に向いている構造ではない。
「ぐああああ!!!」
「ぎゃああ?!」
騎馬隊による蹂躙はすぐに始まった。
「か、勝てそう‥‥‥?!よ、よし!皆の者、行くぞおー!」
自信を得たのか、ルフィタはおどおどしなくなった。
「さすがはルフィタ様!」
「ルフィタ様に続けー!」
兵もそれに魅了され、勢いが増す。
ルフィタは敵を斬り続けた。
誰一人として彼に近寄ることはできない。
「なんなんだあれは!」
「グロリアにあんなに強いヤツがいるなんて聞いていないぞ‥‥‥!」
「ま、待て!アイツはルフィタだ!剣聖の、ルフィタだ!」
ルフィタは他国でもかなり有名らしい。
なぜ剣聖が槍を使うのかは、聞かないでおこう。
あと、これで驚いているのなら、俺の兄を見たらどうなるのだろう。
少し気になった。
戦闘開始から20分。
3000人が在中していた関所は陥落した。
捕虜は1000人 ー 戦うより降伏した方がマシだと思ったようだ。
あとは兄が動いてくれれば‥‥‥俺の作戦は機能する。