第6話 決意
戦争にやっと一段落ついた。
まだ王国全体の勝利からは遠いが、自分の領地からはリズの兵を追い出せた。そうなると、一度状況を整理しておいた方が良い。
まずこの世界の元、"カーシット戦記"には決まったストーリーが無い。参加した8人のプレイヤーたちの行動によって、世界が変わっていくのだ。
しかし、最初のCPUの行動は多少確定しているところがある。
北部のリズ王国による小国:グロリア王国の侵攻。それに続いて大陸北西部のカレンナ王国とリズ王国の戦争。これらは確定していることだ。
追加で、いくつかのゲーム中盤イベントもある。
ただ、それ以外は何が起こるか分からないので、慎重に戦っていくべきだ。
「ねえ、リスト〜?」
「お兄様、なんでしょうか?
俺の部屋に兄が入ってきた。
一体どうしたのだろう。
「なんか国王陛下から招集命令がでちゃった」
「え?」
嘘だろ?!
俺の活躍を聞いたのか?だとしたら喜ばしいことかもしれない。
「うーん・・・・・なんかね、君に部隊の指揮をして欲しいらしいんだ」
図星のようだ。
兄は何故か、ちょっと恥ずかしがり、目を伏せながら続けた。
「それで僕も心配でね、リストに着いて行って良いかなーって陛下に聞いたら了承されて」
まだ続きを言おうとしていたが、俺はここで確信した。
勝った!!と。
俺はそのまま思考に戻った。
このゲームのステータス。
それは人材の能力の目安であり、基本的には数値が高い方が優秀とされる。
武力は力の強さ。良く訓練された兵士は50が平均で、訓練不足の兵士は40程度だ。よって平民はさらに低く、徴兵されたばかりの兵士は30前後のことも多い。
武力が70〜80近くあると敵陣に1人で斬り込むことが容易になり、81以上は無双できるようになる。
体力はその名の通りで、平均は武力と同じだ。
知力には何種類かある。一般的な学問の知識や、兵法の知識などといった、様々な分野のものがあり、表示されている知力が何の知識かは確かめないと分からない。
統率力は兵を率いる能力で、数値が高いと命令を聞かせるのが上手い。
政治力は政治に関する能力で、中央貴族の平均が50くらいだ。また、兵士や平民はやや低い傾向にある。
地位に関しては、所属国内の貴族階級が表示される。爵位を受け継ぐ前の貴族の子供は、誰の子供かが表示される。よって、平民には関係のないものだ。
そして、今のレスタール家の力だが、
【レイン・レスタール】(42歳)
・武力:65
・体力:51
・知力:60
・統率力:68
・政治力:50
・地位:グロリア王国の伯爵
【レイ・レスタール】(19歳)
・武力:156
・体力:50
・知力:92
・統率力:100
・政治力:95
・地位:レスタール家の長男
【リスト・レスタ―ル】(12歳)
・武力:10
・体力:21
・知力:判定不能
・統率力:判定不能
・政治力:判定不能
・地位:レスタ―ル家の次男
【グスタフ・レンブラント】(58歳)
・武力:52
・体力:51
・知力:57
・統率力:64
・政治力:53
・地位:グロリア王国の男爵
【アイエフ・レンブラント】(39歳)
・武力:56
・体力:53
・知力:54
・統率力:61
・政治力:60
・地位:レンブラント家の長男
といったところだ。
人材不足すぎるだろ!
この小さな領地の運営だけには十分かもしれないが、ゲーム序盤のグロリア滅亡を防ぐには全く足りない。
"カーシット戦記"では、自分の国または内通者を送っている国以外の戦闘情報を入手することはできない。
正確には、どの国がどこと争っていて、どの地域が陥落したかとか、大雑把なことは分かるのだが、その程度の情報ではグロリアの攻められかたは判断できない。
そして、この世界では、自国の状況さえリアルタイムで入手することはできないだろう。伝令が来るまで時間がかかる。
本当に不便な世界だ。まあこれが普通なんだろうが。
とにかく、グロリアが滅亡すると俺は実質死ぬ。死んだら元の世界へ帰れるかもしれないが、その可能性は低い。
何故ならば、この世界に来る直前の記憶が少しだけ蘇ったからだ。
周りの建物は爆撃され、燃え上がる。その爆風に呑まれて、俺は意識を失った。 ー という記憶だ。
恐らく、俺は元の世界で死んだ。死んで、何故かこの世界に転生したのだろう。
だとすれば、あの世界に俺が帰る場所はもうない。この世界での死が、俺の死を意味する。
もはやゲームの攻略うんぬんでは無くなってきた。俺は生死を賭けた戦い ー 本物の戦争をしているのだ。
あと、ゲームとこの世界の大きな違いは、命の重さだ。何人かと話して分かったが、この世界の兵士は人工知能なんかではなく、紛れもない人間だ。
兵が死ぬということは人が命を落とすということ。
当然かもしれないが、ゲームをしているとその感覚が薄れてしまうことがよくある。
更に、相手も同じ人間なのだ。
彼らにも生活があり、家族がいる。
自分の戦略でそれを奪っているのだから、後ろめたさを感じる。
だが、俺は死にたくない!だから戦わなければならない。それに、短期間のうちにこの世界の人々に愛着が湧いてきている。
彼らは守るべきだ。
「なーにそんなに強張った顔してるの?何かあったら僕が助けるから!」
気付かぬうちに兄は近づいて、俺の顔を覗き込んでいた。
前線で部隊の指揮をすることを、俺が怖がっていると考えたのだろう。
「戦うことを怖がっている訳ではありません。ただ・・・・・」
俺は言葉を濁した。
正直なことを兄に言うべきか、悩んだのである。
殺し合いが日常の世界で、俺は可笑しな考え方をしているのかもしれない。
「人を斬ることが嫌なの?」
「!」
何も言っていないはずなのに、兄は俺のことを理解したようだった。
明るかった彼の表情は、ちょっぴりと真剣なものになった。
「僕はね、今まで戦ったことが無かったんだ」
「え?!」
そして、突拍子もないことを彼は言い出した。
能力値があんなに高いのに、全く実戦経験が無いだと?
「兵を戦いに率いたことも、人を斬ったことも、今回が初めてだよ」
「そ、そんな、あり得ないです!」
俺は、バン!と机を叩いた。
あり得ない。武力は訓練で上げれるが、統率力は実戦を積むことで成長するもの。
時間をかければ、それはそれで成長をもたらすのだが、兄は19歳だ。
確かに、才能があれば最初から60程度の統率力は持っていたりする。だが、実戦無しで統率力100は不可能だ!不可能なはずなんだ!
「もー、本当だって!」
アハハ、と彼は呑気に笑う。
俺は自分の常識が崩されていくのを感じた。
「それでだけど、初めて敵を殺した時、"このまま敵軍を放置していたら、確実に領地が荒らされる。領主の息子として、領地の民を守るのは最優先事項"、と僕は割り切ったよ。・・・・・残酷な考え方かもしれないけどね」
冷静な判断だ。やはり、これがこの世界の常識なのか。
すると、俺の背丈に合うように兄はしゃがみ込み、優しく、俺の頬に手を伸ばした。
ひんやりとしている。
「僕はそんな考え方しかできない。でも、リストなら別の視点からものを見れるかもしれないね。自分の考えは大事にした方が良いよ」
静かに、ハッキリと。
その思いが伝わってきた。
資源を求めた、度重なる戦争。そのせいでボロボロになっていく内政。国々は損失を補うために、更に戦争をする。
敵は増えるばかりで、人は生きるために人を殺す。
こんな世界に終止符を打つには、どうすれば良いか。
この世界の兄は俺に、自分の考えを大切にするように、と言ってくれた。だから、俺も正直になるべきだ。
この世界が紛れも無い現実だと気付いてから、考えていたアイデア。それは ー
「お兄様、私が争いを無くすために大陸を統一する、と言ったら反対しますか?」
兄は即答した。
「反対しないよ。寧ろ、リストがそれを目指すならば、僕は全力で協力するよ!」
この世界を統一する。
ゲームとしての娯楽ではなく、平和をもたらすために。