第2話 最悪の事態
転生から数時間。
俺は最悪の事態に陥っていた。
このままでは、リズ王国が数時間のうちに攻めてくる可能性が高い。
俺は慌てて父と兄の方を向いた。
「お父様!今すぐリズ王国方面の関所を防衛しに行きましょう!」
「おい、急にどうした。さっきから様子がおかしいぞ」
「そうだよ、リスト!他国の動きが怪しいのは割とよくあること。そんなに慌てないで、お茶でも飲みにいこう!」
父も兄も、全く信じようとはしなかった。
それどころか、兄は呑気にお茶に誘ってきた。
そうしている暇なんて無いんだよ!!
これ以上遅れたら、たぶん俺が死ぬ!
「ほら、父上との特訓で疲れたでしょ?休憩しに行こーよ!」
明るく、なんの心配も無いかのように、兄は俺の手を引っ張っていく。
「お父様、お兄様、信じてください!リズ王国が攻めてきます。本当にこの領地が危険なんです!!」
結局、俺は兄と茶を飲むことになった。
目の前で、田舎の領主だとは思えないほど上品に茶をすする兄。
何度見ても、とても男だとは思えない。
「うん、やっぱりお茶は美味しいね♪」
そんな中、俺は1人、頭を抱えるのだった。
「リズ王国が・・・・・リズ王国が攻めてくるう・・・・・」
「大丈夫だって!さっきも言ったけど、敵国の侵攻なんて滅多に起こらないことだから、心配する必要は全く ー」
兄の言葉は途切れた。
彼の視線の先を見ると、随分と慌てた様子の父がいた。
「リズ王国が攻めてきた!まさか、リストの言った通りになるとは・・・・・」
「えっ、嘘?!」
「だから言ったのに!!」
だいぶ困った状況だが、国境付近には関所があるはずだ。
そこで、ある程度持ち堪えてくれたら、最低限度の防衛用意を整えることができる。
「た、大変です!!既に関所は突破された模様!さらに、敵軍は総勢5万人という報告が入っております!」
父のすぐ後に滑り込んできた兵士が、俺の希望を叩き潰した。
5万?
この程度の領地に?
「皆の者、城壁の門を閉めよ!防衛準備だ!」
父は急いで命令を下し、兄も即座に立ち上がったが、俺は諦めていた。
数の暴力で潰されるだけだろ。
ふらふらとしながら、俺は父たちの後を追った。
「物資を運べ―!」
「門を閉めろー!」
「敵はあと数分でレスタルブルクに到着する模様です!」
「王国の援軍が来るには時間がかかります!」
城壁の上。兵士たちは大慌てだ。そもそも、5万に対して1000人など、勝てるわけがない。
俺も同様、大慌てだった。
「どうしよう?!せっかく憧れの世界に転生できたのに!まともな戦略を練る時間すらねえじゃねえか!」
レスタルブルクを放棄して南部へ逃げれば、レルン砦での戦闘となるだろう。レルンにいる部隊と合流はできるが、焼け石に水だ。兵士がたった数百人増えただけで、戦況は変わらない。
俺、詰んでね?
いくらゲームの知識があるとはいえ、無理なものは無理だ。
そう考えていると、
「まさか戦争が始まるとはねー。恐ろしいもんだ」
城壁の上で、敵が通ってくるであろう街道を眺めながら、兄は平然とそう呟いていた。
なんでこんなに余裕があるんだよ?!
「あ、リスト・・・・・君の注告を信じなくて本当にごめん!でも、リストのことだけは絶対に守るから!」
俺を見ると、申し訳なさそうに謝ってきた。
もしかして、さっきの余裕ぶったセリフは気を紛らわせる為だったのか?
ここまでしっかりと謝罪されると、俺のほうも申し訳なくなる。
「私こそすみません。もっと、しっかり伝えるべきでした」
「いや、僕が悪い。だから、責任は取らないとね」
彼は何をするつもりなのだろう。
そもそもいくら対策をしようが、数の差が明白すぎる以上、この戦いは負ける。
父と兄が最初から俺の話を信じていたとしても、この状況は覆せなかっただろう。
ある意味、兄は悪くない。
どうせ全て無駄なのだ。
本来ならば、この侵略でグロリア王国ごと滅びるのだから。
待て。
ここで諦めたら、俺は策士として敗北するんじゃないか?
そんな考えが頭をよぎった。
ダメだ。それは絶対にあってはいけない!
しかし、この状況下での打開策など・・・・・いや、待てよ?
こんな弱小領地に対して、5万人の兵を差し向けるアホなんて《《普通》》はいないよな?
賭けともいえるが、閃いたことがあった。
「お兄様!100人の兵士を連れて、山の上に移動してくれませんか?」
レスタルブルクの街道の片側には山がある。弓で相手を狙うには良い場所だ。
「別に問題無いけど・・・・・たった100人の兵で何をするの?攻撃をそこそこ城壁で防いだ後に、市内のゲリラ戦に持ち込む方が良いんじゃない?」
レスタルブルクでゲリラ戦を繰り広げるのは悪い手じゃない。援軍が来るまでの時間を効率的に稼ぐことができる。
しかし、ゲームではグロリア王国が滅びた。すなわち兄の作戦ではレスタール領を守り切れなかったのだ。
「山の上から、お兄様は全力で弓を連射し続けてください。威力は低くても構いません。重要なのは、そこにより多くの兵がいると相手に勘違いさせることです」
これは兄の脅威的な武力により可能なことだ。ゲーム上であり得ない数値、武力:156を持つ兄なら、威力を減らした弓でも一般の兵士が放つ矢よりは威力が出るはず。
加えて、ゲーム内のレスタール領では質の良い弓兵を訓練できた。これは元からレスタール領の兵士が弓の扱いに長けている可能性を示している。
俺は兄に、例の作戦を伝えた。
「うーん、なるほどね。じゃあ僕らが相手の気を引いている隙に、残った900人が分断された5000人の兵を相手するわけだ」
これは賭けだ。
だが、やるしかない。
「お兄様、お願いします」
「もちろん!」
転生から数時間。俺の生死を賭けた戦いが幕を開けるのだった。