第12話 攻勢
司令塔を失ったリズの兵たちは混乱し、補給路の確保に動くことができなかった。
一応、各部隊の隊長たちの話し合いは行われたのだが、合意に至ることは不可能だったようだ。
大軍を率いたことのない者たちが、総大将の代わりを勤めるなんて無理がある。
結局、補給路の封鎖から5日経った頃に、リズ王国軍はヴァスク城を放棄した。
「本当に逃げていくね、リスト!やっぱり君はすごいよ!」
「いえ、全てはお兄様のおかげです」
俺が率いていた騎馬隊は、既に関所から引き上げてある。
15万の大軍と戦うなんて御免だ。
しかし、このまま敵を無傷で返すわけにもいかない。
「お兄様、ルフィタ様、セイツ殿!敵軍に、もう一度一泡吹かせてやりましょう!」
「もちろん!」
「お、おう‥‥‥後方は俺に任せてくれ」
「リスト殿の戦略があれば、心強いですな!」
残っている我が軍の数は、約3万5000人。
兄とルフィタにそれぞれ1万5000人、そしてセイツに5000人の兵を預ける予定だ。
◇◇◇◇
5日も食事をしていないリズの兵たちの行軍はかなり遅く、我が軍が先回りすることは容易かった。
今は街道近くにいる。
敵が通るはずの場所だ。
罠は仕掛け終わったので、あとは待ち伏せするのみ。
そう考えていると、遠くから敵軍の姿が見えてきた。
「まずはお兄様と私の軍が突撃します。ルフィタ様は作戦通り、しばらく後に攻撃を初めてください」
俺はそれだけ言うと、ルフィタからは少し離れた位置に軍を移動させた。
敵軍は俺らに感づくことなく、さらに近づいてくる。
罠の内容はと言うと、足首くらいの高さに引かれた縄だ。
こんなものに引っ掛かる兵士など普通はいない。
だが、リズの兵たちは5日も空腹が続いている。
随分とやつれていて、注意力が欠けているのだ。
やがて、先頭にいた歩兵が、罠に引っかかった。
「うわー!?」
彼と共に、先頭を歩いていた他の数百人の歩兵が倒れる。
「今です!突撃を!」
「了解!」
敵の死角になるように配置されていた、1万5000人の歩兵。
彼らが一斉に姿を現し、倒れた敵兵を斬っていった。
「前方に敵襲!迎撃せよ!」
リズの兵たちも交戦を始めたが、彼らは万全からは程遠い状態。
侵攻時にあった勢いは、どこにもない。
後方から支援しにきた兵にも、罠に引っかかる者が続出した。
「うわー!?」
「さっき罠があるって言っただろ!ーーって、敵兵だああ!」
リズ王国軍は隙を狩られ、その数をみるみる減らしていく。
もちろん、兄も大活躍している。
「あの化け物はなんなんだ!?」
「全く近づけない!」
弱ったリズ王国兵では歯が立たず、マルスとの戦いよりも一方的な蹂躙が繰り広げられているのだ。
ー とは言いつつも、戦いが長く続けば、散開した敵軍により囲まれてしまう。
この攻撃で、敵兵を6000人ほど削れた。
比べて我が軍は、1000人の被害しか出ていない。
ここで引くのが丁度いいだろう。
「全軍撤退してください!」
俺の命令を聞き、敵軍と交戦していた歩兵たちは後退し始めた。
このあとは近くの高地に移動し、休息する予定だ。
今のリズ王国軍に、俺らを追う気力などないのだから。
◇◇◇◇
リズの兵たちは、戦闘がようやく終わったことに安堵した。
歩くだけで目眩がする者もいる。
頭も体も疲れ果てた中、誰一人として次の攻撃が来るとは思わなかった。
「後方に敵襲!迎撃するのだ!」
リズの指揮官の叫び声。
後方で、ルフィタ率いる1万5000の部隊が動き始めたのであった。
リズの兵たちは、ヘトヘトの体を引きずりながら敵の方へと向かった。
しかし、もと来た道を戻るときに、またもや縄で躓いて転ぶ。
中には、あまりの疲労によりそのまま気を失う者もいた。
よって、後方でまともな陣形が整った頃には、ルフィタの部隊は逃げていた。
「ふう。やっと終わったな‥‥‥」
一部の兵が、その場に座り込む。
「早く飯が‥‥‥飯が食いたい」
「頑張れ、あともう少しだ。流石にグロリアの奴らもこれ以上は挑んでこないだろう」
総大将とその側近たちがいない以上、リズ王国軍の大部分は平民で構成されている。
座った兵たちを咎めるどころか、元気付けようとする指揮官が多かった。
飢えているのは、皆同じなのだから。
だが、その期待は打ち砕かれる。
「再び、前方から敵襲だ!迎え撃つのだ‥‥‥!」
リズの兵たちはうなり声を上げながら立ち上がった。
永遠にこの地獄が続くのでは、と心が絶望で満たされる。
「うっ、うわー!またアイツだ!」
グロリア王国軍の先頭にいたのは、無論、レイ・レスタールだ。
◇◇◇◇
俺は兵士を交代させながら、リズの兵を攻撃し続けた。
1回目は俺と兄の率いる歩兵たち。
2回目はルフィタの率いる歩兵、弓兵、騎兵の混合部隊。
セイツの部隊にはリズ王国軍が通る進路に罠を張らせた。
このローテーションを使い続け、相手の数と体力を地道に削っていく。
敵の罠や奇襲への対応力は確実に上昇していったが、それでも被害は抑えきれない。
「うっ‥‥‥俺はもう駄目だ‥‥‥」
体力の低い敵兵から順に、力果てていく。
数時間後。
「このままだと埒が開かない!分散して進もう!」
とどこかで誰かが言ったのか、敵はいくつかの部隊に分かれて行動し始めた。
俺らの兵力を散らばらせるのが狙いだろう。
彼らは本当に、期待通りに行動してくれる。
そもそも、俺は敵軍の壊滅を目指していない。
数を減らそうとしているだけだ。
「私たちはあの部隊を追いましょう。ルフィタ様にはセイツ殿と合流して、その奥の敵部隊を攻撃するように連絡しておいてください」
的を二つに絞り、各個撃破を行った。
結果はもちろん、圧倒的に有利な我が軍の勝利だ。
敵が関所に辿り着くまでには、元々15万人だった大軍が8万人まで減っていた。
一方で我が軍は、1万人弱の犠牲者で済んだ。