自己紹介
次の日、グラウンドにはサッカー部の練習のため大勢の人が集まる。だが一人いつもとは違う心持ちでグラウンドに顔を出す人がいた。それを見たマネージャーの横川が声をかける。
「ちょっとキャプテン、そんなに心配そうな顔をしないでよ。やれることはやったんだから」
「いや分かってるよ。きっと今年も去年みたいに沢山の人が入ってくれる、、、」
「そして、あまりのガチ具合に多くの人が辞めていく~」
慰めていたところを大山がヘラヘラと言いながら通り過ぎていく。それに対して横川は大山を睨みつけて追い返し再びフォローする。
「大丈夫ですよ、去年と違って今年は部として活動しますから。その時点でふるいに落とされてますよ。」
「でも、お前だって新入生に対して『ホントに入りたいの?』とか『結構きついよ~』なんて言ってたじゃん」
「そ、それはあえてちょっと高圧的にいくことで新入生の本気度を見ていたんですよ」
そうこうしているうちに練習が始まった。新入生たちにはいつもの時間の1時間後に来るように伝えていたので、まだ誰も来ていない。志村は心配しつつも気持ちを切り替えてメンバーを集合させた。
新入生の集合時間の10分前、グラウンドにはすでに20名程度の入部希望者が集まっており、実や典太はもちろん宮城友悟も右手に入部届を持って現れた。それを見た、大山は真っ先に友悟のもとに行った。
「決心はついたかい?」
「正直に言うとまだ決まってません。でも、まだ熱はあると思うから今はそれに従ったまでです。」
そう言うと、大山さんに一礼しキャプテンに入部届を出した。その後、新しく入部した者たちは監督・選手の前に一列に並び自分の名前、出身、ポジション、何か一言を順番に言っていった。
「天草伊吹です。出身は伊勢崎南高校でボランチしてました。えぇっと、あーよろしくお願いします。」
このような感じで、今年の入部生は地元の人が多く、しかも自分が県外出身のせいなのか知っている高校名がほとんど出てこない。本当にこのメンバーで全国に行けるのかいささか疑問に思うが、自分の順番になる前に肩をツンツン叩いてくる人がいた。横を見ると典太がニンマリとしていて、
「お前、もちろんかますだろ」
「かますって何をだよ」
「元代表だろ、アピって先輩たち怖がらせろよ」
確かに、自分の経歴はまだ実、典太、大山さんしか知らない。しかし、言って変に先輩たちに目を付けられるのが嫌だったので適当な高校を言おうと思っていた。
「はい、ありがとう。じゃ、次の人」
「宮城友悟です。出身は、、、」
先輩たちの顔を見る。こちらを見ているのが半分、友達と喋っていたりスマホを見ている者が半分といったところだ。少し絶望する。大山さんと志村さんの情熱は本物だ。だが、元々サークルから始まったせいかどうも適当にこなしている人が多く散見される。確かに、自分が所属していたチームにもやる気がない奴、グチグチ文句ばかり言うやつはいたが、このチームそれ以上だ。やると決めたからにはもう中途半端なことはしない。俺は咳ばらいをし、再び言い直す。
「宮城友悟です。出身は浦和レッドパンサーに所属していました。高2の時は日本代表に選ばれてU-17ワールドカップに出場しました。ポジションはウィング。先輩方の[全国大会出場]という目標を叶えるために入部しました。よろしくお願いします。」
場が凍り、ざわめきだす。今まで言っていた自己紹介と明らかに異なる経歴に先ほどまでのだらしなかった先輩方もこちらを凝視している。大山さんの方を見ると、悪い笑い方をしていた。俺は不思議な高揚感に包まれて立っているのがやっとのことだった。
「あっ、えっとじゃあ次」
志村も動揺を隠せず、声が上ずっていたがその後の自己紹介は滞りなく終わった。その後の休憩では明らかに周りの目が友悟に集中していた。
「ちょっと、いくら何でもかましすぎじゃない?変な先輩がいないといいけど、、、」
「お前やっばwホントにかましてやんの」
「おめえが焚きつけたんだろうが。でも、これで先輩たちも気が引き締まるんじゃないの?」
「うんうん、これでチームにもいい緊張感が出てきたと思うよ。」
後ろから盗み聞きしていた大山さんが顔をのぞかせて会話に参加してきた。三人のびっくりした顔を見て満足げな態度を示した後、再び新入生は集合された。
「では、これからチームの活動についてちょーざっくり話していくよ。じゃ、ケーゴよろしく!!!」
「あ、俺すか?」
予告なく指名されたのであろう、ケーゴという男は驚きつつもすぐ冷静に戻り新入生の前に出て話し始めた。
「えー。キーパーやってる渡辺慧伍です。では、軽く今後のチームの動きについて説明します。まず、今年の新入部員は21名で、4年生が3人、3年生が15人、2年生が18人の計57名となりました。今後は1年はとりあえず全員セカンドチームで数試合やってもらってよさそうな人は上にあげます。」
「質問です。上にあげるタイミングは全国大会の予選前ってことですか?」
「えーとね。実はその予選ってのは再来週から始まって、そのメンバーは2年生以上で行こうって話なのね、、、」
それを聞いて、俺はびっくりしてしまった。それではまず大会のメンバーに入れないじゃないか。しかし、ここでマネージャーの横川が割って入る。
「ちょっと、説明不足。再来週から始まるのは北関東の予選なの。そこで上位2チームに入れば今度は関東の予選が始まる。だから、新一年生がメンバーに入るならその時ってこと。なので、上手くいけばトップチームにすぐ入れるよ!」
横川の目線が俺の方に向いているのは気のせいだろうか。つまり、北関東の予選は既存のメンバーでその後はまだ決まってないと言ったところだろう。そして、この雰囲気だと俺のことは[特別扱い]しないという認識だろう。上等だ、すぐに結果を残してメンバーに食い込んでやる。さらに話を聞くと、次回の練習からもうチームを分かて行うらしい。そんなこんなで、あっという間に練習が終わった。
「友悟はやっぱりメンバー狙うの?」
「当たり前だ。もう半端なことはしないからな。もちろん実も典太もだぞ」
「あったり前よ。こう見えてもそこそこ上手いんだぜ」
片付けが終わり、帰ろうとしたところ大山さんに呼び止められた。
「ごめんね。本当は君をすぐにでもトップに参加させようとしたんだけど、それは監督とキャプテンが反対しちゃってさ。」
「いや、気にしなくて大丈夫ですよ。すぐにそっちに行きます。」
すると、大山さん少し苦い顔をして周りに聞こえないように小声で話した。
「まあ君も薄々気付いていると思うけど、このチームはやる気ある組とやる気無い組に分かれているのよ。それでね、やる気無い組の中にはちょっと癖があるやつがいるから気を付けてね。」
やる気無い人がいるのは分かっているが、癖があるとはどういう人なのだろうか。俺には全く見当もつかなかった。しかし、今はそれよりも気になることがあった。
「あの、単刀直入に聞くんですが、、、予選勝てますか?」
先輩の話を聞く限り、もし俺がトップで試合に出るなら関東予選の時からだろう。しかし、その前の北関東予選で負けてもらうともうどうしようもないからだ。そう言うと、大山さんはすぐに真剣な顔に戻りあの時の志村さんのような眼差しで答えた。
「大丈夫、僕たちの目標は全国だ。こんなところで負けないよ。」