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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

景色のお膳立て

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うん、換気はこれくらいでいいかな。

 ここんところ、病気がよく流行っていたからねえ。一時期に比べると、みんないろいろなことに神経質になったと思うよ。

 よくも悪くもね、大きく騒ぐってけっこうな大事だと考えているんだよ。

 知られないことは、この世にないも同じだからね。多少、大げさになったって、他へ伝わらないことには、どうしようもない。


 迷信とかだって、そのような点はあると思うよ。

 いかに奇々怪々だったとしても、インパクト強く伝わるならば、忘れられるよりずっといい。

 火のないところに煙はたたない、というからね。いったん煙って漂ってしまえば、多くの人が「火」の存在を警戒して、心を引き締めてくれる可能性をいだく。

 そいつは、更に次の世代へ命をつなぐ助けになるかもしれないね。

 ちょうど窓も閉め切ったところか。窓関連で、僕が以前に聞いた奇妙な話があるんだけど、耳に入れてみないかい?



 窓よりものを落としたら、ぐっとこらえて三つ待ち、その後「およよ」と声あげよ。

 いとこが生まれた当時、しばらくを過ごした地元で教わった心得のひとつらしい。

 いわく、窓枠の向こうというのは、文字通り「枠」から外れた世界。そこへ突然、ものが横入りしてくると、ときに場面転換がうまくいかないことがあるそうなのさ。


 ――ん? いやに舞台装置めいた表現をするじゃないかって?


 その通り。窓の向こうに、舞台が広がっている可能性があるわけさ。

 相手に対し、いろいろな準備をすることをお膳立てというが、我々を取り巻くものも、しばしばそのお膳立てのもとに出来上がっている。

 ほとんどは、漏れなく行えていることも、場合によってはミスが起こるかもしれない。

 そいつを目の当たりにしてしまうのは、なんとも忍びないから、こちらが気をきかせてあげる。

 三つ数えて、リカバリーのための間を置いてやり、そのあとで「およよ」と、あたかもたった今、やらかしてしまったかのように繕う。

 それによって、世界をお膳立てしてくれているものたちに気をつかってやるのが大事。こいつをおろそかにすると、思わぬケガをする恐れがあるようだ。


 いとこも、物心ついたときからずっと、この言いつけを守って過ごしていた。

 かかわり合う者が少ないうちは、愚直なまでに約束を守っていくことができるだろう。

 けれども、友達と一緒に遊ぶとか、他者とともに行動するとなれば、どうしても場の空気とか勢いとかが大事になってくる。

 これを乱すことに抵抗が生まれ、ときに約束をおろそかにしてしまう可能性をはぐくんでしまうものだ。


 いとこも家に友達を呼んで、一緒に遊ぶ時間が増えてくる。

 当時はヒーローもののキャラや、そのキャラが扱う武器とかのおもちゃが流行っていて、かのグッズを持っている、持っていないの階級格差は顕著なものだったとか。

 そして、この場にいるのは「持っている」者同士に許された、たわむれ。

 主人公の得物をかたどった、装飾過多なおもちゃの剣を振り回し、チャンバラに興じていたらしいんだ。


 そのつばぜり合いの折。

 刀身たちがぶつかった拍子に、ぽんと飛んでいった剣の部品があった。

 分割式でとりつける、剣のつばの片割れだったらしい。

 振るわれるまま勢いづいたそれは、いとこと友達が軌道を追った時にはもう、部屋の小窓から外へ飛び出そうとしていた。

 ここは2階。1階とは違い、もし落ちたならば回収に難儀するだろうことは、想像にかたくない。

 いとこはぱっと剣を手放すや、すぐさま飛んでいくつばの後を追った。

 部屋の中で追いつくには、もう難しい距離。それでも窓へ飛びついて、腕を伸ばしたならばキャッチできる望みのありそうな距離でもあったようだ。

 目測の通り、つばが勢いを失ってかすかに落下しそうになったのは、窓を出てすぐのこと。

 いとこもまた、腕はすでに外へ出かけていた。それこそ、指先がかかろうかという微妙な間合い。

 だから、余裕なんかなかった。

 三つ待ち、「およよ」と声あげる余裕なんか。



 窓枠の下へ消える、つばのパーツといとこのこぶし。

 その手が真っ先に感じたのは、熱だったらしい。

 やかんへうかつに指を触れてしまったときと、ほぼ同じだ。直前までの使命もよそに、手をすっこめてしまう。

 握りこんだこぶしは、ほとんど真っ黒になっていたそうだ。日焼けのレベルを超えた、またたく間での焦げ付きだった。

 友達も目を丸くしてしまうが、いとこはどんどんと高まっていく手の熱に、危険を感じずにはいられない。

 開こうと、こぶしに力をこめても、皮同士が張り付いているようで簡単には動かすことかなわず。洗面所で長く、水につける羽目になった。


 熱にさらされた時間が短かったためか、丹念にこすると大部分の焦げははがれて、指たちもまた赤く腫れながらも、どうにか分かれさせることができたそうだ。

 胸をなでおろしてから、あらためてかの下の窓をのぞいてみると、真下の張り出した屋根に転がるものがひとつ。

 炭のように黒々として、形も飴細工のようにねじ曲がったそれは、剣に取り付けてあったつばパーツのなれの果てだと分かったとか。


 あの瞬間、パーツといとこは窓枠に外れた、「お膳立て」される前の舞台裏へ、突っ込んでしまったんじゃないか、と思っているそうだよ。

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