7、薬屋2
「ドラゴンだって従えられるわ」
エマが不敵に笑う。
「……だから人間なんて敵じゃないんだけど、倒したら倒したで問題が多いから今回はシオンが治してね」
強気な態度はどこへやら。
下から伺うようにシオンを見上げて、ちょいちょいと服の端を指先で引いた。効果音を付けるならきゅるるんだろうか。大粒のサファイアがキラキラとこちらを見ていた。
「ぐぅ、かわいい」
「せやろ」
「だが締まらぬ」
「煩い。バレたら面倒でしょ」
ギュッと心臓を押さえるシオン。
まるで胸に重傷を負ったような顔で「可愛い」と呟く。今出せる全力のおねだり顔の効果は抜群だったようだ。
しめしめ。これでお願いも聞いてくれるだろう。
「ほら、ちゃちゃっと治して。闇魔法でもこれくらいなら治せるでしょ」
「可愛い顔してヒト使いが荒いな。さすがは聖女」
「好きでしょ」
「好きだな」
当然、とエマは腰に手を当てた。
「治すのは構わんが、記憶はどうする。俺に焼かれた事実は消えんぞ」
「記憶も弄ってよ。得意でしょ」
「脳を破裂させても良いならやろう」
「なんでいいと思った?」
「季節外れだが見ものだぞ」
「爆発させるってことか?ん?」
「派手に一花咲かせてやろうな」
「汚ねぇ花火だな!!って馬鹿!時間無いの!」
バシッとお尻を叩く。
ケラケラと笑うシオンを睨み付ける。
冗談で流したのは、彼に協力する気が無いということだ。恋敵、シオンにとっては鬱陶しい害虫が何人焼けたところで支障はない。むしろ積極的に燃やしに行くスタイルなので、後始末をする側としては非常に頭が痛い。
自分も両手を上げた側なのだけれども。
「どうしたもんかしらねぇ」
怪我を治してしまえば、証拠は見えなくなる。
火傷なんてどこにも無い。言い掛かりをつけるのは止めろと突っぱねることは出来る。
だが、それだと残香の説明が出来ない。
魔法を使えば残香、つまり魔法の痕跡が必ず残る。
薬屋レベルの低級魔法使いに残香を調べることは出来ないが、バk......無鉄砲な性格の彼は真実を証明するために金と労力は惜しまない。
「国に依頼して調査団を派遣されて、シオンの残香が見つかっちゃうと面倒だね」
「蹴散らせばよかろう」
「うーん、脳筋」
残香が発見されれば細かな外傷は判別できずとも、魔法が使われた事実は明らかになる。
運良く常識的な人間が来れば「うっかり魔法が暴発した」と(魔法で思考を誘導し)丸く収まるだろうが、腐った役人に来られると焼死体を作る覚悟を決めなくてはならなくなる。
実はこの街には奴隷がいる。
表向き認められてはいないが、金持ち連中は一種のステータスとして買っていた。その大半は獣人だが、中には罪を犯した者もいる。
ちらりとシオンを一瞥。
「どうした?」
整っている。黙っていれば麗しい。中身を重々承知しているエマから見ても、顔が良い。しかも綺麗系。俗物趣味の腐った役人共が犯罪に手を染めた見目麗しい男をどうするのか。想像するのは容易かった。
それから、シオンがどう対応するのかも。
「ベリー•ウェルダンか……」
上手に焼けました!と、声がした気がした。同時に猫の鳴き声も。残念ながら出来上がるのは炭で間違いないが。
触った時点でシオンは役人を焼く。悪臭。足元に転がる炭。悲鳴。逃げ出す生き残り。シオンに向けられる恐怖の視線。
そして、隣にいる女に向けられる共犯を見る瞳。
立派な極悪人の完成だ。笑えない。
「あー!面倒くさーい」
これだから、無駄に金と時間とプライドの高い奴は嫌いなのだ。エマが内心で毒付く。
悪いのはすべて薬屋だ。薬屋がすべて悪い。
なのになぜ、被害者である己が後処理に頭を悩ませなければならないのか。
いっそのこと全て灰に…. いやいや、無かったことにならないだろうか。
「時間とか遡れない?具体的にはあなたが棺桶にいる時間帯まで」
「まだ諦めていなかったのか」
「全てを無かったことにするには戻るしかないの。許して」
「問題の元凶ごと排除を望むとはなんと強欲な女であろうか。素晴らしすぎるな」
正直に話して被害者を装う手もあるが、それはそれで面倒くさい。
寝て起きたら全て夢だった、とか一昔前の夢オチ展開にならないだろうか。
エマが唸る。
シオンに頭を撫でられているため様にはならなかった。
「爆発オチはまだ許されるかしら」
「時代的にキツイと思うぞ」
「そうよね」
爆発オチなんて最低ー!
頭の中で化石となったワンフレーズが流れる。やはり夢オチこそ至高だというのか。
「夢、夢オチを現実に……バクはいない、魔法も使うと探知されるし……うーん」
ぐるりと視線を回す。
あるのは草、草草、草草草草草草草草。
薬屋なのだから当たり前の光景だが、こうも草しかないとガッカリしてしまう。
ヒントになりそうな物が草しかない。
これは「いっそのこと草を着火材に店ごと燃やせ」という神からの啓示だろうか。時代錯誤な彼らのことだからあり得るな、とエマは視線を彷徨わせる。
1000年前を「昨日」の感覚で話す人外たちなら、むしろ率先して松明を掲げるに違いない。
はぁ、とため息をひとつ。
いっそのこと事故であったなら……
自然と下がった視線の先に“それ“はあった。
瞳の奥がキラリと光る。
これよ、とエマは呟いた。
「そうよ、そうだわ。ここは薬屋なんだから起こったって不思議じゃない。不自然にならない」
「エマ?」
「うん、これなら無かったことにできる」
パッとエマが顔を上げた。
「シオン、手伝って」
星屑を散りばめたようにキラキラと輝く碧瞳が、シオンを射抜いた。雨上がりの晴天を閉じ込めたような双眼に、シオンはこくりと頷いた。
口の端が吊り上がる。赤は弧を描いた。
内容は知らない。だが彼が肯と頷くには、エマが楽しそうというだけで十分だった。
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