6、薬屋
今回ちょっと焼いたりするので、過激な表現とか暴力的な展開が苦手な方は避けるようにして下さい。
「あれはなんだ?」
「あれは魔者の串焼き」
あれは?時計塔
あれは?郵便局
あれは?魔具店
あれは?これは?それは?
わくわくきょろきょろ。忙しなく上下左右に動き回っては、美少女の手を引いて説明を求める美丈夫。ふたりは人目を惹きながらも、見守られるように薬屋までの道を進んで行った。
「薬屋着いたから好きな所行って」
「共をしよう」
「いや、遠慮する」
「遠慮を遠慮する」
「遠慮を遠慮するのを遠慮して」
「遠慮を遠慮するのを遠慮しない」
「遠慮を遠慮するのをえんえん.....やばい分からなくなってきた」
えんえんえん、繰り返しすぎて遠慮がゲシュタルト崩壊を起こしかけたところで止まる。
「とりあえず遠慮して」
「(ひとりで遊びに行くのを)遠慮しよう」
壊滅的に意思疎通が図れなかった気はするが、タイムリミットだった。目的の薬屋の看板は目の前。しかたねぇ、とシオンを引き連れて薬屋の扉を開けた。
チリリリン、と涼やかな音が響く。
「薬買ったらさっさとどっか行ってよね」
「それはできん。祝言をあげねば」
「勝手にあげなさいよ」
「さぷらいず、というやつか?だが当日まで秘めていては、きみは良い顔をしないだろう」
「なんでわたしにお伺い立てるのよ」
どこの馬の骨とよろしくやったところで、不満など無い。送るのは祝いの言葉だけだし、例え当日に予定を聞こうが怒りすら湧かない。締め切り前の早朝だって両手をあげて祝い、祝儀袋に万札をあるだけ詰めて顔面に叩きつけに行くだろう。
いったいどこの世界線のわたしと勘違いしているのだろうか。エマが首を傾げる。
「そこの世界線のわたし、たぶんだけど花嫁とはちゃめちゃに仲が良くて新郎が気に食わないだけだと思う」
「何の話だ?」
「違う世界線のわたしの話じゃないの?」
「この世界線しか知らんが?」
「えー?」
天井から吊るされた薬草を手で避ける。薬棚の間を通り抜けて、奥にあるカウンターへと向かう。赤、青、黄色、橙。様々な色の小瓶が所狭しと並んでいる。上級ポーション、解毒薬。どれも根の張る高価な物ばかりだ。
「主役の機嫌を伺わずにどうする」
「主役って?」
「エマだな」
「はぁぁあ〜?」
チーンと卓上ベルを押した。
鞄を漁って注文書の控えを探す。
「恋のABCもこなしてない輩と、どうして結婚まで発展するってのよ」
「言い方が化石だな」
「喧しいわ」
カウンターに控えを叩きつけた。
「とにかく結婚なんて絶対しないから」
「そうだよ。エマの結婚するのは俺だ」
のそのそと奥から現れたのは茶髪の男。整った顔立ちをしているが、どこか笑顔が嘘くさい。エマを見るなりパッと表情を明からめて、カウンターから身を乗り出した。
「……いつものお願いできる?」
「もちろん、ちょっと待っててね!」
愛想笑い。元気よく裏に向かう薬屋とは対照的に、エマの表情は固い。今すぐにでも帰りたいのだろう。ゆらゆらと身体を揺らして落ち着きがない。
「おまたせ」
机の上に茶色い袋が置かれる。
中には腰痛薬、膝痛薬、風邪薬、火傷用の軟膏、傷薬、消毒液などが入っていた。中身を確認し、財布から銅貨5枚を取り出す。カウンターに置いて素早く手を引くが、その手は乱暴に取られてしまう。
「挨拶の日取り考えてくれた?」
掴んだのは薬屋だった。
手の温かさに鳥肌が立つ。振り解くように手を引くが、手首に痛みが走って止めた。非難の視線を向ける。返ってきたのは、ねっとりとまとわり付くような視線だった。
「結婚も了承してないけど」
「そんな冷たいこと言わないでよ。それともあのオーク顔と結婚したいのかい?」
「誰ともする気ないから」
「エマはそうでも、村の奴らは違う。聴いたよ?16歳になったら孕ませて村に繋ぐつもりだって」
一体どこのお喋りさんが情報を漏らしたのか。崩れそうになる愛想笑いを引き締める。
「初耳」
「嘘。知ってたくせに」
「どうかしらね」
「オーク顔の豚に凌辱されて、田舎で老人共の奴隷になりたいのかい?エマってば見かけによらず被虐趣味があったんだね」
「そんなこと言うと、仕事減るわよ」
「減らないよ。だってあの村から買い付けにこられる距離にあるのは、俺の店だけだから。いくら自分の息子を卑下されても、村長は俺になにも言えない」
「自信満々ね」
「エマを幸せにする自信もあるよ。ねぇ、いつまでも意地を張っていないで、素直に嫁いで.....ギャア!?」
肌が熱を感じる前に襟を引かれた。
悲鳴。喉を締められた鳥のような声。続いて焦げた臭いが鼻をつく。衝撃で閉じていた目を開けば、赤が広がっていた。
「あ、あづい!痛い!イダイ!!」
「ああ、すまない。消炭にしてやろうと思ったのだが、寝起きなもので加減を間違えたらしい」
眼前に広がるのは炎。
先程まで元気にセクハラをしていた男が、汚い悲鳴を上げながら燃えていた。犯人はすぐに分かった。
シオンだ。
彼が薬屋を魔法で燃やした。
火を消そうと床をのたうち回る姿を実に愉快そうに見ながら、許せと彼は笑う。
「ご自慢の顔が焼けてしまったな。可哀想に。余に医学の心得は無いが火傷の対処法ぐらいは知っておるぞ。冷やすのだったな」
くるりと長い指が空に円を描いた。空気が揺れる。爪の先に空気中の水分が集まり野球ボールくらいの球体にまで成長すると、指を振り下ろした。水球が薬屋の顔面に落下する。
バシャッ!
「あ“ぁあ“っっ!」
火は消えた。だが焼かれた身に水球をぶつけられた薬屋は、あまりの痛みに床を転がる。顔を押さえるわけにもいかず、ただ呻き声を上げながら床に爪をたて引き攣った悲鳴を上げていた。
「ふふっ、村長の息子とやらの顔は拝んではいないが想像はついた。今のお前とそっくりなのだろうなぁ」
口は弧を描く。だが瞳に愉悦の色は既に無い。あるのは虫を見るような無機質な感情だけだった。
次第に薬屋の掠れた声が消えていく。気絶したらしい。状況を理解したエマは深いため息を付いて、叫んだ。
「ぅおおお!よくやったぁああ!!」
なにしてるの!
建前を押し退け口から本音が飛び出る。嬉しさで無意識にグッと両手を握ってしまうエマを、シオンが愉快そうに見ていた。
だってウザかったんだもん。
全裸に剥いて海老反りに縄で締め上げた後に、玄関に吊るしてやりたいと何度考えたことか。
「あ、間違えた。なんで魔法ツカウノ」
「ははっ!ガッツポーズまで決めておいて、今さら取り繕うのか。はははっ!」
「気持ち悪かったんだ、仕方ない」
後始末さえ….いや、後始末を考えるのならばこのまま消炭にした方がいい。薬屋は将来的に害になる。エマは撃退出来るが、第二第三の犠牲者がでる前に焼いたのは正解だろう。エマは思う。これが正義だ。
「失踪扱いにして灰を海に流すか」
「魔王より魔王らしいな!」
「魔王様と違って一瞬で仕留めてあげるんだから、優しさの塊でしょ?」
敬いなさいよ、と腰に手を当てる。
我、元聖女様ぞ。
「偉いぞ」
「へへっ……って違う!頭を撫でるな!」
子どもじゃないんだぞ。
手をはたき落とす。
表面の皮膚だけを焼き、消火と称して焼け爛れた皮膚に打撃を与える彼に魔王と言われたくはない。
「見事なウェルダン。あんたも加減ってものができるようになったのね。お母さん嬉しいわ」
「加減した覚えはないぞ」
「またまた、そんな謙遜しなさんな」
バシバシと背中を叩くが、不満そうな色は消えない。珍しく褒めてやったのに我儘な奴だ。物言いたげなシオンを一瞥するが、特に言及することはしなかった。
ぐるりと視線を動かして、焼け爛れた薬屋を観察する。表面的な外傷は酷く見えるが、奥まで裂傷している様子はない。
これなら低度の回復魔法で元に戻せる。
エマはあたりを付けると、薬屋を見下ろして鼻で笑った。
「ざまぁないわね」
完全に悪役のセリフである。
焼死体(仮)を冷徹な瞳で見下ろす少女。今の彼女を見て誰が聖女だと思うだろう。エマもそう思う。だが問われれば彼女はこう答えるだろう。
「わたしを悪女にしたのは薬屋だ」と。
「セクハラ、モラハラ、男尊女卑の塊みたいな男だったの。会うたびに同意もなしに手を握って、気持ち悪いったらないわ」
燃やされて当然ね。
口の端を歪めたエマは、今にも死体(仮)蹴りを始めそうな顔をしていた。憎々しげに先程まで握られていた手をシオンの服で拭う。
「話はすべて虚言だと?」
「村の話?」
「ああ」
「計画があるのは本当。でも年寄り連中が勝手に言ってるだけだから、若者は手放しで賛成はしてないみたい」
傍観している時点で同罪だけど、とエマは笑う。
年寄りにエマを村へ縛り付けさせ、悲しみに暮れるエマを慰めて良い思いをする。
口には出さないが村人はエマを便利な道具としてしか見ていない。
今も昔も300年ぽっちでは人間は変わらない。
だが、それがなんだと言うのだ。
「魔者の巣に放置されても無傷で帰還できるのに、村人がなんだって言うのよ」
エマは無垢な少女ではない。
その身ひとつで長い時を生きてきた。
時に金を、力を、命を、貞操を、狙われ続けても、しぶとく生き抜いてきた。例え小さく弱い少女の身体であろうとも、知恵と魔法と暴力ですべてを拳で沈められる。
「ドラゴンだって従えられるわ」
エマが不敵に笑う。
従属させたドラゴンの背に乗り村へと帰還するエマの姿を想像して、シオンは確かにと微笑み返した。
マイルドにしたんですけど、平気でしたかね?
増やした方が良かったですかねぇ...?