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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
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5、ラフレシア


喧騒の中をひとりの少女が進む。

少女が歩けば道が開いた。

いや、歩く前に人は壁際へと避けていった。

魔法では無い。それは自然とまるで当たり前のように、人並みは開いていった。

視線、視線、視線。

黄色い悲鳴があちらこちらから飛んでくる。

どこへ。視線は上に悲鳴も上に。エマの頭上を通り過ぎて行く。投げつけられるそれの大半は、後ろにいる人物へと全て向けられていた。

辟易。

耐えきれなくなってエマは振り返った。


「なんで、着いて、くるの!」


長身。エマの遥か上にある赤い瞳がきょとんと丸くなる。首を傾げたことで、肩を流れる黒髪が合わせて揺れた。


「そこにキミがいるからだ」


さも当たり前のように男は言った。



***************



ポータルでの移動は無事に成功した。

街に到着し、人混みに紛れるように歩いて数メートル。ようやくエマは一息ついた。

ここまでくれば追跡は出来ない。

そう確信して、くるりと笑顔で振り返った。


「じゃあ、現地解散ってことで」


もう役人では追跡が出来ないこと、自由に観光して良いこと、自分は用事を済ませることを手短に伝える。

男はこくりと頷いた。


「さようなら。またどこかで会えたらお茶でもしよう。時間と場所とタイミングとわたしの気分が奇跡に合えば」


にっこり笑って笑顔で手を振った。

そうして円満に別れた、別れたはずだ。

さて観光がてら薬屋でお使いを済ませてしまおう。

足取り軽く歩き出す。

新作のスイーツに目を輝かせ、ピエロのような服に驚き、屋台飯の香りに心を弾ませていた。

なのに、それなのに。

キャアキャアと妙に姦しい声。一歩、二歩と進めばどんどん大きくなって付いてくる。

耳が拾う単語は「美丈夫、黒髪、赤眼、子連れか兄妹」役満だ。単語に身に覚えがあり過ぎる。

いやいや振り返れば、予想通り男がいた。

なぜ、さっきお別れしたじゃん。

手を振ってお別れしたじゃん。

ムッとエマが口を膨らます。


「あるじゃん。わたしとあなたは初対面」

「まだその設定を続けるのか?」

「設定いうな」


設定、そう設定なのだ。

厳密には今回が初対面なだけで、初対面では無いのだ。お互いがお互いの名前を、存在を、役割を把握している知古であり宿敵である。


「寂しいではないか」

「わたしは寂しくない」

(あい)し合った仲であろう」

「ルビを改変すな」

「魔王と聖女。相反する関係でありながら、愛し合ってしまった。禁断の関係!」

「ロミジュリしてないから」


ポジションだけ見ればロミジュリだが、ふたりの関係性は禁断ではない。文字通り『殺し合って』いた。血で血を洗う血生臭い関係だった。そう、だった。それは過去の話。

今のエマには関係のないことだ。


「わたしもう一般市民!御伽話みたいな恋愛がしたいなら役不足だから他所でやって」


他所でやって!と強めに繰り返す。

そのまま何処の馬の骨とも知らぬ色気ムンムンのお色気担当お姉様としけ込んで幸せになってくれ。是非とも。是非にとも。


「おかしなことを言う。聖女(きみ)聖女(きみ)である限り聖女で」

「ばっか!街中で連呼するな!」


ネクタイを引っ掴み強引に下に引く。抵抗なく降りてきた顔面に、平手を叩き込むように口を塞いだ。ルビーが僅かに見開く。


「??」

「説明したでしょ!捕まるのよ!」

「......ああ、聖女制度というやつか」


コソコソと、しかし語気は強めに。エマは静かに怒鳴った。ふざけんじゃないわよ、と。


「ほら、あの子。あとそこの子と後ろの子もそうね。白いローブ着てる子たちはみんな聖女よ」

()()がか?」

「そう()()が」


視線の先には全身真っ白な少女たちが、小さな列を成して歩いていた。白髪を覆い隠すように目深に被ったフードの奥からは、青白い顔が覗いている。清潔そうな真っ白なローブを着ていなければ、神に使える聖職者と誰が思うだろう。


「わたしを()()にしたいの」

「.........思わぬ」

「なら役職名で呼ばないでちょうだい」

「ではなんと?」

「エマよ」

「えま?」

「そう聖女(エマ)


顎に手を当て視線が上がる。一瞬、考え込むような顔をしたと思えば男はニヤリと笑った。


「安直だな」

「うっさい」

「では余のことはシオンと」

「前と変わらないんだけど」

「良いだろう?どうせ誰も気付くまい」


エマとは古い言葉で聖女を指す。

ならば新しい名ではなく古い名にしよう、と彼は昔から使っている名を使うという。封印石にも歴史書にも載っている魔王の名を。

エマは嘲るように鼻で笑った。

それが合図だった。

恭しく手が差し伸べられる。


「では観光と洒落込もうか、エマよ」

「ひとりで行ってちょうだいシオンさん」


腰に手を当て首を垂れる姿は、まるで絵本から飛び出してきた王子様のようだ。

上がる悲鳴を背にエマは間髪入れずに答えるが、拗ねたように頬を膨らませるだけだ。


「一緒に観光しようと言ったではないか」

「記憶を改ざんするな」


観光していいと言っただけだ。

しっし、と虫を払うように手を振るが、その手はすぐに握られ指を絡められてしまう。

はーなーしーてーよー。

手をブンブンと振り回す光景を、いつからか周りは微笑ましく眺めていた。愛欲に満ちた視線はどこへやら、兄妹かしら可愛いわね、とうふうふ見守られていた。

とんだ誤算である。

今回もこんな調子で過ごさねばならないのか……。

諦めかけた時だった。

それは来た。


「あのぉ、もしよかったら街を案内しましょうか?あたしぃこの街の生まれなんですぅ」

「...!ほら、案内してくれるって...」


人工的な甘い声にエマは振り返った。

そこには長髪の女が立っていた。そり返ったツケまつ毛、尖らせすぎた唇、白粉を被ったような顔。腐った果実のような臭いを撒き散らし、身体をタコのようにくねらせて歩いてくる。どぎついピンクのスパンコールドレスが反射して目に痛い。


「ままぁ、新種のラフレシアみたい!」

「しっ!見ちゃダメよ!」


親子が早足に通り過ぎていった。

あまりの光景にエマは固まる。

色香の魔法でも使っているのか、妙に色を感じエマは口鼻を押さえて下を向いた。ディスコに来ているのに漫談を聴かされているような、そんな気持ちの悪さが彼女を襲った。

脳が、脳がバグる...!

早急に距離を取りたいが、返答した手前もう無視は出来ない。シオンだけ置いて離脱するのが最善だが、新種のラフレシアに発情するほどシオンちゃんは特殊な性癖は持ち合わせていないはずだ。腕でも絡めてみろ。始まるのはデートイベントではなく、討伐クエストだ。

エマはさめざめと内心涙した。

完全に人選を間違えた。


「よ、ヨカッタネ」


なんとか言葉を搾り出し、ぎこちない笑みを浮かべる。

シオンは女ーーパトリシアと名乗る新種のラフレシアーー改めてラフ子を一瞥すると、エマの手を引いて歩き出した。


「OKしてくれて嬉しいですぅ!案内ぃ張り切っちゃいますからねぇえ」


鋼か?メンタルが鋼で出来ているのか?

無返答、無視で歩き始めた男の行動のどこを超解釈したらイエスになるのか。首を傾げる。

でも、これぐらい押しが強ければ連れ出してくれるかも。

エマはちょっぴり期待を膨らませた。


「あの菓子はなんという?塔のように積み上がって実に面妖だな」

「あれはぁこの街限定パフェです。けっこう大きぃんですけどぉ、美味しいですよぉ」

「........」

「これはなんだ?屋台と荷車を一緒にしているのか?売っているのは酒か。エマにはまだ早いな」

「子ども用のジュースなんかもありますよ?ご一緒にいかがですかぁ?でもぉ、パトリシアお酒弱いからぁ酔っちゃうか、も(ハート)」

「.......」

「あの緑の筒はなんだ?」

「あれはぁ、お手紙を入れるところです。パトリシアにお手紙くれて」

「この建物はなんだ?中に木があるのか、面妖な」

「そ、それはぁ教会に聖木があるからでぇ」

「........」


.......だんだん可哀想になってきたな。

質問に律儀に答えようとするラフ子だが、シオンはエマの手を引いてあれはこれはと質問を止めない。無言を貫いているにも関わらず、ラフ子の話を遮るように質問を飛ばしては、エマの同情した顔を愉快そうに覗き込む。あーあ、ラフ子涙目じゃん。がんばれー。


「そろそろ休憩するか」

「近くにお勧めの喫茶店があるんですけどぉ、ご一緒にいかがで」

「そういえば、お主はなぜまだ着いてくるのだ?」

「え?」

え?

「“でーと“中に不粋だと思わぬのか」

「ーー!も、もぉいいですぅ!!!」


シオンの最低すぎる一言にラフ子のメンタルが折れた。涙目になり走っていってしまう。

ラ、ラフ子ぉおおぉおおおお!

内心でエマは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

行かないで!シオン(こいつ)の手を握って離さないで!愛の逃避に連れ出して!お願いだから、わたしからこいつを引き剥がしてから行ってぇぇぇぇえ!!

だが、エマの願いは虚しくラフ子は人混みに紛れて見えなくなってしまった。無念。


「ガッツのある子だったのに……」


第一陣への対応がこれだ。第二陣の襲来を望むだけ無駄だろう。だけど、でも、もしかしたら。

小指の先ほどの希望を抱いてエマは振り返った。

案の定、黄色い悲鳴はヒソヒソ話に変わっていた。


「ですよねー」


ため息をひとつ。

エマは未だ観光(デート)気分の彼を引き連れて、とてとてと歩き始めた。

背中には諦念が漂っていた。



読んでくださりありがとうございます!

手直ししたら楽しくなって遅れました!

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