4、逃亡
まだ寝てないからセーフ!金曜日!ですよね!
パタパタパタッ。
トンッ、トンッ。
歩幅の違う音が駆けていく。
片方は忙しなく、片方はゆるりと。
男は懸命に足を動かす少女をいつまでも見ていられたが、急いでいたことを思い出し前に出た。
「状況が読めん。説明を頼めるか」
手慣れた様子でエマの膝に手を入れ持ち上げると、横抱きにして早足に歩き出す。
エマもそれが当然とばかりに身体を預けると、進行方向を指差し誘導を始める。
「魔法が使い辛くなったのよ」
苦虫を噛み潰したような顔だ。
「聖女制度ってやつが出来たの」
聖女制度。
光魔法適性のある女性を国が徴兵する制度。主な役目は魔物退治だが、教会の管理から人々への奉公まで仕事は多岐に渡る。
「徴兵するために監視してるの。だから大きな魔法を準備なしに使ったらいけなかったのよ」
「余のは闇魔法だが?」
「魔法の魔の字も知らない小僧共に、見分けが付くと思う?」
役人の大半は魔力の流れを感じ取る事は愚か、使用することすら出来ない。魔法を色で判断している、なんてゲラゲラと酒の席で語っていたくらいだ。カバーするために魔力探知装置を身につけているが、量は分かれど種類を見分ける技術などアレには無い。
「随分と愉快なことになったな」
「あ、そっちじゃない。真っ直ぐ」
「うむ」
「馬鹿だけど駒は欲しいから飛んでくるわ。だからその前に身を隠すの」
「母君とやらは置いてきて良かったのか?」
「ママは平気。風魔法で登録者されてるし、大型ギルドに所属してるから下手に拘束もできない」
ギルドだけでなく役人の間にも母のファンは多い。握手とサインを求めはすれど、拘束などしようはずがない。あそこは軍隊みたいだからな。
「きみは?余の花であれば引くて数多であろう」
「登録なんて面倒.....危ないから出来るわけないでしょ」
わたしまだぷりちーキュートな子どもだもの。
両手を握り拳にして顎下に置き、きゅるるんと上目遣いをする。いわゆるぶりっ子ポーズをかました。
ぐうっ、と男が唇を噛み締める。
一昔前、いやニ昔前の使い古されたポーズだが男には効果抜群だったようだ。
「なるほど、可愛い」
「せやろ」
「抱きしめても良いか?」
「はよいけ」
「ああ、つれないところも実に良い」
ズンズンと足は止まらない。
しばらくすれば「あった」とエマが呟く。
指差す先にあったのは青いクリスタル。重力を無視して宙に浮き、くるりくるりと六面体が回っては不規則にキラリと光る。
「あれは?」
「ポータル」
「ぽーたる….?」
「転移装置みたいなものよ」
「ほお」
ポータルの前で足を止めると、ぴょんとエマが腕を飛び出した。しげしげとポータルを覗き込む男をよそに、躊躇いもなく表面に触れた。
人工的な光が淡く灯る。
『ご利用ありがとうございます。こちらは“デブリン“行き一方通行ポータルです。ご利用なさいますか?』
「2名、街までお願い」
『了承を確認。安全のため、片手を側面に触れたまま転移が終了するまで動かないで下さい。それでは、カウントを開始します』
「鉱物の妖精か。珍しいな」
男が側面に触れたことを確認すると、電子的な女性の声がカウントを始めた。
「今だとかなりの数が街にあるよ」
「ほお、随分と奮発したのだな。現代はよほど裕福と見える」
「ははっ、まぁ昔よりはそうだね」
安価に考える連中が増えたんだよ、とはエマは口にしなかった。魔法という奇跡を尊ぶ時代はとうの昔に終わった。今ではそれは、特に光の魔法は、国にとって都合の良いモノへと認識を変えた。
ポータルの件もそう。
目先の利益に飛びついた人間に、鉱物の妖精たちは小躍りしていることだろう。
ああ、可哀想なこと。
「きっと近いうちに痛い目を見るよ」
「そうなのか?」
「だってこれ、王都に20個はあるもの」
「.......裕福なのは頭の方であったか。いやはや、いつの時代も変わらぬな」
くるりくるくる、ポータルが回る。
まるでふたりの会話に同意するようにくるくる、くるくると。青は水色に変わり、ふたりの身体を包み込むように光が広がっていく。
「向こうに着いたら迂闊な行動はしないこと。自由に観光してていいから」
「あいわかった」
「本当かなぁ」
『3、2、1、ポータル起動します』
「じゃあ、現地解散で」
水晶が一際強く発光する。
空間が歪み、視界が真っ白に染まった。