プロローグ
「やばいやばいやばいやばい」
走った。家に向かって力の限り走った。
掘り当ててしまった現実を振り払うように、前だけを見て地面を蹴った。
「どうしようどうしようどうしたらいい」
やってしまった。
見覚えがあるなんてものではない。
あれは太古の負の遺産。300年前にエマ自身の手で土に埋めた宿敵のーーーーーー
ドンッ!ドンッ!
破裂音。
地面が揺れる。風圧にタタラを踏んで足が止まった。じわりじわりと漏れ出る黒い波動。懐かしい魔力。己と対になる属性の気配に、己の運のなさを呪った。
「起こしちゃった……」
目を閉じ、天仰ぐ。
パラパラと乾いた音に混じって、ガコンッとフタが開くような音がして振り返る。
「……の色、この形、この清純な少女特有の魂の香り……ふふっ、ふはははは、ようやく、ようやくだ」
「ヒィッ!」
ガサガサ、ガサガササ。
穴から手だけが伸びていた。
指の長い青白い手が、出口を探すように仕切りに地面を擦っている。あれがゾンビか。
ガザ、ガサガサ、ガサガッガッガッ!
やがて手が動きを止める。出られないと理解したようだ。
そのまま諦めてくれ。
エマは薄い希望に縋った。だが、内心では半分ほど諦めてはいた。だってあいつ、死ぬほど諦めが悪い。
思考を裏付けるように地中に魔力が集まっていく。
「.....よ、我を拒む......薙ぎ払え」
「ば、バカバカ!こんな所でそんな大きな魔法使ったら」
耳が拾ったのは中級魔法の詠唱。
咄嗟にマドラを己の背に隠す。エマは懐から杖を取り出すと、早口に魔法の詠唱を始めた。
「星よ絶対の障壁を、光よ集いて、か弱きモノを守りたまえ」
杖の先に光が集まる。それは杖を中心に彼女の前で広がり、やがて一枚の壁となった。魔法障壁。防御に特化した光がエマの前に盾となって現れた。
「芸術は爆発だ」
「光の障壁!」
その瞬間だった。
限界まで濃縮された魔力が足元で弾けた。
ドンッッッッッ!!
先程よりも強い衝撃派。
反射的に片手で視界を保護する。
殺しきれなかった突風に握った杖ごと身体が後ろに引きずられ、慌てて足に力を入れ直す。土煙で前が見えない。
パキッと硝子の割れる音がした。どうやら力は衰えていないらしい。ガラランと蓋が転がる音がした。
「ようやく….ああ、ようやくだ。この日をどれだけ待ち望んだことか。いま、そうまさにいまこの時!最初の願いは成就した。今度は今度こそ....そうであろう?なぁ、せぇぇえぇえいぃいじょぉぉぉおぉお」
土煙の向こうから男の歓喜に濡れた声がする。蜂蜜みたいに甘さを含んだテノールが、両手を広げて走ってきた。
ああ、逃げられない。
エマは視線を遠くに投げた。
頭上には憎らしいくらい晴天が広がっていた。
ドドンガドーン