15、コンコ村
別にえっちじゃないけど、えっちなのあります。
苦手な方はまた明日更新するので、次回でお会いしましょう。
柔らかな風が頬をくすぐり、ココナッツに似た甘い香りを運んでくる。
燃やしてやろうか、なんて笑いながら道をゆく。
小鳥の歌声が春の訪れを感じさせた。
まだ肌寒い日もあるが、あっという間に暑くなるだろう。草の匂いが擦れる音が酷く懐かしく思えて、エマが空を見上げる。
のどかな場所だ。
自然以外はなにも無い。広大な自然が広がる開放的な感覚は、どこかイーナカ村を思い出させた。
大きな門の近くまで行くと笛の音が聞こえた。犬笛の音だ。
「こんにちはー!」
元気な少女の声が手を振ってやってくる。
その後ろで少年が牧羊犬を操っていた。赤茶色の中型犬が羊を誘導しているのが見える。眺めていると、手を振られたので振り返す。
エマの存在に気が付いたのか。周りで花を編んでいた子どもたちが、パッと表情を輝かせると一目散に走り出した。
「こんにちは」
「お姉さん、こんにちは」
「観光ですか?」
「そうなの」
「はじめてぇ?」
「うん」
エマとシオンの周りに子どもたちが群がる。村の子どもたちだろう。観光客に慣れているのか、くるくると周りを回って笑っている。
「じゃあ、お花をどうぞ!」
「くれるの?ありがとう」
すっきりとした匂い。
紫色の鈴がたくさんついた小ぶりの花だ。
「どういたしまして!」
「どぉーしましてぇ」
「でも、どうしてお花を?」
「あげるのー!」
「あげてるのー」
「幸せをね、おっそわけするの!」
「幸せのおっそわけ?」
花の押し売りだろうか。それとも花売りか。
勘繰って聞いた質問に純粋な言葉が返ってくる。綺麗な服を着ているし、少女からエマに花は手渡されているから大丈夫だろう。
素直に花を受け取ると、ふくふくと彼女は笑みを深めた。
あとで詳しく聞いてみよう。
駆けていく子どもたちの後を追って、エマたちはコンコ村へと足を踏み入れた。
「ようこそ、旅人さん」
「お花は貰いましたか?」
「はい。でも、幸せのおっそわけって?」
「この村には神様のご加護があるからね!その加護を旅人さんたちにも分けてあげるのが、この村の風習なのさ!」
「加護?」
「着いておいで」
手招きされ、男性の背を負う。
その先はきっと街の中心に違いない。
気が付いたエマがシオンにコソッと耳打ちする。
「あっちに教会があるわ」
「そうなのか?」
「うん」
「着いたよ」
案内された先には人集りがあった。
村人が指を刺してなにやら説明していたが、残念ながらエマの身長ではヒトの足しか見えなかった。
飛んでも跳ねても、視線の位置がお尻に変わるだけ。
なんも見えないんですけどぉ。
シオンの服の裾を引けば、心得たと肩車をしてくれた。
すっかり父親業が板に付いてきたなぁ、とエマは思った。
「凄いだろう。聖木さ」
奥を覗き込むと、そこには木があった。
木だ。屋根より高く超えてそびえ立つ、立派な大木が青々と葉を茂らせて街の中心に存在していた。
エマは驚いて目を丸くする。
まるで教会が木に食べられているようだ。
蔦や幹が絡み、屋根や壁は隙間から僅かに見える程度。外がこれなら、中はもっと酷いだろう。
「僕たちは聖木の力でたくさんの幸福を貰っているけど、本来聖木はみんなの為にある。でも聖木を切っておっそわけなんて罰当たりなマネはできないから、この花に聖木の魔力を込めて旅人にも幸せを分けてあげることにしたんだ」
聖木の加護を花に移すなど聞いたことがない。
観光客用のパフォーマンスの一貫なのだろう。
素敵なことね、とエマは笑いかけた。
観光地もいろいろと大変だ。
「素敵な試みね」
「そう言って貰えると嬉しいよ。そろそろお腹が空いてきた頃だろう?お店を紹介するから着いてきて」
コンコでは魚料理が有名だという。
森を抜けた先に大きな川があり、そこで季節ごとに魚が多く獲れるのだという。観光客用に羊も扱っているので羊のパイやシチューが食べられるが、魚料理の方が人気らしい。
紹介されたお店で食べ比べて見ると、確かに魚料理の方が美味しかった。今朝獲ってきたというだけあり鮮度が違う。
10人前ほどをぺろりと平らげると、驚く村人を他所にエマはシオンを宿泊所に案内した。
「部屋をふた「ひとつ」」
「いや、ふた「ひとつ」」
「………お部屋をおひとつですね!」
強引に相部屋にされたが、無事に宿を取ることが出来た。花を備え付けの花瓶に刺すと、ふぃーとエマが椅子に伸びる。
「田舎だったぁー」
「そうだな」
「なんだか懐かしくなっちゃう」
「まだ3日だぞ」
「それでもよ」
まだ3日、されど3日。
この数日間は濃厚すぎて、長い年月を放浪していたような感覚に思えた。まだたった3日しか経っていないはずなのに。
ゆっくりと蝕まれて行く感覚が懐かしい。
「至れり尽くせりだったね」
「ああ」
「外れたかな?」
「ここに来た理由か?」
「そうだけど、あれ?わたし言ったっけ?」
行き先は答えたが、焦っていたからその理由まで説明したか覚えがない。
尋ねれば案の定、否定が返ってくる。
「だが、予想はつく。夢見であろう」
「あ、分かった?」
「ああ、教会の位置もそれで知ったのだろう?」
「うん」
夢見とは悪夢の一種だ。
巷では神のお告げ、千里眼、予知夢などともてはやされているが、実態はそんな便利なものではない。
まず、任意で使えない。自分どころか、誰かの過去も未来も現在も任意で見ることは出来ない。
誰かの現在を強制的に見せられるのだ。
神様にとって不都合な現実を回避させるために。
R18、グロ注意、ゲロ注意、四肢切断、NR、BLえとせとら。事前の閲覧注意も年齢制限もなにも無い。キャンセル、ブラウザーバックなんて無理。回避不可能な最悪能力だ。
それがすべて神様の都合で行われる。
夢の原因が排除されるか、環境が改善しない限り永遠と。なんどでも。
まさに俺の夢はおわらねぇ。拷問だ。拷問。
幼女になって、ようやく解放されたと思ったのに。
現実ってやつは、美少女にも厳しい。
せひとも誤作動、もしくはただの夢であって欲しい。
「白狐がさ、虐められてるらしいのよ」
「ほう」
「そんなふうに見えた?」
「今のところは」
だよねぇー、とエマ。
「魔力だって上手く使えないし、勘違いかな?勘違いだよな?勘違いだって、うん、そう言ってください」
「ははは!そう決めつけるでない」
「そこは肯定して好感度を上げるところだよ」
「上がるのか?」
「下がりますね」
確信もないのに無責任なこと言わないで!
乙女ゲームなら一発で好感度が下がる台詞だ。プレイヤーからの。だがエマとしては、言って欲しかった。勘違いで流してしまいたい。夢見とかやだ。新しい技を覚える時に、真っ先に忘れさせてくれ。
「勘違いなら最高なんだけど、万が一があるじゃない?また夢に見るのは嫌だし、見捨てるのも後味悪いし」
「うむ」
「それにさ、完全に否定できないんだよね」
怪しいじゃん、この村。
エマが言った。
「跡とかさ、あっちこっちにあるし」
「そうなのか?」
「うん、シオンは闇属性だからわかりづらいか」
跡、魔力の残香。
それはこの村のあらゆる所にあった。
時間の影響か、花の匂いのせいか、それらは薄いが確かにあった。同属性のエマはどうにか感じ取れていたが、本当に薄くて辿ることは出来なかった。
隠れているのか、隠されているのか。
白い子、狐の子ども。夢の住人はいったいどこに。
「やっぱり夜も探した方がいいかな」
寝るの怖いし。
エマは、幼女のDVシーンをで興奮するような特殊性癖持ちではない。耐性はあっても気分は最悪だ。本当に夢見の力が戻ってきたのなら、早期解決が望ましい。
ヨッと、椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、わたし出かけてくるね」
シオンに一声かける。
昼間に行けなかった場所にも足を運ぶとしよう。
「どこへ?」
「うーん、ちょっと夜の散歩に」
「同行しよう」
「えー、いいよ。ひとりの方が動きやすいし」
お菓子をポケットに、ローブを羽織って扉に向かう。
シオンの隣を通り過ぎようとして、コラッとおでこを指で突かれた。痛い!
「なにするの!」
「遅くにひとりで出歩こうとするな。世の男は余のような紳士ばかりではないのだぞ」
「紳士...?」
「ええい、初めて聴きましたみたいな顔をするでない」
「シオンが紳士だった時あった?」
「今だな」
「どのへんが??」
「ほぉ、知りたいか」
低めのテノールが色を付け、瞬きの間に腰に手が回る。小綺麗な顔が鼻先の前にある。赤い瞳から目が離せない。
「しおっー!?」
指先に指が絡む。振り解こうとするが腕は動かず、足で脇腹を叩いたが離れる気配はない。
シオンの指が、指の腹を撫でるように上がっていく。
第一、第二、第三と関節と順に指が這う。手の皺まで確かめるようにゆっくりと執拗に。
「んっ...」
擽ったさに身を捩ると、笑い声が耳をくすぐった。
シオンの綺麗な長い指が袖の中へと滑り込んでいく。太い血管を伝って、上へ。
なぞるように隙間から侵入していった。
耳にかかる吐息に熱がこもる。
ぷちり。ボタンが外された。
ぷちり、またひとつ。
晒された手首に指が滑る。指はもう見えない。
吐いた息が熱い。
欲に濡れた赤から目が離せない。
「しお、くすぐった」
「聖女」
「わ、悪ふざけは止めてってーーヒッ!?」
静止の言葉が甘い悲鳴に変わる。
顔が熱い。きっと顔は熟れたトマトより紅だろう。普段とは違う高い声が死にそうなほど恥ずかしかった。ぐるぐると目がまわる。
手首を撫でる、それだけの行為がエマには恐ろしく思えた。不快ではない。触れる体温はむしろ心地が良いのに、性を意識させる触れ方が雰囲気が怖かった。
分からせようとしている。
頭では理解しているのに、子どもの心は融通が利かず感情が付いていかない。
ちぐはぐな感情と思考で頭はぐちゃぐちゃだ。
目尻に涙が溜まっていく。
「し、しおん、こわい」
「…………」
「やだ」
「………………………はぁ」
ぽろり、と一粒落ちた涙をシオンが拭う。
ため息を着いた。深い、深いものだった。
指を止め、しゃくりあげるエマを優しく包み込む。
首筋に顔を埋めて、深く息を吸って理性を掻き集めていたことをエマは知らない。
「すまない。きみにはまだ早かったな」
背中を摩られる。
先程までとは違う、子どもを慈しむような柔らかな手付きだ。鼻を啜る。安心からか、溜まっていた目尻から涙が溢れてシオンの肩を濡らした。
「ゔぅゔゔ...」
「痛っ、イタタタ、コラッ噛むでない」
意趣返しにシオンの首を噛む。
止まらない涙はそのままに、ポカポカと背中を殴った。手に上手く力が入らなくて、それが悔しくて唸りながらも殴り続けた。
ままならない現実は今日も残酷だ。
「これで理解しただろう。余は紳士であったと。変態趣味のクソ野郎は、きみが泣いても止めてはくれぬぞ?」
「...ヴッ」
「理解したのなら良い」
宥めるように後頭部が撫でられると、眠くなるのだから幼児の身体は単純だ。たくさんの不満と不平を煮詰めた感情はあるのに、吐き出す力は瞼の重み耐え切れない。
くそっ、くそくそっ。
せめてもの抵抗にコートを握って皺を付けてやった。
「泣いて疲れたろう。眠るといい」
「...んん“」
「探索は明日にしよう。外は真っ暗で歩いたところで探人は見つからぬ」
膝裏に手を差し入れ身体が抱き上げられる。争うことなくエマは身体を預けた。
「きみが望むならば何処へでも共をしよう。だからひとりで行くな。海でも空でも例えーーー」
彼はなんと言ったのか。
それは今でも分からないが、きっと大したことではないのだろう。ゆらゆらと揺籠のような腕の中で、エマは微睡に意識が溶けていった。
「今度こそ共に、のう聖女よ」
額に唇が触れる。
満足そうに彼女は微笑んでいた。
最後までありがとうございます!
また次回も遊びに来て下さいね!