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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
15/117

13、村の状況は

難しい話の説明って難しいですよね。



「はぁ、はぁ...っ……はぁ」


腰掛けたベッドからシーツが落ちる。

熱が籠っているのか、身体が怠い。熱を逃そうと息を吐いたが、熱源が真後ろに陣取っているからか意味はあまり無かった。

足が汗ばんで気持ちが悪い。


「...んっ」


靴を脱ぎたくて身動ぐと、それを許さないと前に回った腕の力が増す。

カツカツと踵を鳴らすと、心得たとばかりに魔法で靴を脱がされた。外気がタイツ越しに当たって気持ちがいい。

ふぅっと息を吐いて力を抜く。

背もたれに身体を預ける。

腰掛けたベッドがふたり分の体重に軋む。まるで己の悲鳴の様だ。エマは虚ろな瞳でそう思った。


「落ち着いたか?」


背もたれ、シオンがエマの髪を耳にかける。

未だ敏感な肌には、頬を掠める感触すら擽ったく感じた。


「んっ...微みょ……アァアー!?うそ、うそうそ!うぅぅそ!すごい、すっごい落ち着いたから、なんか脈とか落ち着き過ぎて鼓動とか感じないくらいになったから!だから、だからその手を下ろして!」

「そうか」


思わず漏れた本音にシオンが右手を挙げると、エマは弾かれたように悲鳴をあげた。

会話の合間に“やだ“と泣きが混ざる。

数刻前まで人間の尊厳を守るために、ロープを購入しようとしていた女はどこへ行ったのか。今や見る影もない。

どうして、こうなったんだ。

目尻に涙を溜めてエマは、先ほどまでの出来事を思い出していた。




『回想開始』


「ロープ、ねぇロープ買った方がいい?」


ロープ買った方が良い?ロープ買った方がいい?ロープ買った方がロープ買ったロープかったロープロープロロロロ...。


人間としての尊厳を失った(疑惑)エマは、ロープ買った方が良い?botと化していた。

困惑し押し黙ったカラスを他所に、シオンに詰め寄りねえねえと繰り返す。

おそらく正気ではなかった。

だがもっと悲しいことに、それを鎮静化したシオンは常から正常ではなかった。

エマは記憶に残すことすら憚られる恥ずかしい方法で鎮静化され、そして現在に至る。


『回想終了』




あれをもう一度、など考えただけで顔から火が出そうだ。羞恥心をお母さんのお腹に忘れて来たのか、と内心で憤慨する。


「では、情報の共有を続けよう」

「え、このまま?」


リクライニングチェアの膝を叩く。だが時間が無い、と会話は強行されてしまう。

お願い解放して。

エマの感情は置いてけぼりに、シオンは彼女が眠っている間の街の様子を語った。


「きみも気付いているだろうが、街の結界はデザートクラブの襲撃によって完全に破壊された」

「えっ」


なにそれ、初耳。


「今後の襲撃は無いだろうが、連中は怯えていてな。バリーケード作りに日夜奔走しておる」

「全壊したの?」

「ん?気付いていなかったのか?」


気付いてなかったですね。

デブリンには聖木を中心に魔物除けの結界が張られている。並大抵の事では破壊されないが、最近は劣化が激しく綻びが出ていた。今回のデザートクラブの襲撃がトドメになり、ついに穴が空いた。

とはいえ、結界はそう簡単に全壊しない。

あれは聖女(仮)の魔力を吸って自己再生する生きた結界だ。穴が1つ2つ空いた程度なら半日もすれば修復を終えている。

それが何故。


「自動修復は?ついに聖女(仮)が暴動でも起こしたのなら、理解できるけど」

「残念ながら」

「あら、そう」


楽しげ声色が萎む。残念ねぇ、とつまらなそうにエマが呟いた。

まだ家畜から抜け出せないのね。


「それならどうして全壊なんてしたの?壊しても壊れないのに」

「何事にも限界はあるということだ」

「限界って……300年前から稼働してるけど、魔力供給源は3桁もいる。1つ2つ程度の綻びで全壊なんてしないわよ」

「1つの街にか?」

「それは、」


エマが言い淀む。

現在、聖女(仮)の人数は3桁。

力のある者は、教会に滞在し結界の維持に従事している。数は1教会辺りに10人程度。加えて、世界中を回る聖女(仮)が教会に魔力を注ぎにやってくるので、修復が間に合わないとは考えづらい。 


「それは違うけど、でも十二分とはいかなくても修復を賄える人数は滞在してる。今まではそれで足りて」

「そこだ」

「え?」

「結界が設置されてから何年だ」

「300年だけど」

「ではあれは300歳ということだ。随分と老いたとは思わぬか?」

「うん、まぁ」


人間と比べれば確かに老いた。すでに白骨化して、2度目の人生も終盤に差し掛かっているような年齢だ。

結界も同じだと言いたいのだろうか。

老いた身体に鞭打って稼働していたが、限界が来て全壊したと。

そんな馬鹿な、と眉を顰めて見せた。

シオンが続ける。


「生物は老いて燃費が良くなる。食事は減り移動距離が縮み、ゆっくりと死に向かう。だが結界は無機物だ。生きているとはいえ生物より機械に近い」

「...つまり?」

「機械は劣化すると燃費が悪くなる。消耗した部品での稼働により下がった作業効率を補おうと、倍以上の燃料を消費する」

「……疲れた身体に倍のエナドリ入れて作業してる……って、こと……?」

「うん?うん、まぁ、そうだな。あれを飲み過ぎると、どうなる?」

「死ぬ」

「その前だ」

「えっと、寝れなくて、作業効率が落ちていく?」

「そうだ。傷の修復のために魔力が欲しい。だがエナジードリンクで誤魔化してきたボロボロの身体では、穴を塞ぎ結界を維持するには倍の労力を使う」

「……あっ!だから結界に回す元気……魔力が足りなくて結界の維持を保てなくなった」

「正解」


盲点だった。

まさか結界が劣化していたなんて。

疲れきた身体に鞭打って活動させていたばかりに、結界の維持すらままならなくなっていたとは。

ただでさえ細いパイプから魔力を絞り取っているのが現状だ。優先的に穴を塞ごうとし、結界を保つことが出来なくなり全壊した。

なるほど、それなら納得だ。

でもあれ?それなら聖女は?


「でも待って、それなら先に聖女が」

「そんなことにも気付けないとは、やはりマヌケ!あんぽんたん!カァカァ」

「喧しいぞ」


口にしようとした疑問がカラスに遮られ、エマはビクリと肩を揺らした。

先程まで置物みたいに静かだったくせに、急に甲高い声を出すんじゃない。

喧しいカラスの嘴を摘んでやった。


「さて、必要なことは伝えた。急かす様で悪いが、エマには今後の方針を決めてもらいたい」

「方針?」


そんなの決まっている。帰宅だ。

母に頼まれていたお使いは終わり、腹も満たされた。厄介な役人もこの数日に巣穴へと帰ったはずだ。あとは帰るだけ。

分かりきった質問にエマは首を傾げた。


「帰宅コース一択だけど」

「アホッアホッ」

「アホウドリに転職なら応援するわよ」

「カァ!アホは貴様だ。外をよく見ろ!」

「外?」


窓から外を覗き込むと、走り回る街人に甲冑が紛れているのが見えた。

兵士だ。

この街には自警団はあれど兵士、ましてや甲冑なんて高価な物を着た兵士などいない。


「は?国の、なんで?!」


デブリンの周辺で、兵士を在中させているのは王都だけだ。

バリケード設置のための応援に駆け付けた?

いや、それにしては数が多い。

結界破壊の原因究明のために、調査団が派遣されていると考えた方が自然か。


「調査に来てる?それなら結界の周りにいないとおかしいか。こんな所をウロウロしてるはずないし...」

「調査であっているぞ」

「え、ならなんでこんな所に?サボり?」

「いやぁ、珍しく職務を全うしておるぞ」

「じゃあ、なんでこんな所にいるのよ」

「犯人を探しているのだ」

「デザートクラブを?そんなの全部食べちゃったに決まってるじゃない」


デザートクラブを討伐したのは2日前。

エマ含めた街人たちが美味しく平らげた後だ。殻くらいしか回収できない。


「分からぬか」

「王様に献上したいみたいな?」

「キミはとんと悪意に目が向きにくいな」


大きな手がエマの頭を撫でる。

色の無い柔らかな感触に目を細める。

クスリと笑うと、エマの髪を一房取って口付けた。


「疑っておるのだ、人為的だとな」

「はぁ?」

「今回の騒動は全て人為的なモノ。魔者の奇襲、結界の破壊はすべて仕組まれたものであった。というのが、国の見立てだ」

「なんでそうなる?馬鹿なの?」

「最近、奇妙な魔力騒動が続いていてな。なんでもイーナカ村で爆発騒ぎがあったとか」

「イーナカ村で爆弾さわ、ぎ...」


あった。すごーく身に覚えがある。元凶にも覚えがある。なんなら犯人はすぐ後ろにいる。


「その数日後に、魔者の襲来に結界の破壊。しかもデブリンには腕利きの魔法使いがいるというではないか。繋がりがあると思うのは当然だなぁ」

「つなが、りが………あっ、」


エマの顔が真っ青に染まる。

イーナカ村のポータルに登録されている街はデブリンのみ。当然、首謀者はそこに潜伏していると考える。そこにきて魔物の討伐。大多数が同一人物だと噂するだろう。

いや、でもとエマは自分を鼓舞する。


「でも、でもでも、顔とかバレてないし」

「イーナカ村の時点ではな。だがデブリンではどうだ」

「やだなぁ、顔とか覚えてないでしょ」

「街を救った英雄をか?あり得ぬ。仮にそうであったとしても、街の連中は嬉々として話すだろうな」


『街を救ったのは金髪の少女』だと。

無理やりに浮かべた笑顔が痛々しい。だらだらと全身から汗が吹き出る。忘れていた。

己は今、幼い少女だ。


「金髪の愛らしい少女、大漢食、魔法使い、魔者も討伐できる身体能力...特徴としては十分すぎるくらいだ」

「………」

「幼いというのは、それだけで目を引く。庇護の対象であるからな」

「………………」

「これでもまだ足りぬと?」


役満だよ!ちくしょう!

泣いた。エマは笑顔で泣いた。涙で海ができそうなほど泣いた。

おお、可哀想に。シオンがエマの頭を撫でる。追い詰めた本人のくせに白々しい。


「ヴッ、グス………ずずっ」

「国は保身に必死だからなぁ...疑わしきは罰したいだろうな」


王都にも結界がある。

もし結界の破壊を目的としているのなら野放しにすることで、王都にも危険が及ぶかもしれない。疑わしきは罰する。シオンの言うとおりだ。彼らは調査する気がない。

自分たちの身が可愛い彼らは、容疑者を次々と罰して行くだろう。例えそれが冤罪であっても関係がない。結界の破壊が止むまで、殺し続ける。過去、そうであったように。


「どうする」


どうするもこうするもない。

選択肢など一つしかないではないか。

深く、それは深く息を吐いた。

押し寄せる兵士。口実を得たシオンの暴挙。壁一面に貼られた指名手配書。そこに映る己の顔。最悪の未来予想図がトップスピードで頭を走り抜けていく。

でも、それでも。


「む“ら“に“も“と“る“ぅ“」

「ポータルも監視されておるぞ」

「ヴ“ヴ“ヴ“ヴ“ッ“」

「唸るな唸るな」


涙で濡れた瞳でシオンを睨み付ける。

シオンは愉快そうにこちらを見ていた。

ペしょぺしょと涙を流す。


「わたしの、しあわせじこりゅうライフが....こんな、こ“ん“な“早く崩れてグズッ」


一時避難だと甘く見ていた。

シオン(こいつ)に関わった時点で、ハピハピ幸せ人生設計は瓦解が決まっていたのだ。


「手心なんて加えないで2度と這い上がって来れないほど、深く埋めてやればよかったぁ」

「おー、よしよし」

「つちにかえれよぉお...」

「偕老同穴か。100年後にな」

「ふぅふじゃなぁい」


会話の通じないアンポンタンと、今世でも一緒なんて嫌だ。

エマは初めて幼女の身を恨んだ。

エマはまだ子どもだ。可愛い可愛いされて、親の庇護下でぬくぬくと育つべき幼子。将来を約束されたパーフェクト女児とはいえ、年齢が足りないから働き口も無い。それどころか、ひとりでは満足に行動できない。保護者がいなければ、愛情深い人々に保護されお家に強制送還されてしまう。

そうなれば、断頭台行きだ。

度し難い。なんとも度し難い。断固阻止せねばならぬが、それには大人が必要だった。

ぐぬぬ、とエマが唸る。


「...行きたい所は」

「エマの行きたい所だな」

「特別には無いのね。はいはい」


せいぜいコキ使ってやる。

エマは決意すると、涙を拭った。

こうなったらヤケクソだ。ずっと気になっていた白い狐の所に行ってやる。


「コンコに行きたい」

「ああ、行こう。何処へなりとも」


キミが望むのなら。

手の甲にそっと口をつけられる。

イラっとしてその手は叩き落とすが、呻いたのはカラスだけだった。お前は頬を染めるな。


「その前に、ご飯」


腹が空いてはなんとやら、と呟いたエマの前にお粥が差し出される。お前のそういうところが怖いのよ、とエマは思った。

腹時計を完全に把握すな。



エマちゃんは、くすぐられただけです。


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