表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
14/117

12、夢遊病


「きみは2日間、昏睡状態であった」


2日、2日といったか。

デザートクラブが出現したのは昼頃だから、正確には2日と半日己は眠っていたのか。

エマは愕然とした。


「そんな、そんなのって」


両手でまろい顔を覆って視界を遮る。

そんなことをしても現実は現実のままで、夢だと覚めたりしない。冗談という言葉が頭をよぎるが、彼はそんなタチの悪い冗談を言うような性質ではない。


「.......ねた。損ねたのよ」

「落ち着け」

「落ち着いていられるわけないでしょ!だって、こんな.....わたし耐えられない」

「エマ」


ぐっと唇を噛む。悲しみを吐き出すように吠えた。血を吐くような思いだった。瞳は涙で滲む。これは現実だ。時間にして60時間。エマは眠り続け、そしてーーー


「8食分食べ損ねたなんて耐えられなぁいぃ!」

「そっちカァア!!」


ーーー八つ時を含めると12食を食べ損ねた。


嘆きを吹き飛ばすような鋭いツッコミが入る。聴き馴染みのない甲高い声だ。

嘆き悲しむ美少女に共感できないたぁふてえ野郎だ。

不届者の面を拝んでやる……とエマが顔を上げると、カラスと目が合った。水差しの隣にちょこんと止まり、こちらをくるくるとした愛らしい瞳で見ていた。

可愛い顔してるじゃねぇか。

荒んだ心が和らぐ。だが、それも一瞬のことだった。


「そっちってなによ。重要なことでしょう」

「さほど重要ではないわ!カア!」

「うぅるっさ!」


あまりの喧しさにエマは耳を抑える。

絶対に100dvある、と涙目でキッと彼を睨みつけた。

喧しいと嘴をシオンに摘まれている姿はカラスそのものだが、こいつは魔物だ。

近い間柄なのだろう、手付きは柔らかい。

伝書鳩代わりに呼んだのだろうか。 


「はぁ.....魔王様、本当にこのへちゃむくれが今代の聖女なのですか?鴉にはそうは思えませぬ」

「一万年に1人の美少女捕まえて、へちゃむくれとはなによ」

「頭も小鼠のようで.....」

「カラスに言われたくない」

「神の御使とさえ言われる鴉を軽視するとは、知能が低い証拠ですな」

「あなた魔王側でしょ」

「崇める言葉であれば問題ありません」

「うわぁ、見境がない」

「なんとでもおっしゃい」


な、生意気〜!

これは一度、上下関係をはっきりさせねばならない。エマはふんすと鼻を鳴らした。人間様の恐ろしさを分からせてやる、とカラスに手を伸ばす。

くすぐり地獄に落としてやる。せいぜい泣き叫ぶがいい。

聖女とは思えない邪悪な表情を浮かべ、カラスに手を伸ばすが、それは叶わなかった。


「な、なによ」


返事はない。

赤い瞳がこちらを見ていた。

シオンだ。彼がエマの手首を掴んでいた。


「な、なに、怒ってるの?」

「怒ってはいない」


怒っている、わけではないらしい。

説教コース1時間かと身構えたエマが肩の力を抜く。

てっきり小動物を辱めようとした悪魔的な発想に、怒りを露わにしたと思ったのに。そうではないらしい。

ではなんだと瞳を覗くが、ゆらゆらと揺れていて感情を読み取ることが難しい。

庇護と沈痛とあとやっぱり憤怒。相反する感情が渦巻いているように見えた。

やっぱりちょっと怒ってるじゃん。


「じゃあ、離して」

「身体は痛むか?」

「別に普通だけど」

「怠さはあるか?腹はどうだ」

「お腹は、空いてるけど.....」

「.......そうか」


妙な聞き方だ。


「どこまで記憶がある」

「どこって」

「大雑把でよい」

「デザートクラブを倒した所まで、だけど……」

「その後は?」

「あと?」

「デザートクラブを殲滅した後だ。魔力不足で気絶したところは覚えていないのか?」

「魔力不足?あれだけで?」

「ああ」


あちゃぁ、とエマは口元を押さえた。

今世でのまともな戦闘経験は無い。以前のように動けるとたかを括って、幼子の身体だというのに無茶をしすぎたようだ。反省。


「あげすぎちゃったのか」


もにもにと唇を揉む。

魔力には行使するのに適した量と言うものがある。

日常的な初級魔法は小匙スプーン1杯くらいの魔力、中級になると大匙スプーン1杯……と、強力な魔法になればなるほど、消費される魔力量は増えていく。

それに加えて“注ぎ過ぎ“というものがある。

スプーンに勢いよく水を注ぐと跳ねて溢れる。魔力も同じだ。注ぎ過ぎれば、必要な量を溜めるまで倍以上の量が必要になり魔力不足に陥る。初心者がよく経験する失敗だ。

魔法を使う機会の減った今世のエマも、加減を間違ってしまったらしい。反省。


「でもそんなに使ったかな?ウォーターランスなんて小指の先ぐらいしか魔力使わな.....なに?」


頭上に影が指す。

上げた視線の先にはシオンがいた。まだ瞳の色は変わっていない。相変わらず複雑な感情を浮かべてエマを見ていた。


「なによ。不満?」

「そうだな」

「すぐに慣れるわよ」

「魔力の話ではない」

「じゃあなによ」


はくっと薄い唇が開いて閉じる。シーツを掴む手に力が入っているのか、擦れるような音を耳が拾った。

シオンが焦ったような表情を浮かべる。いつもと違う雰囲気に、緊張からか喉が鳴った。

己が眠っている間になにか起こったのだろうか。

彼の言葉を待った。


「......いや、よい。元気ならばそれで」


言葉にする前にシオンは首を振った。

含むような言い方にエマが焦れる。


「ちゃんと言ってよ。気になるじゃん」

「良い。良いのだ、生きているならそれで」

「含むような言い方しないで、言いなさいよ」

「………よいのか?本当に」

「い、良いわよ。隠されてた方が気持ち悪いもの」


そうか、とシオンが呟いた。

ならば正直に白状しよう、と伏せていた目を上げた。


「きみはな」

「うん」

「夢遊病が酷かった」

「うん、うん?」

「夜な夜な腹が空いたと部屋を徘徊し、冷蔵庫に入っていたゼリーを眠りながら啜っていた」

「は?」

「カラス用のとうもろこしを平らげ、肉と間違えて余の腕を美味しそうに噛んだこともあった」

「ちょ、ちょっと?!」

「大変刺激的ではまりそうな時間であったが、あまりの暴挙っぷりに周りが根を上げてしまってな。言うか迷っておったのだ。うん」

「やめっ」

「うっかり新しい扉を開きかけたが、意識の無いきみに無体を敷くのは余的にアウトでな。新鮮で愛らしい姿のみを堪能させてもらった」

「――――(絶句)」


寝起きにしてはお腹が空いていないと思ったが、まさか眠っている間に食べていたとは。しかも、足りなくてカラスの餌にまで手を出すなんて。エマは顔を手で覆った。ショックで泣きそうだった。女将さんに合わせる顔がない。


「冗談はさておき」

「なんだ冗談か」

「半分だけな」

「まって、どこ、半分ってどこ」


そこ重要だから、とシオンに詰め寄るがいなされる。

場所によっては人間としての尊厳が既に失われているから、迅速に答えて欲しい。最悪、首を吊らなければならない。

ねぇねえ、と詰め寄るシオンは笑顔だ。腹を叩きながら「ロープ?ロープ必要?」と詰め寄っているのに、頭を撫でられ質問には応えてくれなかった。

半分嘘が冗談なのか。頭をよぎる最悪の考察に、エマは露店でロープを買おうと固く固く決意した。




読んでくださりありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ