11、夢と現実
夢を見た。
白い小狐の夢。
ただの白狐ではない。獣人の女の子の夢。
「さっさと歩け!」
「奴隷の分際で居眠とかあり得ない」
「早く外に出ろよ!今日もお前のせいで魔物が寄って来てんだ。退治して来い!」
背中に衝撃。軽い身体は簡単に宙を舞って、地面に倒れる。それを鈍臭いと笑う声、声、声。
よろよろと立ち上がる白狐を助ける者はいない。飛んできたのは足と唾。転がった泥だらけの身体を汚いと罵って、男が唾を吐きかけた。
白狐はなにも言わない。
ソレラが立ち去るのを今度は横になって見送った。そしてまた立ち上がる。
「ーーーーーー」
声にすらならぬ声で詠唱をし、雪のような短剣を生み出すと森へと進む。剥き出しの肌が枝や葉で擦れて血が滲むが、痛がる様子は無い。魔物へと無心で歩いて歩いて、目に入った猪の魔物に鋭い刀身を突き立てた。
「ーーーたーーーけーて」
夢はそこで途切れた。
ゆるりと瞼が震えた。長いまつ毛が持ち上がって、まだ深い色のサファイアが顔を出す。
見慣れぬ天井だ。
シーツの感触に己が眠っていたことを理解する。
どうして寝ているのだろうか。
「お腹が空いてて……デザートクラブを狩ってて…………それで、それで……?」
それで、それからどうしたんだったか。
こくりと唾を飲み込む。果実に似た味がした。これはデザートクラブの味だ。
「狩ってから食べた、のかな?」
食べたのだろう、記憶は無いが。
「倒して、それで、最後はどうしたっけ?シオンが来て...なんか言われて……うーん?」
記憶は曖昧だ。
頭を打った覚えは無いが、デザートクラブを狩り終わった後の記憶に穴がある。だが口内に残る甘みがデザートクラブを食したことを物語っていた。
いったい何時食べたのか。
フライパン片手に立ち回っていたシオンなら、詳しい状況を知っているだろう。
きょろりと視線を彷徨わせる。
姿は無かった。
珍しい、と身体を起こす。
「ーーーー?」
妙に身体が軽い。ぐるぐると腕を回す。
辺りはまだ明るいから、昼寝をして2時間といったところだろう。そう時間は経っていないはずなのに、疲労がスッと抜けていた。
昼寝って身体に良いんだ。
背中を伸ばしながらエマは思う。
お腹の調子も良い。
常ならばお腹と背中がくっ付きそうなほどの空腹が襲って来るのに、摩った腹は満たされたままだ。
「今度からお昼寝しよう」
ふわっ…と欠伸をひとつ。
お昼寝にしては長過ぎた気もするが、ヒトによりけりということだろう。
上体を後ろに逸らす。まだ眠い。目がしょぼしょぼとするが、水を飲めば視界もはっきりするだろう。
エマはベッドから降りると、ドアノブに手を掛けた。
扉は開かれた。内側に。
ガンッ。
「ーーイッッッッ!?」
「あっ」
鈍い音。思わぬ衝撃にエマはしゃがみ込んだ。
痛い。おでこが痛い。
「すまぬ、血は出ていないか?舐める」
「心配するふりして性癖晒すな」
扉の隙間から赤い瞳が覗いている。それを見る余裕は無いが、掛けられた言葉で扉の前にいるのがシオンだとエマは理解した。自重しろと呻く。
痛む額を抑えズリズリと扉から退くと、隙間からシオンが入ってきた。手にはお盆を抱えている。匂いからして粥だろう。
「痛い」
「すぐに冷やそう」
「ありがと....まってそのハンカチにすごーく見覚えがある」
懐から取り出されたのは淡い桃色のハンカチ。蝶々の模様が端にあしらわれたデザインの、エマ気に入りの一品によく似たそれ。小さなそれが魔法で凍る。
「安心せよ、ただの複製だ」
「なにも安心できない。え?なんの複製?」
「エマのハンカチだ」
「なんで???」
「新しいのは入れておいた」
「どうしよう、全然分からない」
「エマが寝ている間に同じ物を露店で購入し、エマのと新品を入れ替えておいた。これはその複製だ」
「普通に新しいハンカチ買うんじゃ駄目だった?」
「エマのが欲しいが、使用が目的ではない」
「あ、そう……」
ポケットから同じ柄のハンカチが2枚現れて、エマは顔を顰めた。
ミステリー。気絶している間にお気に入りのハンカチが、新品と入れ替わり複製まで作られていた。まってそれ本当にミステリー?ジャンルあってる??
額も痛いが頭も痛い。
複雑怪奇、彼の思考は一向に理解できない。
新品の方が良くないか?
「使用済みが良い」
「やだ、すごい鳥肌」
無駄に綺麗な笑顔でハンカチ(使用済み)に頬を寄せるシオンに、ぞわりと鳥肌がたった。
きもぉ....。
ハンカチを奪われるより嫌悪感が凄い。
魔法でほどよく凍らせたハンカチ(複製)を額に貼られながら、エマは両腕を摩った。
「体調はどうだ」
「(気分は)もの凄く悪いわ」
「身体的なものだ。怠さや痛みは?」
「.....ないけど」
「そうか」
あれ?っとエマは思った。
おふざけのない真面目なトーンの質疑は珍しい。ちらりと横目で見れば、お粥の他に薬のようなものまで用意されていた。
たかが数刻眠っただけで薬なんて、過保護すぎやしないだろうか。
「食べたら飲むのだぞ」
「お昼寝くらいで大袈裟じゃない?」
「大袈裟?」
「2時間くらいでしょ?それなのに薬なんて」
「2時間?なにを言っている」
「3時間だった?どっちにしても、ちょっと心配しすぎよ。久しぶりに暴れたから疲れただけで」
「2日だ」
「すぐに元気に.......え?」
「エマが倒れてから2日経っている」
「またまたそんな冗談.....じゃ、ないの?」
「ああ」
「きみは2日間、昏睡状態であった」
赤い真っ直ぐな瞳が、その言葉が真実だと物語っていた。
続きは明日更新します!
また遊びに来てくださいね!