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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
12/117

10、異変



「じゃあ次はデザートを」


食事があらかた片付いた頃だった。

甘い物に飢えたエマが店員を呼び止めた時に、それはやって来た。


カンカンカン、カンカンカン。


「魔物がでたぞおおお!」

「逃げろ!魔物だ!!」

「遠くに逃げろおおお!」


鐘を叩く音が街に響く。

魔物の襲来を知らせる警鐘だ。


「デザートクラブの大群だ!」

「逃げろ!かなりの数だぞ!」


デザートクラブは青いカニ型の魔物だ。サイズは中型犬くらいだが、一体ずつの攻撃力は低い。せいぜいHPが2削れるくらいで、街に張られた結界を突破できないはずだ。

エマは首を傾げた。

慌てすぎではないだろうか。

コーヒーに口を付ける。


「慌て過ぎじゃない?それともみんなすごーくお腹が空いてるのかしら?」

「………食べるのか?」

「珍味よ」

「あれを食べようと思うのはキミくらいならものだろう」

「人を悪食見たいに言わないで。中身のゼリーは絶品なんだから」

「ほう?」

「桃、林檎、蜜柑、洋梨の甘さを感じる贅沢な甘さ。鼻腔をくすぐる蜂蜜。飲み込んだはずなのに、お腹の中からまだ果実の旨味が香り立つ。一口食べれば病みつきになること間違いなし!な極上の一品よ」


ガンガンガンッ。

呑気な会話に衝突音が混じる。

結界にデザートクラブが衝突しているのだろう。恐怖に慄いた人々が、ふたりの横を悲鳴を上げて走っていく。高い建物に逃げ込めと声を張り上げるなかで、悠々とカップを傾ける少女たちの姿は異質に映った。恐怖が理不尽な怒りへと変化し、不謹慎な背中に怒鳴り散らそうと男が口を開いた瞬間だった。

ポテトサラダを口に含もうとしたエマが「あっ」と声を漏らした。

ガラスの割れるような音がした。


「結界が突破されたぞ!」

「逃げろ!」

「流れ込んでくるぞおおおお!」

「走れええええ!」


ガシャガシャと破片を踏み荒らし、デザートクラブの大群が街中に流れ込んできた。看板や屋台を破壊し、ただ前に向かって侵撃してくる。この速度なら数分も経たないうちにエマの元まで来るだろう。

最後の一口をポテトサラダを放り込んだ。

皿は空だ。だが、まだ満たされない。

エマは椅子から降りると、人々とは反対方向に足を向けた。


「行くのか?」

「うん。元聖女としては困ってる人々を見放すなんて、そんな薄情な真似できないもの」

「涎をしまえば完璧だったな」

「おっと」


涎を拭いて、唾を飲み込む。

満たされないのなら、満たすまで食べるしかない。お金はあまり無いが、幸いなことに野良の食料がこれからやってくるのだという。それを見逃すわけがない。

きらりと空色が輝く。

食いしん坊になって、と呆れるシオンに舌を出す。

食べられる時に食べてなにが悪い。この身体は燃費が鬼のように悪いのだ。こうでもしないと腹は満たされない。


「なにやってんだい!逃げな!」

「女将さん」


店から女将さんが旦那と転がり出てくる。いままでお客さんの避難を誘導していたらしい。その顔は砂で汚れていた。


「ぼさっとしてないで走るんだよ!死にたいのかい!」

「心配してくれるの?嬉しい。わたしは大丈夫だから、女将さんは先に逃げて」

「なに言って」

「来たぞ!!」


建物の影から姿を現したのはカニだ。中型犬程の大きさの青いカニ。1体、10体、いや100体はいるだろうか。それが波のように押し寄せて来ていた。


「水よ集え、剣となりて星の敵を打ち滅ぼす力を我に『水星の剣(アクア・グラディアス)』」


詠唱に合わせて大気中の水分がエマの手に集まっていく。反った幅の広い刃にエマの身長程もある長い柄、水の薙刀がエマの手に収まった。

感触を確かめるようにクルリと手の中で回す。使うのは久方ぶりだが、しっくりと手に馴染む。


「愛刀はどうした」

「あんなの使ったら出ちゃうでしょう!」


会話も早々にエマが走り出す。

素早い動きで一体に近づくが、いち早く気づいたデザートクラブのハサミがエマを襲う。それを長刀の柄で弾くと、手早く足元を払った。デザートクラブの身体が大きく後ろに傾く。

その隙を、エマは見逃さなかった。真上に跳躍する。


「なにがだ」

「おいしーところっ!」


小さな肢体をめいいっぱい逸らす。相手が防御姿勢を取る前に、エマが身体を丸めた。振りかぶられた薙刀が、勢いよくデザートクラブの脳天を直撃する。

カーン。

乾いた音が響く。一呼吸置いて、ぐらりと傾いた青い甲殻が地面に倒れた。


「次ッ!」


身体を低く保ち向かってくるカニの足を払う。浮いた青い身体に一撃。撃ち漏らしたカニの頭部に、シオンが打撃を加えていく。

ガン、ガン、ガン。

その手にあるのは酒瓶だ。落ちていた瓶でぶん殴っていた。

ヤンキーか?とエマは思った。だがシオンの行動は逃げ惑う人々に熱を与えた。

日常の道具でも魔物が倒せる。

その事実は湧き立つには十分過ぎた。

歓声が上がる。


「みんな武器を持て!」

「お、俺たちもやるぞ!」

「弱点は頭で良いんだよな?」

「え、う、うん」

「酒瓶なら大量にあるぞ!兄ちゃん!」

「.......手伝ってくれるの?」

「おうとも!たらふくちゃんたちにばかり任せてられねぇや!」

「よく分からないけど、ありがとう。それじゃあ、じゃんじゃん狩るわよ!」

『おおおおおおおお』


ーーそれからはあっという間だった。

無双するエマ、酒瓶を両手に持ったシオンに続く人々。形勢は一気に逆転した。

ガンガンガンガンガンガンガンガン。

デザートクラブは瞬きの間に地に伏していった。


「こいつで、さいご!」


絶妙な力加減で脳天をぶっ叩いたエマの一撃で、最後の1匹が倒れた。転がる甲殻類、割れた酒瓶、肩で息をする人々。彼らはその光景に自分たちの勝利を確信した。

雄叫びが地面を揺らす。


「勝ったのか?」

「俺たちが、勝った……」

「やった……やったぞ!」

「街を守ったんだ!」

『…………うおおおおおおおおおおおおお!!』


悲鳴も嘆きも無い。あるのは歓声と勝利に泣く声だけ。街人たちは抱き合い、勝利に歓喜して笑い会う。

エマとシオンに謝意が飛び交う。次々に手を取られては、感謝と喜びを伝えられる。泣いて笑って忙しい。

口元が緩む。感謝を告げる彼らに笑いかける。こちらこそ、とお礼を言おうと口を開いて、すぐに閉じた。

きゅーくるるるるる……。

エマが腹をさする。もっと聞いていたかったが、残念ながら時間切れのようだ。切なく鳴く腹の虫の声に従い、人波を抜けてデザートクラブの元へと向かう。

早く、早く食べなくては。


「ありがとう!ありがとう!」

「どういたしまして」


笑顔が引き攣る。握られた手を握り返す力が入らない。空腹が頭を満たしていく。向けられる笑顔が鬱陶しい。ああ、邪魔をしないで。


「ふたりのおかげで勇気を持てたよ!」

「ありがとう!」

「うん」


視界がぼやけてきた。まずい、早くなにか食べないと。ふらつく足で青へと足を進める。お腹がスイタ。あともう少しでデザートクラブに手が届く。オナカ、スイタ。あと少し、もう少し。


「ーーっエマ!」


肩に衝撃、足がもつれて身体が浮くような感覚。女将さんが斜めになって、伸ばした手が宙を掻いた。地面が近い。


「エマッ」

「……シオン?」


焦った声で名前を呼ばれた。

甘い匂い。慣れ親しんだ体温に、シオンに抱き締められているのだと理解する。肩をぶつけられて倒れかけたらしい。

息が詰まる。早く、早く早く。


「おねがい、早く」

「エマ」

「連れてって、じゃないと」

「分かった。どこへ行けばいい」

「わたしーーこんどはーーちゃうから」

「腹が減っておるのか。待っていろ」

「ん...?」


膝裏に腕が回る。シオンに抱え上げられたが、そこが限界だった。ぷつんと糸が切れるようにエマの意識は途切れた。


「...エマ?」


先程よりも重さの増した身体に気がつく。呼びかけに返事はない。デザートクラブの前に腰を下ろすと、膝の上にエマを乗せて顔を確認した。

ぼんやりとしていて、何処を見ているのか分からない。再び呼びかけるが、桜色の唇が吐き出したのは返答ではなかった。


「オナカスイタ」


エマの頬を両の手で包む。

頬、首、額順に熱を測って最後に瞳を覗き込む。


「顔を見せよ。熱は無いな。怠さはあるか?」

「......お腹が空いた。食べなくちゃ、食べるの、しなきゃだめなの」

「魔力不足か」


意識はおそらく無い。

最も魔力を消費する感情を落とすことで、省エネモードで活動し、その間に食事から魔力を補おうとしているのだろう。

デザートクラブの殻を足で蹴って開いた。中のゼリーを掬ってエマの口元に運んだ。


「エマ」


名前を呼べばエマは齧り付いた。小さな口をめいいっぱいに広げて、貪り食う。

まるで1週間ぶりに水を手に入れたようだ。

異常だ、シオンは思った。

燃費が悪いどころの話ではない。初級魔法を一回、それを手に走り回っただけでこの消費は致命的な欠陥だ。幼児、いや穴の空いた風船に近い。


「もっと、」

「ああ」


次のデザートクラブの頭部をこじ開ける。

再びゼリーを掬いあげ口元に運んだ。手首を強い力で掴まれ、エマの口元へと運ばれる。まるで逃がさない、と言われているようだ。

顔を突っ込むように、ゼリーに齧り付く。

人並外れた食欲の意味を理解し、シオンが深く息を吐いた。


「………今度は、なにをされた」


返事はない。

最愛のきみは、赤い瞳に僅かに影が差しても、ただ赤子のように魔物を貪るだけだった。



お読み下さりありがとうございます!

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