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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
114/117

10、ダイトッショカン国


「もっとスマートに」


「ただ地図だけをもらうわ」


「キリッ」


「キリッ」



ルーシーはキメ顔でそう言った。

真似るテオの鼻を摘まみ、キメ顔を見せ付けてくるルーシーに手刀を喰らわす。最初に声真似をしたシオンの腹には既に拳をプレゼント済みだが、美少女の拳のなんと軽いことか。ダメージは1も入らず、けらけらと彼らは笑う。



「案内なら僕がしてあげるのにアダッ!」  


「しつこい」



あれは牽制だ。

虫のように湧いてくる聖女への牽制。ボカスカと魔法を撃たないように、一瞬で恐怖を刻み付けるためのパフォーマンスの一貫だ。決してオークション会場が見えなかったわけではない。そう決っして。



「過激なくらいがいいのよ。世間知らずのお姫様もいたんだから」


「それは完全に同意だけど、ちょっと厨2臭かったというかね、うん」


「「ちゅうに」ってなによ」


「あーいや、あっはは」



同意するなら揶揄うんじゃない。

柔らかい頬を限界まで横に伸ばしてやる。

それにしても、彼女サラはなんでドーレイ国にいたのだろうか。それもひとりで。

転職、反抗期、離反、勇者全滅。

頭の中で様々な単語が浮かんでは消えていくが、どれも確信は得られない。

まあ、どうでもいいか。追い回されないのなら、それで。



「どうしたの?行くよ」


「あ、うん」



今のわたしには関係のないことだもの。

元気に手を振るルーシーを追いかけた。






************



「気持ちが悪い」


「え?自己紹介?」


「エマちゃん、それは不敬すぎる」



入場。1分も経たずにシオンが呟く。

条件反射で罵倒してしまったが、彼の顔を見てエマは口を噤む。常より白い顔がいまや青白く、まるで死人のような顔色だ。薄ら脂汗も浮いている。

VIP席のお高ぁい椅子に腰掛けた美丈夫あるまじき御尊顔だ。先ほどはあんなに優雅に入場したというのに、台無しだよと、エマはため息をついた。

エマたちの登場に会場は騒然とした。

美少女ふたりを連れた美丈夫。歩くだけで人波は開かれ、視線を争奪し、チケットスタッフを動揺と緊張て震わせた。

どこの貴族だ。いや、王族か。

そんな言葉すら声にならない。圧倒的な美を前に人間共はだらしなく口を開き茫然と立ち尽くす。レッドカーペットさながらに優雅に入場し、VIP席の扉を開けた。というのに。

いまやその美丈夫は椅子に深く腰掛け、エチケット袋片手に沈み込んでいた。

急にどうした。背中を撫でてやる。



「熱は、無いな。毒、いやわたしより耐性あるし、貧血?低血糖・・・どれも違うな」



額に手を当てるが冷たい。

網膜は健康的な赤。首に手を当て体内の状態を確認するが、毒の気配は感じ取れない。低血糖の心配もなさそうだ。未知のウイルスか。



「シオン平気?吐きそう?」


「胃がむかむかする」


「症状はそれだけ?他に変わった所は?」


「余の聖女が優しすぎる件について」


「そう、お腹に悪い虫がいるのね。一発殴って吐かせたら元気になるから歯を食いしばってちょうだい」



本気で心配してるのに冗談を交えるシオン。

こいつは世のために成敗した方がいい。

エマの中で正義感が急に目覚めて、魔王を討伐しようと拳に魔力が宿る。

こんな気持ち初めて。



「前世でも抱かなかったわ。こんな正義感」


「わー!?待って!待って!魔力酔い!魔力酔いだって!」



ここは聖女が沢山いるから酔っただけだ。

必死に説得するルーシーを鼻で笑う。

エマ(わたし)という強強光魔法のスペシャリスト。世界にひとりしかいない逸材。前世聖女様な完全完璧な光魔力の保有者が隣にいるのに、こんな羽虫の集まりみたいな量で酔うとかあり得ない。



「質が悪すぎて気持ちが悪い」


「声に出てた?」


「バリバリ出てたよ」


「へて⭐︎」



エマの魔力は一点物の高級ワイン。

他の魔力は悪質な偽物ワイン。

高級ワインに舌が慣れたシオンには、偽物ワインの匂いは悪臭として感じられるらしい。

酒で酔う感覚は分からないが、相当気分が悪いのだろう。ご愁傷様です。合掌。

 


「ルーシーは平気なのね」


「慣れてるからね」


「そんな爛れた生活してるの?」


「違うからね!?戦時中に拝借した人間の酒よりマシって話。まったくもう」


「1週間くらい寝込んだってやつ?」


「そうそれ!」


「消毒用アル」 


「シッ!」



まだ人間生活1年目のルーシーは、人間の蔵に忍び込み消毒用アルコールを誤飲した過去がある。本人の名誉のためと、酒の味を教えてしまった罪悪感からエマはこの事を長年黙っている。

舐めた時点で気がつかない悪食なルーシーにドン引きしたが、1年生なのだから仕方がない。誰にでもある失敗だ。うんうん。



「なんにしても病気じゃないならいいわ。吐きたいなら吐いてもいいけど、服には吐かないでね。せっかく可愛くしたんだから」


「ヴヴン」



くるりとターンを一回。

ふわりと黒いスカートが膨らんで、甘いミルクの匂いが香り立つ。装い新たに一向は礼服に

身を包んでいた。

『ドレスコードは必須!』ルーシーの鶴の一声により、エマたちは礼服を調達していた。

「そのために稼いでると言っても過言じゃない」

胸を張る彼女に甘えて代金はルーシー持ちだ。



「エマ。本当に綺麗だね」



白を基調とした愛らしいデザインの普段着とは真逆に、黒を身を纏うエマはどこか聖職者めいて見える。

シンプルな黒いドレスに胸元で結ばれたネクタイ。スカートこそパニエで膨らませているが、華美な装飾は一切ない。唯一、黒いベールに付けられた満月のピンのみ。聖女が身につける礼服とは対照的な色でありながら、近寄りがたい潔癖さを感じさせた。彼女本来の神聖性が際立った結果だといえよう。



「ああ、神々しぃぉオロロロ」


「鼻に入るから上向くな下見いてなさい」


「あっはっは」


「こうじゃなかったら、シオンだって格好良かったのに」


「ま?」



碧眼が歪む。可哀想な者を見るような視線の先には、黒いスーツに身を包むシオンの旋毛(つむじ)。彼の装いも黒だ。常、外装というベールに包まれた筋肉質な肢体が、惜しげもなく日の元に晒される。

全裸、ではない。むしろその逆。派手さを避け、一切の隙を許さない完璧な(デザイン)。だが身体の線に沿ったシャープなスーツ姿は、隠しきれない色気を感じさせる。

匂い立つ、とでもいうのか。

黒髪の奥から覗くルビーの瞳が彼の怪しい色香をさらに際立たせ、観覧に来ていたご婦人方の脳を焼いた。



「ここ2階席なのにご婦人方の倒れたんだけど。本当に顔上げるの止めて欲しい」


「エマもあんまり前出ないでね。もう半分くらいの人が崇め始めてるから」


「え?あれって挨拶じゃないの?」


「嘘だろ」



この世間知らず共め。

ルーシーが頭を抱える。

やっぱり僕がしっかりしないと。

対になっている衣装のせいで執事とお嬢様、巫女と王子、危ない恋とか下で噂してるの聞こえてないのかな。溜息が漏れる。

偵察のためとはいえ、連れてきたのは間違いだったかもしれない。とルーシーは思った。



「んっ」


「慰めてくれるの?ありがとう、テオちゃん」



分かるぞ、とばかりにテオが頷く。

元気出せよと肩を叩いてくれるが、オメェも大概だからなとルーシーは苦笑いを浮かべた。

レースを表面にあしらったスカート、御御足を包む黒いタイツ。足元こそ露出は無く禁欲的でありながら、彼女が纏うドレスはオフショルダー。肩だけが大きく露出していた。白く小さな肩が眩しいが、最も目を引くのは(それ)ではない。白髪の髪、丸い頭部に見える大きな狐の耳だ。聖女と奴隷の象徴を合わせ持つ、世界の(ごう)を背負った愛らしい少女。

庇護の対象でありながら、欲の捌け口とされたテオの存在は一部の大人の情緒をぐちゃぐちゃにするには十分過ぎた。

それが所有を意味する赤い首輪を身に付けているのだ。彼らはもう、(へき)の扉を閉じることは2度とできないだろう。

そんなルーシーの思考は露知らず。エマは申し訳なさそうに、眉を下げてルーシーを見る。



「本当にありがとうね。こんな高いの」


「ううん、いいんだよ。エマの可愛い姿が見れただけで僕は満足だよ」


「シオンもちゃんとお礼いいなよ」


「よきにはからえ」


「殿様かな?」



俯きながら青い顔で呟くシオン。その背中に魔王として威厳は無い。感謝もない。だって魔王だもの。えまお。

彼にとって献上品は空気だ。隣にあることが常で、そこに疑問は抱かない。魔王に対して忠義心と奴隷根性が熱い魔族がいけない。甘やかしやがって。



「テオちゃん、首輪取ったらダメだよ」


「やっ」


「商品と間違われちゃうよ」


「んんんっ」


「わたしたちはいいの?お面とか」


「仮面ね」



エマって時々お婆ちゃんみたいな言い回しするよね。ケラケラと笑うルーシーをお望み通り締め上げる。ぐえっと鳴いて二の腕をタップしながら、王都とは違うからー!と彼女は言う。



「奴隷市でしょう?」


「王都ではね。ドーレイ国のは一瞬のショーみたいな感じ」


「同じじゃない」


「実際に見るまでは僕もそう思っていた。でも、違うんだ。ドーレイ国でのオークションは売るんじゃなくて、売り込むんだよ」


「......売り込む?」


「まあ、見てなって。すぐに分かるよ」



アクアマリンの瞳がきらりと光る。

奴隷嫌いのルーシーがここまで言うなんて。

エマは揃いの瞳を瞬かせる。王都での奴隷市を潰して回った彼女、彼が人身売買を肯定するなんて。ドーレイ(ここ)でのショーは一味違うということか。それとも、会わぬ間に人間に染まったか。



「あ、でもエマは参加禁止。ぜぇったいに大人しくしてること!僕も魔王様もいるから問題ないと思うけど、万が一、億が一、それでも競売に賭けられそうになったらボッコボコにしてあげるからね」


「なんで?」


「ここは魔族が経営するオークションだ。顧客の大多数は人間だけど、魔族が絶対に来ないなんて言い切れないからさ」


「アリスちゃん以外にもいるの?」


「いるさ。専属執事のケイと護衛のラブ、どちらも上級魔族だ」


「上級魔族かぁ」



それならまぁ、と唇をつまむ。

エマの力は聖なる力。人間には無害の力だが、魔族にとっては天敵の力となる。シオンが悪酔いしているように、大なり小なり彼らの身体に悪影響を及ぼす。つまり、バレる。少量でも影響を及ぼすのだ。巨大な力なら尚更。

アンテナの鋭い下級魔族と違うが、エマの力はそんじょそこらの聖女力ではない。オークション会場は多数の聖女がいるので、誤魔化せると思うが魔法一発でも放てばアウトだ。



「特別な聖女なんて言われて競売にかけられちゃうんだから。気をつけてよね」


「確かにナウでヤングな1000年に1人の美少女だし」


「はいはい。美少女美少女」


「うがー!」


「ぎゃー!?」



微笑ましい(お婆ちゃん)を見るような目をしたので、丸い頭に齧り付く。当時の年齢と足してもまだ30歳。お婆ちゃんと呼ばれる筋合いはない。



「お飲み物をお持ちいたしました」


「おや、頼んだ覚えはないよ」


「具合が悪いとお聞きしましたので」



ウエイター姿の青年がカーテンを開けた。

スッと何事もなかったかのようにルーシーは着席していたし、頭部を丸齧りしていたエマもシオンの背中を撫でている。変わり身の速さにテオがパチパチと拍手した。



「ありがとう。少し人に酔ってしまったみたい」


「ではこちらを、気分がスッキリしますよ」


「あら、ミント水」



慈愛すら感じる憂いを帯びた眼差しで、エマはシオンにミント水を飲ませる。完璧すぎる擬態に、エマ自身も惚れ惚れした。

ウエイターすら魅力したのか、気の利くウエイターに会釈するも退室はしなかった。

どうした、我が魅力に震えて歩けぬか。



「まだなにかーー」


「飲んだな」


「ーーーえ?」


「ゴホッ.......ゴホ、ゴホッ!」


「シオン?」



正気に戻してやろうと声をかけた。だが返答は冷たい声で、途端にシオンが激しく咳込む。



「毒を仕込ませてもらった。死にたくなければ、白狐(そのこ)を置いて消えろ」


「毒だって?!解毒剤は、」


「解毒剤?あるわけないだろう。アリス様の膝元で未登録の聖女を連れ回すような輩に、高価な代物を用意するわけがない」



解毒剤の相場は銅貨1枚。

アルバイト1日分の金額で、決して高いものではない。つまりシオンが飲んだのは通常の毒ではなくて。



「病院にでもいけばいい。奴隷を買うほど金が余っているんだ。解毒剤を買うなんて朝飯前だろう」



嘲笑うウエイターにエマは













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