8、ダイトッショカン国8
獣人村から東に数十キロ。
王都を通り過ぎた東の端に彼の国はある。
ダイトッションカン国。革命を期に分断され、南をドーレイ国、北をダイトッションカン国に分かれた元独裁国家。革命を成し遂げ、良き君主に巡り会い、南は王都と並ぶほどに栄えたようだ。
そんな今話題のホットスポットにエマはいた。
獣人村から数十キロ離れた寄る予定のなかった国に、エマたちは立っていた。
シオンのせいである。
当然問い詰めた。
なぜ北への進路を東に変えたのか。
かの人は答えた。欲しいものがあると。
笑いながら、それはもう腹の立つ笑みを浮かべながら特段の説明も無く国公認の奴隷市がある国に、欲しいものがあると。
「それってば、完全に女では?」
もしかしてだけど、
もしかしてだけど。
もしかしなくてもだけど、
それってわたしに飽きたんじゃないの。
エマは歓喜した。
シオンをボコボコにしてから冷静になった脳が導き出した答えに、両腕を上げてコロンビアポーズをした。
男はみんなボンキュボンが好きだから(偏見)、エマのスレンダーボディに嫌気がさしたに違いない。
そうだ。そうに違いない。
殺したいほどに腹立たしいが、嬉しいことこのうえない。わたしという最高で最強で無敵の美少女を差し置いて、身体の張りしか取り柄のない有象無象に傾倒するとか意味がわからないが、うんびゃく年単位のストーカーが離れるとなれば喜ばずにはいられなかった。
エマちゃん大勝利である。
気分がいいからご飯も最高に美味しい。
だというのに。
「もー!人攫い邪魔ー!」
ドーレイ国に入ってから行く手を塞ぐ人攫い(ゴミ)、人攫い(ゴミ)、人攫い(ゴミ)。一歩進むたびに湧いてくれば、文句の一つも言いたくなる。
オークション会場までロクに進めやしない。
苛立ちのまま人攫いを撃退し、ぽやぽやまだお眠なテオを連れてエマは会場を目指す。
「うっはは!食物を食らう怪獣みたいで可愛いな」
「例えが意味が分からない」
怪獣ってなんだ怪獣って。
マンガン肉が不味くなるから止めろ。
「小柄な身体で顔の2倍はあろうかという肉を豪快に食うその姿。まごうことなき怪獣であろう」
「食べ方が汚いってdisってる?」
「よい、可愛い」
「眼球か?脳か?それとも性癖か?どれだおかしいのは。総合病院行かなきゃ駄目か?」
「狂おしいほど愛しているのだ。おかしくもなろう」
「ははっ、上手なおべっかだな」
奴隷市まで新たな女を買いに来ておいて、そんな言葉が出るとは。
エマはぱちりと目を見開いた。
もしかしてシオンの誑し文句は、女性相手なら自動発動されるようになったのか。それとも、とエマはくるりと視線を外へと向ける。
聖力の高さゆえのバグか。
「まぁ、ヨウヘイさんたら!」
「トウコさんこそ」
「あはは」
「うふふ」
年配の男性と白髪の女性が腕組み通り過ぎる。白髪の女性の手を取り苺飴を手渡す紳士。興奮気味に近況を語る白髪の少女を嗜めながらも、和かに耳を傾ける青年。白髪の、白髪、白髪が多いな。
右を見ても左を見ても白髪白髪白髪。
それも女性ばかりが白髪だ。流行りではない。僅かに神聖を帯びたそれは、彼女たちが聖女であることを示している。
聖女が元気でいっぱいいる。
「楽しそうね」
「ああ、他所とは違うな」
「身綺麗だし弱ってる様子もない。それにちゃんと笑ってる」
「洗脳の類か?」
「違う、って言い切れないのが嫌なところよね」
異常事態だ、と脳が警笛を鳴らす。
いまは聖女飽和時代。聖女は掃いて捨てるほどにいて、その価値が生ゴミ以下に成り下がったはずだ。
これまでの旅路で目の当たりにした。
それが、幸せそうに歩いている。
洗脳を疑うのは当然と言えた。
「食べ物、飲み物に変な物は入ってないし、空気もコンコ村みたいに汚染されてない。とするとオークションかな」
「洗脳して売買か。悪趣味な」
「可能性高いよね」
魔法や呪いの類はエマとシオンには効かない。自動的に弾かれるよう術式を随時発動しているからだ。だがテオは違う。彼女にこの術は使えない。
まむっ、と骨付き肉に齧り付く。
人間にも覚えられたら楽なのだけれども。
「要警戒って感じで行こうか。変になったら治せば」
「その必要はないんじゃないかな」
耳元で声がした。
スッと耳に入る聴き慣れた女性の声がエマの耳元で聞こえて、そして勢いよく遠のいた。
んぉおおぁあ!と文句を垂れる猫のような声。振り返れば、シオンが女性の襟首を掴んで持ち上げていた。
「離せ!なんだよもう!この、お爺ちゃんのくせに!力だけは強いんだからもう!もう!」
怒りに濡れた灰色がシオンを見下ろす。暴れるせいで、2つに縛られた雀色の髪が腰のあたりで酷いことになっている。パニエで膨らんだスカートが捲れ上がり、タイツに包まれた長い足を惜しげもなく晒される。
そちらに目を奪われた紳士が、目に彼女の指をもらい床を転げ回る。横目にエマは肉の最後の一切れを口内に収めた。
「気配を感じなかった。そういう術か体質か?まぁ、どちらでもいい。目的を言え。迅速に答えれば優しく殺してやろう」
「言っても言わなくても殺されるじゃん!文献よりも物騒だな。魔族には優しいはずだぞ」
「ではその書物を記した者をあの世で呪うといい。虚言を申すな、とな」
「まってまって魔力を溜めるなってば。待って本当に待って、その火力叩き込まれたらいくらなんでも死んじゃうから!エマ!?エマったらぁあ!見てないで助けておくれよ!」
半泣きで抵抗する女性に、高火力の魔法を叩き込もうとするシオンに騒然とする周囲。
憲兵を呼べ。
いや男を取り押さえよう。
人々の声に悲鳴が混じった頃、ようやく咀嚼を終えたエマが口を開いた。
「............だれ?」
「痴漢か。極刑だな」
「ルーシー!!きみの可愛い情報屋ルーシーちゃんだよぉ!?」
「え?あ、あ......ああ、ルーシーか。全然気が付かなかった」
「反応薄っっっす!酷いよぉ。あんまりだよ.....」
ルーシーの手足から力が抜ける。
ショックから顔がしわしわになり、某実写版の電気ネズミのようになった。首根っこを摘まれているせいで悲壮感がより増す。
「知り合いか?」
「うん。情報屋のルーシー。幼馴染なんだ」
ルーシーは世界的に有名な情報屋だ。
名前も出生もその外見ですら秘匿されている存在。エマと幼馴染のルーシーという姿すら仮初め。きっと彼女、あるいは彼の姿のひとつにすぎない。
「会うたびに身姿の変わるから、気付かなかったよ。年上のお兄さんブームは過ぎたの?人妻の魅力で年下の男の子の初恋を奪って性癖をぐちゃぐちゃにするって張り切ってたじゃない」
「それは2週間前の話だろう?古い古い。いまは年下の儚さで籠絡さ」
「元気いっぱいに見えるけど」
「普段は元気に振る舞うが、家に帰れば点滴と薬の毎日....みたいなギャップがいいんだよ」
分かってないなぁ。
人差し指を立てて横に振るルーシー。そのギャップは親密度が上がらないと発生しないイベントだから、深入りさせないルーシーには無理だよ。分かってないなぁ。
「そーれーよーり!知り合いだって分かったんだから、そろそろ下ろしておくれ!」
「妙に親しげで腹が立つ」
「理不尽!」
下せよぉぉおお!
腕を振り回して暴れるルーシー。
「オークション会場に入りたいんだろ?!下ろさないとチケット上げないからな」
「ほう、チケットがいるのか」
「ギャー!セクハラ!セクハラ!出会って5分の人間のポケットを漁るなんて、きみの彼氏の貞操観念はどうなっているんだい!?」
「彼氏じゃない」
「ほう、正直な口だ」
「ギャン!」
彼氏、という言葉に気を良くしたのか、シオンが手を離す。勢いよく落とされたルーシーは、地面とお尻で激しいキスをした。痛そう。
か細い悲鳴をあげながらお尻を摩るルーシーに、シオンが手を差し出す。
「自分で落としておいて手を差し伸べる。酷いマッチポンプだが、転んだ女性に手を差し伸べるイケメンのシュチュエーションはすごくいいと思う」
「なにを言っている。早くちけっとを寄越せ」
「ただの物取りだった」
ちくしょー、とルーシー。
しぶしぶチケットをシオンに手渡すと、彼は用は済んだとばかりにエマの元へと戻る。
「よろこべ、丁度3枚だ」
「女の子を強請って得たチケットに、なにを喜べっていうの....?」
シオンを押し除け、ぐしゅぐしゅと嘘泣きをするルーシーに手を差し伸べる。
彼女は拗ねると長いのだ。
おーよちよち怖かったね。
背中を摩ってやれば抱き付いてくる。こらこら背中越しにシオンに向かってドヤ顔するんじゃない。中指立てんな。分かってるからな。
「こらそういうことしないの。テオが真似して......あれ?テオ?どこ行った?」
「白い獣人のお嬢ちゃんなら、さっき老紳士と一緒に棒突き飴持って向こうに行ったよ」
「馬鹿野郎。そいつは人攫いでぇい!」
なんてこった。
白狐が攫われちまった。
side白狐に続く
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