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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
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9、昼食


「安心したらお腹すいちゃった」


薬屋を後にしたエマがポツリと呟いた。

時刻は昼時。思えばパンとクッキーしか食べていない。切なそうに鳴く腹の虫を摩りながら、帰るのは昼食を食べてからにしようと思い足を止めた。


「わたし食べてから帰るけど、シオンは」

「行きつけの店はあるのか?」

「帰る........つもりはないのね。はい」


振り返った先にあったのは手だった。差し出された右手に、エマは嘆息した。手をとって歩き出す。


「大人しくしててよね」

「善処する」

「聴く気ないやつじゃん、それ」


相変わらず避ける人波の間を歩く。

雑貨が多く並ぶ小道から抜け出して、レストランが多い大通りへ。その中のひとつ、一際元気な女性の声がする店にエマは足を向けた。

ふわりと肉と野菜の焼ける匂いが鼻腔を擽る。

店内は人でごった返していた。

タイミングよく店外の席が空いたので、滑り込むように席を確保する。日差しを遮るパラソルの下は少し肌寒い。腹を満たせば体温も上がるだろうと、エマは店員を呼んだ。


「女将さーん!」

「お、来たね。たらふく娘」


声に反応したのは恰幅の良い女性だ。

彼女の名前はドーラ。半袖にロングスカートとラフな格好に身を包んでいる。毎度のことながら軽装すぎるが、誰も客と間違えることはない。彼女が店員であることを示す目印はエプロンしかないが、あまりにも外見が『酒屋の女主人』であるためだ。あのエプロンには強力な魔法がかかっている、というのが酔っぱらいたちの見解だ。


「今日はえらい別嬪さんを連れてきたね!」

「ただのストーカーだから気にしないで。それよりおばちゃん今日もエプロン似合ってるよ」

「そ、そうかい?ありがとよぉ!って、ストーカーなら放って置けるわけないだろうに」

大丈夫(わたしには)、害が無いから」

「年端も行かない女の子を成人男性が付け回しておいて、害が無いわけがないだろう」

「正論すぎる」


確かに!とエマ。

一般的に少女を付け回す行為は犯罪だ。長年のストーカー生活のせいで麻痺していたが、通報してすれば豚箱一直線の重罪だ。鬱陶しいが便利な椅子、と歪めていた認識が晴れる。

ドーラがシオンを睨め付ける。


「ちょっとあんた、こんな小さい子に手を出そうってわけじゃ無いだろうね...」

「手は出さぬぞ?愛は囁くがな」

「幼児趣味を隠そうともしないのかい」

「幼児...?それは違う」


側を歩いている少女を指差す。アレ、と一言呟いて興味は無いと指を下に向けた。


「幼児に興味はない。エマだけだ。エマにだけ余は愛を歌う。その他の有象無象のことなど塵芥と変わらぬ」

「...たらふく娘」

「はい」

「こいつココは大丈夫なのかい?」


ココと指で頭を刺すドーラ。

真剣な顔でこんな話をされれば、頭の方を疑いたがるのも納得だ。残念ながら正常です、と目配せすればドーラは額に手を置いた。


「こいつといて危ない目にあったことは」

「…………そういえば無いね」

「そうかい...」


ドーラが腕を組む。


「10人より1人...なら...うーん」


少考。過去エマがあってきた被害を思い出せば、被害は最小限。名も顔も知らぬ連中に付け回されるよりかは100倍マシかと、ドーラは口を継ぐんだ。なにより、とエマに目を向ける。シオンに向ける表情は柔らかい。

見知らぬ変態より見知った変態か。

視線をシオンに戻すと、その肩を強めに叩いた。


「あんた、この子を泣かせたらタダじゃおかないからね!!」

「……っ!もとよりそのつもりは無いが、うむ肝に銘じておくとしよう」


こんなふうに叩かれたことが無いのだろう。驚いた様子でシオンが目を見開くが、すぐに薄く笑った。


「改めて、あたしはドーラ。ここの女将をしてる」

「余はシオン、美味い飯屋があると聞いて連れて来てもらったのだ」

「...!そりゃあ嬉しいね」

「腹が空いたと一目散に飛び込んだほどだ。期待している」

「そりゃあ、腕によりをかけなくちゃね!まってな!」

「やった!」


腕を捲るドーラに瞳を輝かせたのはエマだ。

ぷらぷらと浮いた足を揺らして、頬を染める。


「女将さんの料理いつも美味しいから嬉しい!いくらでも食べられちゃう」

「かぁ〜!相変わらずよく回る舌だね。今日もサービスしてやるから、たんと食いな」

「うん!」


女将さんはエマの頭をくしゃりと撫でると「あんた!気合い入れな!」と叫んで奥へと消えていった。

この店のメニューは基本的にお任せだ。その日に入った材料で女将さんの旦那が日替わりメニューを作ってくれる。

今日はジャガイモがメインらしいので、ベイクドポテトやマッシュポテトあたりだろう。

楽しみだ、と足が揺れる。


「最近はご飯が美味しいから、きっとビックリするわよ。特にここのは美味しいからシオンも気に、いっ、て」


顔を上げた先にあったのは蕩けた赤。

組んだ両手の上に顎のを乗せていたシオンの瞳。それが惚けるように甘い色をして、エマを見ていた。それはそれは嬉しそうに。


「あんた、なんで」

「うん?」

「.......なんでもない」


こんな顔をする奴だっただろうか。

見られていることはあった。昔からずっと、シオンはエマを好意的に見ている。だけどそれはもっと透明なものだ。これは違う。こんな複雑に色が混じったモノではなかった。これではまるでーーーー


「おまちどお!」


女将さんの声に思考が霧散する。

ドンッと勢いよく置かれたのはマッシュポテト。ケールや西洋ネギなどの野菜やベーコンが混じっている。ボールいっぱいに盛られてたそれは圧巻だ。

隣にはジャガイモのサンドイッチ。薄くスライスされたジャガイモを焼いて、好きな具材を挟んで食べるのだ。今日は肉とチーズがメインで入っていた。

お次はベイクドポテト。ジャガイモの中身をくり抜いてチーズや玉ねぎと一緒に皮ごと焼いた料理だ。トロリと溶けたチーズが食欲をそそる。

ゴクリと喉が鳴った。


「たんと食いな!」

「うん!」


次々と並んでいく料理にテーブルいっぱいになっていく。エマは自分の皿に料理を盛ると、両手を合わせた。

どうせ答えなど分からないのだから、悩むのは後でいい。それよりも今は腹を満たすことが最優先だ。


「いただきまーす!」


スプーンいっぱいにマッシュポテトを掬うと、ぱくりと一口で頬張った。


「〜〜〜っ!おいしぃい!」


もう一口、もう一口。

掬っては頬張り、掬っては頬張る。取り皿に無くなると、大皿から移動させてまた頬張る。野菜のシャキシャキとマイルドなポテトが口いっぱいに広がる。

一口、またまた一口。

山盛りに盛られていたマッシュポテトは、あっという間に底をついてしまった。


「よく、食べるのだな」 

「だって美味しいもの」


空の皿を前にシオンが呟いた。

絞り出したような声であった。


「シオンも食べな。食べちゃうよ」


言葉にする前に食べてしまったのだろう。野菜のキッシュが消えていた。次はベイクドポテトを平らげるつもりらしい。空になった皿は店員が小走りに回収し、女将さんが新しい料理を運んでくる。

いつの間にか大食漢になっていたのか……。

気持ちが良い食べっぷりにシオンが圧倒されていると、またマッシュポテトがテーブルに置かれた。


「......これで全部か?」

「まだ半分」

「半分。なるほど、半分か……そうか、ふむ」

「んぐっ、シオン?」


一向に料理に手をつけないシオンに声をかける。

もしかしてお腹が空いていなかったのだろうか。

頬張ったマッシュポテトを咀嚼しつつ、シオンの様子を伺った。その様子は、敵を警戒しながらも食事を止められない食いしん坊な小動物を思わせる。

顔を上げた彼がそれを見て微笑む。

エマの口の端を拭うと、ペロリと舐めとった。


「少し、資金調達の方法を考えていただけだ」

「お金?」

「ああ、それと食材の調達方法の改善もな」

「食事の席で難しい事を考えるなんて、凄いわね」

「そうか?」

「ええ、わたしなら食べるの我慢できないもの」


これとか美味しいんだから、とサンドイッチをシオンの口に突っ込む。咀嚼し飲み込んだ彼が頷いた。


「うむ、なかなかの味だ」

「でしょ!」


エマもサンドイッチにかぶり付く。

チーズと一緒に肉汁がじわりと染み出し、咀嚼するたびに口内に広がっていく。チーズの塩気が肉の油に絡んで飲み込むのが勿体無い。泣く泣く飲み込む。喉、胃を通るたびに鼻の奥に味が香ってまた食欲をそそった。一口、もう一口と食べ進める手が止まらない。

手の中のサンドイッチが無くなれば、次に手を伸ばす。


「...あっ、無くなっちゃった」


喪失感。目の前には空になった皿、サンドイッチは手にある一つだけだ。ちらりとシオンを見る。彼の皿にはサンドイッチが無い。一つだけだ。視線を落とす。

食べたいけど、シオンも楽しみしてたし。


「…………」


ぐっと唇を噛む。溢れそうになる涎を飲み込んで、ゆっっくりとシオンに差し出した。


「...お……おお美味しイヨ」

「そうか」

「ウン」

「ではいただこう」

「う“ん“」


シオンの手が伸びてくる。

ゆっくりゆっくりと喪失感がエマを包んだ。

ポタッ、ポタッ。穴が空いたように、先ほどの幸福感までもが溢れていく。

それ、わたしのなのに。

腹の虫が不機嫌そうに小さく鳴いた。


「………ふっ」


伸ばされた手が掴んだのはサンドイッチではなかった。エマの手首を掴み引き寄せると、サンドイッチに齧り付く。一口、それだけ口内に収めると、にやりと笑って身を引く。


「そんな顔をするでない。余にはこれだけで充分だ」

「えっ!……あ、も、もう食べないの?」

「元よりそこまで食は太くない。なにより、きみを見ていると食べずとも満たされる」

「……ありがとう!」


パッとエマの顔が華やぐ。

サンドイッチに齧り付くと、美味しさに目尻が下がった。最後の一口を飲み込む。空になった皿を見ると悲しくなるが、サンドイッチへの気持ちは満たされた。

次はシチューだと、羊肉を口に運ぶ。


「おいしぃ」


空になった皿が回収され、その端から新しい料理がテーブルに並ぶ。エマの食べっぷりに触発されたのか、先ほどよりもオーダーの数が劇的に増えている。

なるほど、Win-Winの関係というやつか。

シオンは納得すると、優雅にコーヒーを口にした。

ああ、甘い。



飯テロってやって見たくて!

なってますかねぇ?

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