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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
109/117

5、ダイトッショカン国5



「君が知りたいのは、

聖女喰いについてだったね」



能力、出現場所、対処法。

指を3本立てて確認する情報屋に、アルトは素直に頷いた。まずは能力の開示からだと、彼女はクジラのぬいぐるみを取り出した。



「聖女喰いーー本名はラブ。彼の能力は、空間転移。契約している闇の大妖精の力を借りて、空間から空間を行き来している」


「空間から空間を?」


「そう異界の門を開けて、物理法則を無視して空間転移を行なっている」



クジラが机の下に潜り込む。

足元を移動して、猫の置物がある場所で机上へと浮上する。なるほど机上は地上で、足元は異空間を表しているのか。



「彼はその能力を使いあらゆる場所に出現しては、聖女を攫っている。だから喰べるという表現は正しくない」



行き着く先は一緒だろう。

アルトは内心で悪態をついた。

捕らえて売り払う行為と、人身売買のなにが違うのか。直接手を下していないから、己の手は綺麗なままだと本気で思っているなら思想者(そいつ)は悪党以外の何者でもない。



「防ぐ方法は?」


「君が水中で息ができるなら可能だ」


「つまり無理だと」



妖精の、それも大妖精の力は強大だ。荒唐無稽な御伽噺ですらアレらは、現実に出来るだけの力を持っている。

人間には太刀打ちできないさ、と笑う情報屋にアルトは顔を顰めた。



「本人への攻撃は通るんすか」


「通るよ。移動を妨げたいなら、それしか方法がないと言ってもいい。でもーー」


「大妖精に勝てるスペックを、俺たちは持っていない」


「ーーーそういうこと。移動を拒むのは不可能だと思った方がいい」



クジラがくるみ割り人形にぶつかる。バランスを崩したそれは、机の上に転がった。

がちゃん。

上にクジラがのしかかって、くるみ割り人形を押し潰す。ゲームオーバーだ。

だが、と情報屋は続ける。

朗報があると。



「それは移動に関しての話だ。戦闘となれば話は違ってくる」


「どういう意味で?」


「彼は()()使()()()


「は?なら、」


「戦闘中、大妖精は攻撃に参加出来ない」



ゴーストやアンデットは冥界の住人だ。彼ら使役することは、自然の摂理に反する行為。つまり自然そのものである妖精との相性は最悪と言っていい。

そこに勝機がある。

アルトは、はやる気持ちで口を開いた。



「他は、戦力になりそうな人は」


「ガードマンが数名、警備が数十名かな。直接の戦闘要員は聖女喰い、女王、彼女の執事だろうね」



数で攻められればひとたまりもないが、素人に毛が生えた程度。正面突破する気がないのなら、戦力として数える必要はないという。

十分に正気はある。

正攻法で行く必要はない。3人を足止めし、サラを奪還して離脱すればいいだけだ。



「オークション会場の地図とかあります?ついでに欲しいんすけど」


「おや、正面から行かないのかい?」


「死んでこいって?」


「勇者くんの性格的に正面突破、悪の巣窟であるオークション会場は完全解体、諸悪の根源である女王はお縄に、だろう?」


「..........よくご存知で」



ルークの性格を考えたらそうだ。

あいつなら全てを救うと息巻くだろう。国も他の聖女も女王ですら、救う余地があると手を伸ばす。

今まではそれで良かった。

でも今回はダメだ。

純粋な戦力差、馴れない立地、敵陣の真ん中でその思想は致命的だ。

理想だけでは現実は生きられない。実力不足で理想を叶えるためには、姑息な手段も必要になる。が、ルークにはそれが出来ない。



「上手くやりますよ。そこはね」


「はっはぁ、なるほど君はやっぱりこちら側なんだね」



どうだい、一緒に商売でも。

悪戯っぽい笑みを浮かべる情報屋の提案を、アルトは手を振って断る。

ルークを勇者にするためにオレはいる。そのためのオレだ。そのために学んだ。望みを叶えるためなら、アルト(オレは)いくらでも汚れられる。



「冗談はいいんで、地図下さいよ」


「ふふっ、いいよ。今回は恵んであげる」



情報屋が指を鳴らすと、オッサンバーテンダーが懐からA3サイズの地図を取り出す。懐から、ほのかに温かな、地図を。



「俺の(あい)が、君の進む道を照らしてくれると信じていたよ」


「チェンジで」



思わず地図から手を離す。

ひらりとカウンターに乗ったそれを拾い上げたオッサンバーテンダーは、丁寧に折り畳むとアルトに握らせた。

背筋に悪寒が走る。

温もりが手の平と甲を包み込む。



「地図はそれだけだ」


「ヴッ、嘘だろ......」



握るな。近寄るな。息多めに耳元で囁くな。オッサンバーテンダーを引き剥がし、地図をポケットに勢いよく突っ込む。威嚇するように睨め付けると「oh、強引な男も好きだ、ぜ」と投げキッスをかまされた。

殴り掛からなかった自分を褒めてやりたい。



「損害賠償を要求します」


「どんな損害だい?」


「純真無垢な少年のオレの心が、オッサンからのセクハラで傷付いたんで」


「はっ、あっははは!それは僕じゃなくて彼に請求しなよ!」


「オッサンの純情を弄んでおいて、そんなことを言うのかい?」


「んふっ、おや、それは悪い男だ。ぶっふぅ.....責任をとって結婚しないと」


「笑いが隠し切れてませんよ」



グラスを一気に傾ける。残りの酒を胃に流し込んで、グラスをカウンターに叩きつける。

くそっ、情報と引き換えに大事な物を失った気分だ。



「女王や執事の能力は」


「残念だけど対象外だ」


「おいおい、そりゃないでしょう。金貨30枚も払ってんですよ」


「誓約があるんだ」


「これがあってもか?」


仕事(それ)私情(これ)とは別。優遇はしないさ」


「そうすか」



お姫様の位置はここね。

地図の中央の円を指さす。手前が座席でステージの奥に出品予定の物が並んでいる。聖女たちはそこにいるらしい。案外簡単に教えてくれたが、この情報は安いだろうか。



「とはいえ、せっかくの彼女からの恩威だ。僕から忠告はしといてあげる」



弾んだ声がトーンを落とす。

真剣な眼差しがアルトを射抜して、聖女たちがいる場所をトントンと叩く。



「お姫様を見つけたらすぐにドーレイ国を去りなさい。他のなににも、決して惑わされずに」


「罪悪感とかないんすか」


「あるさ、あるとも。人並みとは言えないが、僕にも他者を鑑みるだけの心はあるとも。だけど、()()()()()


「だから?」


()()()()()()()()()()。もちろん、君にも手を出さないで欲しいと思っている」



守銭奴が。

罵倒が腹の奥から怒りとなって迫り上がってくる。なんとか押し留めた罵声は、表情にありありと浮かんでいた。

情報屋は静かにアルトを見ていた。

視線は冷たく、それでいて哀れんでいるようにも見える。



「お仲間を助けるのは自由だ。むしろお姫様はドーレイ国にとっての厄ネタですらあるから、早急に性急に回収して欲しいのが僕の本音だ」


「金儲けの場を奪われちゃあたまらねえってことすか」


「どう判断するかは君の自由だが、その思想に他者を巻き込むなら話は別だよ」


「情報を売るあんたが言います?」


「僕は平等に接しているだけだよ。君に情報を売るように、ドーレイ国にだって君の情報を売るさ」



ナイフに手が伸びた。

勇者が、と続ける。

手が止まった。



「どう判断し、どう行動するかは当人の自由だ。でもその思考を情報で制限するのは、違うだろう。正常とはいえない」


「お優しいことで」



制限された情報しか無かった。

与えられなかった。探るのも限界で、現地に赴いて真相が暴露される。その結果がいまのルークを作った。

耳に痛い言葉だ。

ルークは優しい世界で生きてきた。

生きられるように行動してきた。

そのツケが現状を苦しめていた。

でも、だからなんだというのだ。大切な人に、優しい世界で柔らかい物だけに触れて生きて欲しいと願うことの何が悪い。望みを叶えるために環境を整えることの、なにが罪だ。赤ん坊が怪我をしないように尖った玩具を除けるのと何が違う。

厳しい言葉、枯渇した生活、絶え間ない労働。味わう必要のない苦しい現実なぞ、知らずに死ねる方が幸福だろう。



「君の考えは正しい。僕もそう思うよ。でもね、それを成立させるために他者の生活を犠牲にするのは大いなる責任が求められる」


「はあ?」


「君は、そのツケを払えるだけの器かい?君のツケの代償が勇者に降りかかった時、退けるだけの力があるのかい」


「いまは、オレの話をして」


「ああ、君の話だよ。いや未来の話か。いつか、いいや近い将来、君のツケは勇者を殺す」



これは、予想じゃない。

確定され未来だ。

告げられた言葉が重い。冗談だ。悪い占い師や詐欺師のいつもの手口に違いない。そう思うのに。アルトは情報屋から目が離せなくなっていた。

呼吸が荒い。握りしめたペンダントが嫌な音を立てている。



「オークションは3日後だ。目を逸らすなよ。君も薄々は理解しているだろう」


「.......ご忠告どうも」



未来が見えるとすら称される彼女は、アルトのどんな未来を見たのか。

静かな忠告を、未来のアルトは軽視する。結果、己が身で最悪を体験することとなる。嘆いてももう遅い。

彼はドーレイ国に来るべきではなかった。ルークの行動を許すべきではなかった。嘆いても足掻いても未来は変わらない。

退店するアルトの背中を、情報屋は静かに見守った。ゆっくりと瞼を下ろす。



「君はまたーーー」



呟いた言葉は誰にも届かない。













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