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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
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3、ダイトッショカン国3



「僕は枢機卿などではないのです」



涙ながらに彼ーーノウタカは語る。

役目を押し付けられたのだと。自分は礼拝に来ただけの男で、聖職者ですらないのだと。



「枢機卿はどこに」


「それが、誰も分からないのです」



ダイトッショカン国がまだ大きな国だった頃、ノウタカも彼らと同じように泥水を飲んで生きていた。

当時は奴隷貿易が盛えていた。

幸いなことに外見的特徴の薄かった自分は路地にいられたが、綺麗な外見の者、丈夫な個体、奇異の存在はすぐに商品にされた。

妹のような存在も、兄代わりだった男も連れて行かれた。その場で撃ち殺された姉は幸福だった。そう思えるくらいに国は腐敗し切っていた。

食料はない。ここ数日雨も降らないから、水も残ってはいない。昨日まで会話していたオヤジが動かない。きっと自分も明日にはーーー。



「諦めるには早いのよ」



甘い声がした。

コツコツと靴音を響かせて、それはやって来た。赤いドレスを翻し足首まで伸びる黒髪を揺らして、彼女はこの国にやって来た。

天使だと思った。

いや、死神とも思えた。

天使にしてはあまりにも強烈な存在感を放っていたし、漆黒の瞳は吊り目がちで苛烈印象を与えたから。



「立ちなさい。腐らないで、前だけを見て生きるのよ。だってまだ立てるのだから」



彼女は自らを女王と名乗った。

女王はその名に相応しく、瞬く間に人心を掌握。暴動を起こし、権力者一掃すると国を分断し、民と共に新しい国を作った。

腐敗と絶望が支配する国は、たった7日間で長い歴史に幕を下ろした。



「ダイトッショカン国は分断され、大半の土地はドーレイ国になりました。あ、これは国民の総意です。土地から離れたくない者もいましたし、なにより彼女の目指す国はあまりにも眩しくて僕には......我々に永住は厳しいと、そう思えたのです」


「華やかでいいけど、金持ちの国さね」


「んだ。俺たちには合わねぇ」



発展を望んだ者はドーレイ国へ。

安寧を望んだ者はダイトッショカン国に。

我々は望んでここにいるのだと、彼は語る。続けて、でも、と涙ぐむ。

枢機卿の件は別だと。



「王と臣下は粛清されました。ですが、ヨワヨワ枢機卿は飼殺しにされていたこともあって見逃されたのです。見逃されて、それっきりで.....」


「そのまま行方不明と」


「はい」



ノウタカは熱心な信徒だった。久方ぶりにと礼拝に訪れれば、あれよあれよというまに枢機卿へと祭り上げられたのだという。

しくしくと彼は涙を流すが、周りは慰めるどころか激励の言葉を浴びせて「自身を持て」と背中を叩く。

雲隠れする枢機卿に、一般人に役割を押し付ける国民たち。

まともな奴はいないのか。

アルトは思わず溜息が漏れる。



「代わってあげては?」


「枢機卿様の代わりなんて、オイラたちに務まるわけねぇべや」


「うんだ。ノウタカ様は優秀だかんら、俺たちには無理だべなぁ」


「いっつもこうなんです。僕は全然優秀なんかじゃないのに.....」


「自身持てって!」


「む“り“でずぅ“ぅう」



とうとう大粒の涙を流し始めたノウタカに、ルークがハンカチを手渡している。よしよしと背中を撫でてやれば、おんおんと泣いて彼の胸に飛び込む。

ぼんやりしていても、ルークの光属性は通常どおり機能するらしい。



「どうやら俺の思い違いだったらしい。すまない」


「い、いいんでず.....向いで、なぃの.....じ、自分がいちばんわがっで」


「うん、本当にすまない」



いつの間にか剣を納めていたパドレイク。その瞳に先ほどの鋭さは無い。



「貴殿が無実なのはよく理解した。奴隷商が絡んでるから、いつもより警戒してしまったのだ」


「.....?絡んでいるとなぜ警戒を?」


「それはするだろう。国の中枢が他国と共謀して、国民を売る話はそう珍しくはないのだから」


「王都の話ですか?」


「王都?いや、ドーレイ国の話だ」


「ドーレイ国に奴隷商はいませんよ?」


「は?」



こてりと首を傾げるノウタカ。農民たちも首を縦に振っている。

どういうことだ。



「奴隷.....あ、もしかして聖女さんたちのことですかね?よく連れて来てるから」


「ーーっ!詳しいんですかい?」


「詳しくはないですが、大なり小なりみなさん知ってますよ」


「黙認ってことすか」


「黙認というか、賛成はしてますね」


「あんた、自分がなに言ってるか理解してます?」


「え、はい」



どういうことだ。

圧政を悪と罵る口でなぜ。



「洗脳か」


「その線は薄いっすね。おそらく名称を変えることで、認識をズラしてのかと」


「豚肉を牛肉と偽るやつか。俺もよく騙された」



すき焼きとか味付けを濃くされると、判断が難しくてな。

しみじみと頷くパドレイク。

間違ってはいないが、平和的に例えないでほしい。話の腰が折れるから。



「王都では日常でしょうが、ドーレイ国ではすでに禁止されています。そのあたりは、革命時に女王がかなり厳しく取り締まりましたので」


「流れるように貶してきますね」


「ええ、まぁ、僕たちは売れ残った((いきのこった))方なので」



当事者ですから。

目を細めるノウタカに、農民たちは頷いて王都と一緒にするなと口を揃える。ドーレイ国で行われているのは、れっきとした雇用なのだと。



「あんたら王都の連中だろ?んなら、おらたちの言葉さ理解できねぇのも無理はねぇ」


「んだな。自分の目で見るといい。ちょうど3日後におーくしょんが開催されるって話だぁ」


「招待状ってまだあんべな」


「はい。毎回送られてきますので.....えっと確かここに、あった」



手渡された半券に眉を顰める。

「ごしょうたいけん」と丸い字体で書かれたそれは、まるで子どもの落書きだ。覗き込んだパドレイクも同様に目を細めると、ノウタカが偽物じゃありませんよ、と苦笑いした。

女王様はまだ子どもですから。



「は?子ども?」


「はい、少女です。年端もいかない小さな女の子ですよ・僕たちを救ってくれたのは」


「ーっ!その子の名前はーー」



その子どもの名前はエマではないか。

言いかけたアルトの言葉を遮るように、ノウタカは「きっと」と声を張る。涙で潤んだ瞳は真っ直ぐに、彼をルークを見ていた。



「人生観が変わりますよ」


「・・・・・洗脳ですかい?」


「違いますよ。彼女はそんなことしませんから」


「どうでしょうね」


「行けばわかります。行って、そしたら、きっと変わりますよ。僕がそうだったように」



ノウタカの隣に立つルークは、陰鬱な雰囲気を隠すこともなく、ぼんやりと地面に視線を落としている。

ノウタカが泣くのを止めたことで、彼は物言わぬ置物へと戻っていた。不気味なほどに静かで陰気な雰囲気を纏ったまま。

枢機卿が眉尻を下げる。



「圧政の最中は彼のような方は沢山いました。その方々にとって女王様は光なのです。眩しくて、強すぎる恒星。だからきっと、彼にも少なからず影響を与えるでしょう」


「それは」


「好転するとは申し上げられません。強すぎる光に身が滅ぶかも、それでも立ち止まって腐るよりかは何倍もいい」



そうでしょう?

柔らかな瞳の奥にある深い鈍色に、多くを見てきた者の目だとアルトは思った。優しいだけでは生きられない。

時には崖から突き落とすことも必要だと、彼の瞳は語っていた。



「簡単に言ってくれますね」


「心苦しいのは最初だけですよ。やってしまえば、後味なんて清々しいものですよ。お互いにね」


「.......善処しますよ」


「ええ、後悔のないように」



なるほど、枢機卿に祀り上げられるわけだ。

手を組み祈る枢機卿(ノウタカ)にアルトは、ゆっくりと頭を下げた。


新たな枢機卿の誕生を祝して。




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