2、ダイトッショカン2
ダイトッショカン国。
王都から北東に数百キロ、海に面した大国。天にも届くと称された大きな教会がシンボルのそこは、国王が牛耳る圧政国家だ。
教会には枢機卿が派遣されているが、気の弱い彼の意見は捨ておかれ聖遺物を守るだけのガーディアン扱い。教会の実権は王と欲深い貴族たちに握られていた。
そう、だった。
もうそれは過去の話。
クーデターに成功したこの国は現在、その規模を半分以下に縮小し運営されている。
「圧政饅頭、圧政饅頭はいらんかね」
「汚職ゼリーもあるよ」
「ストレス発散にはぜひ家へ!王族の顔に泥団子をぶつけられるで!」
かつて貴族の馬車だけが行き交った閑散とした街道には、出店がひしめき合っている。権力者に怯えて下を向くばかりだった民は、元気に声をはりあげ生に満ちていた。
「これは・・・凄いですね」
「聞いてはいたが、この変わりようは凄いな」
感嘆の声を上げるアルトにパドレイクが続く。お互いの記憶にあるのは、貴族の邸宅のみが栄えた貧民街。飢えた民の血走った視線と、絶望で空を見上げる濁った瞳だ。
それがこうも変わるのかと、ふたりは驚きを隠しきれない。
「これだと、教会もどうなっているか分からないな」
「枢機卿も加担してたんですっけ?」
「加担・・・はしていなかった。が、何もしなかったは同罪だろう」
「それもそうか」
傍観は罪だ。
立場があるなら尚更に。
神の使徒ですら助けてはくれないのなら、自分たちはなにに縋れば良いのか。
彼らの絶望は計り知れない。
「上げて落とされた方が、怒りって感情はより色を増す。もしかしたら王族なんかよりも酷い目にあったかもな」
「教会残ってますかね」
「建物はあるだろうな」
「建物は、ねぇ」
神への信仰心を忘れれば、教会はただの建物へと成り果てる。逞しい民たちが再利用していてもおかしくはない。
教会でそれだ。聖遺物などただの骨董品扱いで、破棄されている可能性が高い。
どうしますかねぇ、とアルトは呟いた。
**************
パドレイクの予想通り教会は原型を留めていた。予想外だったのは、その機能が残っていたことと、枢機卿が生きていることだった。
「枢機卿様、これはどちらに」
「それは倉庫にお願いします。重いので台車を使ってくださいね」
「枢機卿さま、うんまい林檎ができたんだ。みんなで食べてくんれ」
「ありがとうございます!うわぁ、美味しそう」
「枢機卿!おんめぇ、またそんなでっけぇ隈さこさえて!寝てないんか!」
「寝ましたよ。2時間くらい」
「寝ろぉお!」
教会内は随分と賑わっていた。
枢機卿と呼ばれた幸の薄そうな男を中心に、人や物資が行き交っている。
少々距離は近いが、随分と慕われているようだ。圧政時代から国民たちの手を取っていたのか、彼らと同じ境遇に立たされていたのか。
どちらにしろ都合がいい。教会の機能が活きているなら、聖遺物も無事だろう。適当に話して聖剣に魔力を分けてもらうとしよう。
「こりゃあ都合が良いっすね。ちょいちょいと話して協力を仰いで......」
「・・・・・・」
「......パドレイク?」
ピリッと空気が変わる。
振り返ればパドレイクが、枢機卿を凝視していた。いや睥睨した。
突然のことに固まるアルト。だが、その答えを聞く前に藁の臭いがする男に声を掛けられる。
「旅のもんか?教会になんのようだあ」
「礼拝なら他所に行きな。ここじゃあ、祝福はやってねえから」
「え?でも」
「旅のお人は知らんかもしれんが、ここじゃあもう神様なんて信じてる奴はおらん。枢機卿様も含めてな」
「そもそも祝福さ、出来んべ」
「んだんだ」
「え、でも枢機卿なんすよね?それなら必修科目じゃあ」
「枢機卿ならな」
「それってどういう」
ふらりとパドレイクが枢機卿に近づく。軽薄な笑みを貼り付けて、フランクに手を上げて、彼は枢機卿に近づいた。おおよそ上司に向ける態度ではないが、枢機卿に気にした様子はない。
「お久しぶりですヨワヨワ卿ーー」
「こんにちは、きみは.....」
「ーーーではないな。ヨワヨワ卿の名を語る詐欺師よ」
声色が変わる。
おもむろに剣に手を添えると、パドレイクは枢機卿との距離を一気に詰める。
「答えよ。貴殿の名は。事と次第によっては、俺は貴殿を斬らねばなるまい」
「っ!?」
「あんた、なにして」
「す、枢機卿様になぁにすんだぁあ!?」
刃先が枢機卿の首筋を捉え、パドレイクの鋭い眼光が青褪めた枢機卿を睨め付ける。悲鳴と怒声。事態を把握した民が声を上げるが、パドレイクの剣が鈍ることはない。
「他所もんが枢機卿様になにすんだ!」
「守れ!恩人を守れ!」
怯んだのは一瞬。
彼らは野太い威勢をあげ、一斉にパドレイクへと襲いかかる。足に手に腰に。彼らは臆することなく飛び付き、枢機卿から剣を離そうとする。
「離してくれ。怪我では済まない」
「離すわけねぇべ!おんま、枢機卿様になんてことすんだぁ!」
「そうだぁ、突然来て変なこと言って」
「こん人は俺たちの希望なんだあ!他所もんに剣さ向けられる筋合いはねぇ!」
「彼らにここまで慕われて、それでも正体を明かさず貴殿の良心は痛まぬと?」
びくともしないパドレイクに、アルトはヒューと唇を鳴らした。
さすがは騎士様、民の扱いには慣れていらっしゃる。農民たちの罵倒に心を痛めることなく、それをバネに相手を罵る姿は逞しくて涙がでそうだ。
傍観を貫いていたアルトは、感心から内心で拍手を贈った。
「ひゅ、ひゃ....」
「まずい持病の発作の兆候だ!」
「枢機卿様を離んなせ!」
「枢機卿様はな、極度のビビりで怖がらせ過ぎると心臓が止まっちまうんだぞ!」
「今すぐに離せ!いぐら身長が大きぐでも、心臓はノミみたいにか弱いんだぁ!」
「マンボウみたいっすね」
「本当に慕われているのか、疑わしく思えてきた」
「うはははは!」
次々と飛んでくる罵倒に、困惑するパドレイク。だが言葉通りなのだろう。枢機卿は青い顔であわあわと呟いて、白い目を向いて反論すら溢さない。
「そんれに、こん人はヨワヨワなんて名前じゃねぇ!それは前の奴の名前だあ」
「前の?」
「ろくに仕事さしねぇで逃げちまった恥知らずの男だあ」
「それがこの男だろう?」
「ちげぇ!こん人はそんな薄情なこたぁしねぇ!」
「どういうことです?」
アルトが首を傾げた。
前の腰抜けとは、ヨワヨワ枢機卿のことだろう。正規の枢機卿でないことを知りながら、彼らはなぜ慕っているのか。鼻息荒くヨワヨワ枢機卿を罵倒する農民たちに、パドレイクは問いかける。
「ヨワヨワ枢機卿ではないと知りながら、なぜ彼を慕っている。聖職者がいないリスクをきみたちは」
「み、みみみみみなさんを責めないで」
震える声を上げたのは枢機卿だ。
喉に突きつけられた刃に震えながら、農民を守ろうと彼は必死に声を出す。
「そ、それ、それは.....ぼぼぼ僕からお話し、しましゅ」
だから、みなさんを責めないで。
弱々しいが芯のしっかりした声が、パドレイクを静止した。
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