1、ダイトッショカン国
獣人村から東に数キロ。
海に面した巨大な湿地地帯に、アルトたちは足を運んでいる。緑豊かなそこは、王都と山を挟んだ東側にある大きな国だ。
ダイトッショカン国。
半ば追い出される形で出国した勇者一行は、落ち着かぬ足取りで彼の国へと入国した。
「この辺なんすけどね」
「国の魔力探知機も同じ場所を指しているから、間違いないのだろうが」
大雑把すぎる。
アルトとパドレイクは顔を見合わせた。
聖女狩りに攫われたサラの魔力を頼りに、ふたりは各々の方法で居場所を探した。
魔法による探知と、機械による探知。
効率と確実性を考慮して行ったが、どちらも大雑把で使い物にならないと肩を落とす。
「ポータルが使えただけマシでしたけど、ヒントくらい欲しかったですね」
「あれだけ怒らせたんだ。無理な話だろう」
獣人村でのやり取りを思い出す。
後ろから刺されそうな険悪な雰囲気に、飛び交う罵詈雑言。口を滑らせた獣人から聖女狩りがドーレイ国を根城にしていると情報は得たが、具体的な場所を聞き出すことは出来なかった。
追い立てられるようにポータルに連行されて、それっきり。
「あの時は助かりましたよ」
「隙を作ったのはアルトだろう?」
「作っただけですよ。座標の弄り方なんて、オレは知りませんでしたし」
出店で鶏の串焼きを購入したアルトが、それをパドレイクに手渡す。くんくんと鼻を近づけてから、彼はそれを口に運んだ。うんまいと笑う。
「俺も聞き齧りだったが、上手くいって良かったよ」
「あんた外見によらずチャレンジャーですよね」
「そうだろうか?」
「ええ、機転も聞きますし。なんで騎士なんてやってるのか不思議なくらい」
もっと稼げる仕事があったのでは。
首を傾げるアルトにパドレイクは快活に笑った。お前の目に俺は随分とお優しく見えてるのだな、と。
「純粋なアルトくんに、獣人たちが設定してたポータルの行先を教えてやるとしよう」
「このタイミングで?」
「お優しい俺からのプレゼントだ。受け取ってくれるだろう?」
「遠慮しときますわ」
座標は獣人と、変更したパドレイクしか知らない。その彼が言うのだ。きっとロクな場所では無い。アルトは即座に首を振った。
気色の悪い顔してると思いましたよ。
案内した獣人を思い出す。嫌なこと思い出した。雑念を消すために、アルトは最後に残っていた肉に雑に齧り付く。
「それで、これからどうする?」
「一先ずは宿すかね。捜索が難航するかもしれませんし」
「だそうだが、リーダーの意見は?」
「うん」
「あー」
「こりゃあ、駄目だな」
頭を掻くパドレイクに、アルトもゆっくりと後ろを振り返る。
そこにいたのはルークだ。
力なく歩く彼は間違いなくルークだが、あの快活さは嘘のように鳴りを潜めている。金糸の隙間から覗く瞳は灰色で、焦点は定まっているのに、どこか別の場所を見ているようだ。
ルーク。
リーダー。
呼びかけても返事はない。あったとして、会話が成立するわけではない。
翡翠の瞳が歪む。
こんな姿は姉が死んだ時以来だろうか。
「ルーク。るぅぅく」
「うん?」
「魔法も機械の探知もいい加減なんで、今日は宿を取って、情報収集は明日からでいいすかね」
「うん」
「・・・・はぁ」
心ここに在らず。
ぼんやりと物思いに耽るルークに、苛立ちよりも心配が勝るのは幼馴染ゆえか。
あの幼い少女、エマと話してから彼はずっとこうだ。話しかければ返事はするが、生返事ばかりで会話になりやしない。
「一発殴れば回復するんじゃないか」
道中、そんな提案に乗って拳を構えたが、ルークの顔を見てすぐに計画を中止した。ショックで放心しているとばかり思っていたが、違った。
何かを考えていた。
深く深く、こちらへの返答が疎かになるくらいに思案しているのだと、アルトはすぐに気が付いた。
「エマちゃんに何か吹き込まれたか、あるいは聖女喰いの対策で悩んでいるか・・・」
「どちらにしろ、明日には正気に戻ってもらわないと困るんだがね」
「そうっすね」
今度はあんたが殴ってくださいよ。
馬鹿、斬られるわ。
わっはっはっ。
肩を組んで、背中を叩いて、豪快に笑う。ちらりと振り返るが、らしくもない態度を取ってもルークの視線は動かない。
「.......教会行きましょうか」
「そうだな」
溜息が漏れるのも仕方ない。
このパーティのリーダーはルークだ。情報収集や作戦はこちらで立案できるが、最終決定権は彼にある。特に今は急を所要する事態だ。昔馴染みとしては好きに思案させてやりたいが、サラのことを考えると甘いことは言っていられない。
「ルークは誰が見る?」
「見張りなんていりませんよ。聖遺物の前に放置して、オレたちは情報収集と行きましょ」
「.......前から思っていたが、大事だって言いつつ扱い雑だよな」
「そうですかい?」
こんなもんですよ、幼馴染なんて。
続けた言葉にバドレイクは苦笑いで返した。
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