52、新たな旅立ち
「本当に行ってしまわれるのですか」
名残惜しげな声が、エマを引き止める。それに彼女は笑って頷いた。
昨夜の宴会から一夜明け、エマたちは獣人村を後にしようとしていた。
意外なことに見送りの数は多く、森で出会った子供たちの姿も見られた。彼らの親も興味深そうにこちらを観察している。
この親にしてこの子あり。
好奇心旺盛な性格は、しっかりと遺伝しているらしい。
笑顔でこちらに向かって手を振る子供たちに、苦笑いしながら手を振った。
悪い大人に捕まるなよ。
「これはドーレイ国への地図だ。かの国とは同盟を結んでいる。この証を見せれば、客人として迎え入れてくれるだろう」
ルイから通行許可証が手渡される。
かの王曰く「望まれない契約は、契約ではない」らしく、ドーレイ国に持ち込まれた、獣人の大半は、獣村に返還される契約を結んでいるらしい。
スムーズな返還のために、ポータルでドーレイ国まで飛ぶことができるとデイビッドが教えてくれた。
「もう少し滞在してもいいんじゃない?」
「そうです。まだエマさんの恋愛経験について語ってもらっていませんし」
「いつそんな約束した?」
「したっけ?」
「していません」
約束を捏造するんじゃない。
真面目な印象とは裏腹に、コナーは意外とおちゃめだ。対照的に1番小さなロッティは、しっかりしている。長女だからだろうか。
「カエラちゃんも何か言ったら?助けて貰ったんだし」
「されてないし、」
「またそんなこと言って、散々怒られたのに......ごめんね。エマさん」
ロッティの後ろで、こちらを睨み付けるカエラの態度は一貫している。盗賊から助けたとは言え、長年の人間不信を払拭するには、時間が足りなかった。
カエラのように、今だに警戒心をとかずエマ睨みつけている者も多い。
「白狐、早く人間から離れろ」
「そうだ、騙されるな。盗賊を招き入れたのは人間だ。治療は善意なんかじゃない」
「全部お前を騙すための芝居だ」
ギャンギャンわんわん。
やかましく騒ぎたてる声に怯えた白狐が、エマの後ろに隠れてしまう。
それを人間が白狐を押さえつけている、と騒ぎたてる彼らにデイビッドですらため息をついた。
彼らは集団幻覚でも見ているのだろうか。白狐のいた村を思い出す。
幻覚を見せる植物があったはずだ。近隣だからか、彼らもその毒に犯されているのかもしれない。
早々に病院に行くことをお勧めする。
「そろそろ行くよ」
「そうしたほうがいい。また暴走しないとも限らないからな」
「名残惜しいですが、仕方ないですね」
2人に挨拶をして振り返る。
後ろに控えていたはずのシオンに、白狐が何やら囁いていた。彼は面白そうだと笑うとエマに向かって手を伸ばす。
小さな体が地面から離れる。背中と膝裏に手を入れられ抱え上げられる。なぜ横抱きで抱え上げたのか。視線で問いかけるエマに、赤い瞳がいびつに歪む。
シオンの唇がエマの両耳に触れる。
小さなリップ音と共に聴覚が遮断された。
は?
「意味がわからない。おい、いい加減にしろ。なんで今、ふざけてる場合か」
「ああ、この愛らしい姿が数分しか見られんとは残念だ。白狐、早くせよ」
「んっ」
ここからの会話をエマは知らない。
ルイとデイビッドがなにやら口を開いて、呆気に取られたような顔をする。混乱するエマをよそに、表情に乏しかった白狐が笑った。それはそれは愛らしく、にっこりと笑った。
「頭が高い」
小さな口から放たれた暴言を、エマだけが知らない。
53話と視点が変わるので、短いけど切りました!次は白狐ちゃんのターンです!