表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
10/117

8、薬屋3


「なにをすればいい」

「まずは治療ね。ちゃちゃっとお願い」


指示通りちゃちゃっとやった。

詠唱も無い雑な回復魔法で薬屋の火傷を治療する。内部組織が中途半端にしか治らなかったが、壊死するわけでも無いので放っておく。せいぜい、シミが増えるだけだ。


「次は金魚鉢を落として」

「分かった」

「あ、掴んだら駄目よ。肘でね」


指紋を残すのは三流よ、とエマは箒を手に取る。

逆さに持ち肢をカウンターの下に滑り込ませると、手のひらサイズの植木鉢を突いて動かしていた。

指示に従い金魚鉢を探すと、戸棚の上にそれはあった。カウンターの後ろ、それも己が立つ場所の真上にコレを置くとは……。

薬屋は随分と頭が残念なようだ。


「いいよー」


エマの準備が整ったようだ。

彼女が移動したことを確認すると、シオンは指示通り金魚鉢を肘で小突いた。

その動きに躊躇いは無い。

器が空中に投げ出される。ふわりも金魚が浮いて、水と共に重力に従い落下していく。

ガッ、ガシャン。

抵抗することなく、金魚鉢は植木鉢を巻き込んで割れた。


「おー、完璧すぎる配置ね!わたしすごい」


水が床に広がる。散乱する土が水を吸い込んで、じわじわと色を変えていった。床を金魚が跳ね回っている。

これで準備は整った。エマが笑った。


「わたしの後ろにいてね」

「ああ」


さて、これからどう動くのか。

不安は無い。不満も無い。好奇心に濡れた瞳があるだけ。

シオンはエマの後ろに回り込むと、壁に寄り掛かり腕を組む。ちょっぴり悪どい彼女が、今度はどんな手を使うのか。実に楽しみだ、と不敵に笑った。


「起きて、ねぇ起きてったら」


シオンが後ろに回り込んだことを確認すると、エマは薬屋の側にしゃがみ込んだ。横たわる男を揺する。


「うっ」

「薬屋、起きて」

「ぁ......エマ?」

「良かった。痛い所は無い?」

「俺はなにを」

「あなた疲れてるんじゃない?急に倒れるなんて.....少し休んだ方がいいわ」


あくまで優しく、そして気遣わしげに。状況を把握しようと忙しない視線を己に誘導し、情報を遮断させることは忘れない。

カウンターに手をつき緩慢な動きで立ち上がった薬屋は、頭を押さえぼんやりとしている。だがシオンを見た瞬間に跳ね上がる。腰を抜かし震える指で彼を指差すと、バケモノと口にした。

ああ、やはり忘れていないか。

ふたりは顔を見合わせると頷いた。

小芝居の開始である。


「それは酷いんじゃない?彼は倒れてたあなたを介抱してくれたのよ」

「介抱?なにを言っているんだ。エマだって見ただろう!こいつは俺の顔をや、焼いて!あんなに熱くてい、いた痛く......ひゅっ」

「焼かれて.....?ちょっと正気?」

「火が、火がいっぱいで」

「可哀想に夢と現実の区別が付かなくなるなんて.....」

「夢!?エマこそなにを言って、顔だってこんな火傷で」

「火傷?」


エマは用意していた手鏡に薬屋を写した。

そして一言。


「火傷なんてないじゃない」

「ふざけるな!こんなにひどぃ........は?」


ペタッ、ペタペタ。鏡を、続いて顔を触る。だがそこには火傷などない。ただ綺麗な肌が広がるだけだ。エマは内心でほくそ笑んだ。


「....違う。だって俺は焼かれて」

「火傷なんて一つもないわ」

「そんな、どういうことなんだ....?」


何度見ても触れても火傷も痛みも無い。いつもどおり綺麗な肌がそこにはあった。焼け爛れたはずの顔などどこにも、無かった。

なぜ。思考がで停止する。では、あの痛みは。肌が、細胞が、己が壊れいく恐怖の時間は。間近に迫った死の感覚は。いったい何だったというのか。


「きっとこれのせいで幻覚でも見たのね」


鈴を転がすような声が意識を掬い上げる。

揺れる視線を向ける。そこには、痛ましいと眉を顰めたエマが床を指差していた。

転がる金魚鉢だったものと、割れた植木鉢があった。

あっ、と声が漏れる。

植えてあったのはゲンカーク草だ。ゲンカーク草はその名の通り幻覚を見せる草だ。水に濡れると葉に含まれる成分が気化し、周辺に幻覚を見せる危険な薬草。それが水に濡れていた。

なにが起こったのかは一目瞭然だった。


「きんぎょ、ばち」

「落とすなんて、ツイてないわね」

「そうかそれで水が.......」


火傷は幻覚。顔面に水をかけられたように感じたのは、倒れたことで床に溢れた水に触れたから。それなら全て説明がつく。

薬屋は椅子に座り込んだ。

なんだ己の不始末のせいではないか。


「今日はもう休んだ方がいいわ。片付けておくから、ね?」

「.....うん、そうするよ。あなたもすまない。初対面なのに疑ってしまって」


その声に覇気はなかった。

エマに促されると、ふらふらと薬屋は奥に戻って行った。その背中をじっと眺めていた彼女は、扉が閉まるのを確認すると振り返った。その顔には満面の笑みが張り付いていた。なんならガッツポーズもしていた。

うっきうきで杖を振った。軽やかに、まるで音楽でも奏でるように。


「星よ導け、あるべき物をあるべき場所に『整列(ユクスター)』」


破れたガラスがふるりと震える。床に落ちた水が揺れた。床を跳ねていた金魚が重力に逆らい滑空する。土が割れた鉢が、命を持ったかのように歩き出す。まるでパズルのピースを埋めるように、残骸たちは己が場所へと帰って行った。

気がつけば、金魚鉢も植木鉢も元に戻っていた。

ヒビのひとつ、土の一粒すら落ちていない。


「よし、こんなもんでしょ」


ふん、とエマが鼻を鳴らした。

自画自賛は忘れない。

片付け魔法は一般家庭でも使われる魔法だ。この程度なら探知に引っかかることもない。手早く済ませるとエマは紙袋を引っ掴んだ。


「行くわよ」


顎で出口を指すと、エマは颯爽と薬屋を後にした。その様子を興奮した様子でシオンだけが眺めていた。




読んでいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ