第5話:ちょろイン攻略
さて、魔王から聞いた通りなら、今日はヒロインのクララと軍神アレス……もとい、第一王子のカミルとのイベントね。
休み時間に取り巻きの2人と廊下を歩いていると、角のところから出てきたヒロインのクララとぶつかって、私がヒロインを罵倒。そこに第一王子カミルが現れて……ということなんだけど……。
”強制イベント”らしいから、回避不可能なんだよね? 本当に絶対に回避できないのかしら? そう考えながら、問題の廊下の角の前に差し掛かった。
そもそも、ヒロインとぶつからなかったらイベントにならないわよね?
「あら、小鳥が鳴いているわ」
と、角の前で立ち止まり窓に目を向けた。
出会い頭にぶつかるっていうなら、タイミングをずらせばぶつからないわよね? ヒロインが角から歩いてきて、すれ違って終わりのはず。
と思っていたけど、なかなかヒロインが現れない。
「あら、あんなところにも」
まだ? おかしいな?
私は時間稼ぎをしていたが、なかなかヒロインが曲がってこない。
そのうち、
「お姉さま。早く教室に行かないと、授業に遅れてしまいますわよ」
と、取り巻きのヴェラが促してきた。
仕方がなく、
「ええ。そうね」
と、私は歩き出した。
ヒロインが歩いてこないってことは、ここじゃなくて別のところだったのかしら? と思っていると。
いきなり廊下の角から、凄い勢いでヒロインが飛び出してきた。
(くそっ! 待ち構えていたか!)
だけど、私も昨日で学習済みだ。バックステップで後ろに下がり、私を左右から羽交い絞めにしようとしていた取り巻き2人から逃れた。
(やっぱり、この2人が邪魔しに来た)
着地した後、さらに右にステップ。華麗にヒロインの突進をかわす。
「ちぃっ!」
と、私にぶつかり損ね、倒れこんだヒロインが舌打ちする。
(やった! これで、イベント回避よ!)
だけど、むくっと立ち上がったヒロインが、またもや私に向かって突進してきた。
(もう、偶然とかいう建前も放棄か!)
再度、かわそうとする私だったが、後ろから羽交い絞めにされた。でも、取り巻きの2人は私の視界の先にいる。
(だれ!?)
振り返ると、見覚えのない女学生が私を羽交い絞めにしている。
まさか、モブまで!?
身動きできない私を見たヒロインがにやりと笑う。
(じゃ邪悪だ……)
「ごふっ!」
と、みぞおちに体当たりを受けて声を漏らした。
「まあ、私ったら……」
と、ぶつかった瞬間、今までの突進がなかったかのように、ヒロインがかよわい声を上げた。
(こ、こいつ……。いけしゃあしゃあと……)
みぞおちへの体当たりに悶絶している私がうずくまり返答できないでいると、やはり取り巻き2人が私の代わりにしゃべりだした。
「貴女、昨日も私にぶつかりましたわよね! わざとなの!? と、お姉さまがおっしゃっているわ!」
(ええ、それは同感だわ)
「これで偶然だなんて、言わせませんわよ! と、お姉さまが言っているわ!」
(同感よ)
「そんな……、わざとだなんて……」
(嘘つくな……)
そこにイベント通りに第一王子カミルが、さっそうと現れた。
「アーレンベルク公爵令嬢、どうなされたのです?」
私に向かってにこやかに微笑む第一王子に、思わずくらっとした。
(やっぱりイケメン圧が……。でも、私に近づいているのは権力目当てなのよね……)
そんなことを考えていたが、みぞおちへの体当たりに声が出せないままだ。
「この下賎の娘が私にぶつかってきたのですわ! と、お姉さまがおっしゃっていますの」
と、取り巻きが私の代弁をする。
(あ、王子相手にも、それ続けるんだ)
「なるほど。確かにそれはいけませんね」
と、私に微笑む第一王子。
(いや、私が言ったんじゃないが)
そういえば、魔王が言うには第一王子は粗暴な人物らしいけど、私の前では礼儀正しいのよね。やっぱり私が権力者の娘ってことで遠慮しているのかしら。
でも前にデニスに対してキレてた時は、確かに粗暴な感じだったわね。
「だが見たところ偶然のようだし、許してあげてはどうでしょう」
(お前の目は節穴か!)
「ですけど2度もぶつかっておいて偶然なんて! と、お姉さまもおっしゃっていますし」
と、取り巻き。
(そうよね)
「はは。そういうこともありますよ」
と笑う王子。
(ねえよ)
「それに、下々の者の多少の無分別は、大目に見るのも上に立つ者の役目でしょう」
「確かにそうですわね……、とお姉さまがおっしゃっていますわね……」
(お~~い。会話がおかしいぞ~~)
いっそ、私が何もしゃべれなければどうなるのかと思っていたけど、かまわず続けるようだ。
「はは。この場は私の顔に免じて許して差し上げてはいただけませんか?」
「カミル殿下がそうおっしゃるなら……、とお姉さまがおっしゃっておいでです」
「ありがとう、アーレンベルク公爵令嬢」
第一王子はそう言って私に向かって微笑んだ。
私を殺そうとするとはいえ、やはりイケメンには違いないので、イケメン圧に屈しそうになるけど、強制イベントの時は文字通り強制的に話が進むのであまり関係ない。
っていうか、以前の私だったら、強制ではなく自分の意志で話せているはずだから、やっぱり以前はそれほどイケメン圧を感じてなかったってことよね。
「さあ、君も」
と、廊下に倒れるヒロインに手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます……」
ヒロインは突然現れた王子に顔を赤らめながら、遠慮がちにその手を取って立ち上がらせてもらった。
よく考えたら、結構長い間倒れたままだったのか。普通だったら、とっとと自分で立ち上がってるだろ! と思ってもイベントだから仕方がない。
「怪我はないか?」
「は、はい。大丈夫です」
いや、怪我があるとすれば、体当たりを受けた私だろ。
「それはよかった。それではアーレンベルク公爵令嬢、寛大なお心感謝する」
そう言って、第一王子のカミルはさっそうと立ち去った。
一見、私にも友好的だけど、魔王が言うには、この時すでに王子から見れば、私がヒロインをいびっているように見えていて、私に反感を持っているって話だけど……。納得いかね~~。
「そ、それでは私も……」
と、ヒロインのクララも立ち去ったが……。
結局、あいつ、ぶつかった私に一言も謝ってないよね? っていうか、ぶつかったというより、体当たりだったわけだけど。
まあ、これも”イベント”なんだから仕方がないのかもね。問題はこれからだわ。
イベントでのやり取りには手の出しようがないのは良くわかった。重要なのはイベント外の行動ね。
魔王の言う通り、イベント外のところでヒロインと仲良くなるために昼休みにヒロインに会いに行こう。
だけど午前中の授業が終わるとともに教室を出て、ヒロインの授業が行われていた教室に向かう私を取り巻きたちが妨害しだした。
「お姉さま。どこにいらっしゃるの? 私たち、お姉さまとおしゃべりできると楽しみにしていましたのに……」
と、台詞はしおらしいが、左右から私の腕をがっちりと掴み振りほどけない。
これはヒロインの”イベント中”ってやつか。会おうと思った時間帯にヒロインにイベントが発生していると、そのヒロインに会うのを周りのキャラクターが全力で妨害してくる。
2人が邪魔するってことは、今、ヒロインは別のイベントをしてるってことだ。
まあ、ゲームも始まったところだし、日常イベントも多いのかな?
仕方なく、昼休みは諦めて放課後にもう一度トライすることにした。
昼休みは取り巻きの望み通りおしゃべりをして過ごしたが、その内容はいたって自然なものだった。
「先日、ヨハン伯爵令嬢のお茶会にご招待いただいたのですけど……」
と、いかにも貴族令嬢たちの会話だ。
私も、魔王からゲームの中の世界だって教えてもらっていなかったら、全然ゲームの中だなんて思わず、公爵令嬢として普通に暮らしてたんだろうな……。
でも、このまま行ったら、ヒロインは攻略対象の誰かと結ばれて、私はそいつに殺されちゃうんだよね。
そう思うとのんびりとはしていられない。
放課後、
「ちょっと用事があるの」
と、取り巻きの2人に言って教室を出ると、特に妨害はなかった。どうやらヒロインはイベント中ではないらしい。
学校は王都にある。王都に屋敷を持つ有力貴族は自分の屋敷から通うが、王都に屋敷を持たない地方の小貴族は学校の寄宿舎に住んでいる。下級貴族のヒロインは寄宿舎に住んでいるので、いったん学校から寄宿舎に向かう道に入って、そこから改めてヒロインの学年の校舎に向かった。
ちなみに私は2年で、ヒロインは1年。校舎は学年が高くなるほど寄宿舎に近くなるので、授業が終わってすぐに寄宿舎に向かう道に入った私が、ヒロインと行き違うことはないはずだ。
しばらく歩いていると、思った通り、寄宿舎に向かうヒロインが前から歩いてきた。
「こ、これはアーレンベルク公爵令嬢様。先ほどは申し訳ありませんでした……」
ヒロインは心底申し訳なさそうに、今度は丁寧に頭を下げた。
なるほど、この子の記憶では、あくまで偶然にぶつかったことになってて、申し訳なくは思っているのね。あの時謝らずに立ち去ったのも、イベントで謝るという台詞がなかったからなのね。シナリオライター、ヘボくないか?
「いえ、私も、貴女がわざとぶつかったなんて思ってはいませんわ」
いや、わざとだったとは思うけどね。とにかく、ここは和解しないと。
「ありがとうございます! アーレンベルク公爵令嬢様。アーレンベルク公爵令嬢様にそう言っていただけるなんて、嬉しいです!」
と、ヒロインは心底嬉しそうだ。
でも、そういうものなのかもしれないけど、いちいちアーレンベルク公爵令嬢様って呼ばれるのもくすぐったいわね。
今までの私なら、そういうものかと思って気にしなかったんだろうけど、現実世界の記憶が戻ってくると違和感がすごいわ。
「気にしなくていいですわ。それに、私のことはアーデルハイドと呼んで下さらない?」
「え? そんな、私のような者が、アーレンベルク公爵令嬢様をお名前で呼ぶなんて、恐れ多いです……」
「それこそ気にしなくてよいわ。それに私も貴女のことは名前で呼ばせてもらうことにするわね。たしか、クララだったかしら?」
「わ、私の名前を知っていてくださっていたんですか!?」
と驚いているが、まあ、魔王に教えて貰っていたのだ。
「感激です! そ、それではアーデルハイド様……」
「ええ。よろしくね、クララ」
私は様をつけなくて良いよね?
「でも、どうして私なんかにお声をかけてくださるのです?」
あ、なんて答えよう? ゲームのヒロインだから、とは言えないよね。
「そ、それは、貴女が優秀な生徒だと聞いて、興味を持ったからですわ」
仕方がないから適当に答えた。
「そんな、優秀だなんて……。確かに私は、学年主席のバルリング伯爵令嬢様を魔法の模擬戦でコテンパンにしましたけれども……」
コテンパンって……。こいつ、結構いい性格してるな……。でも、この話に乗れば良いわよね。
「その通りですわ。その話を聞きましたの」
嘘だけど。
「ありがとうございます。まさかバルリング伯爵令嬢様をコテンパンにしたことが、アーデルハイド様のお耳にまで入るなんて……」
クララは顔を赤らめ俯きながらも嬉しそうだ。
なるほど。確かにちょろそうだわ。
「バルリング伯爵令嬢をコテンパンした、貴女の才能。一目置かせていただきますわ」
「はい。バルリング伯爵令嬢様をコテンパンしてよかったです!」
この後、『クララがバルリング伯爵令嬢をコテンパンにした』ことの話を詳しく聞いて、親睦を深めたのだった。
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