第3話:ゲームの世界設定
「さてと、じゃあ確認するが、お前はこの世界の”設定”をどの程度分かってる?」
「どの程度って、そりゃ、私だって今までこの世界で生きて来てるんだから、全部わかってるわよ」
あの後、学校が終わり、屋敷に帰った私の前に魔王がやってきた。そして、改めてこの世界の説明を聞いているのだ。
ベッドの傍の椅子に座る私に、黒づくめの魔王が語り掛ける。
「全部ったって、そりゃ、公爵令嬢として甘やかされて育てられてた世界での話だろ。”ゲームとして見たこの世界”ってことだ」
う~~ん。確かにこの世界がゲームの中だったなんて、全く考えたこともなかった。
「そう言われれば、何にも分かってないわね」
と私は白旗を上げた。
「まず、この世界っていうか、ゲームの舞台となるこのザクセンブルク王国では、各地で頻繁に魔族の襲撃がある。それほど強い魔族じゃないが、出現範囲は王国全土。広すぎて王家の兵だけじゃとても手が回らないから、各地の貴族に討伐命令を出している……っていうのはお前も知っているかも知れないが、問題はここからだ」
そう言って、魔王は説明を始めた。
王国に頻繁に出現する魔族の魔力が、星の軌道の影響により強まる時期になっていて、王国に滅亡の危機が差し迫っている。だが王国の人々はそんなこともつゆ知らず、「最近、魔族が少し強くなってきているな」とは感じているものの、危機感はなく、権力争いに明け暮れている。
魔族討伐に駆り出される貴族への不満を和らげるために王家は貴族を優遇し、自分では魔族を撃退できない弱小貴族は、魔族を撃退してくれる大貴族に恩義を感じて王家よりも大貴族に忠誠を誓っている。
その中でもアーレンベルク公爵(これは私のお父様ね)は、王国一の大貴族。今では王族の継承問題ですらその意向に左右されてしまうほどだ。
「っていうわけで、前にも言ったが、第一王子や第二王子は、お前と結婚すれば自分が国王になれると思ってお前をちやほやしてるってわけだな」
ちっ。イケメン王子たちにちやほやされてて気分よかったのに、そんな下心があったなんて!
「じゃあ、他の人たちはどうなの? その人たちも何か下心があるっていうの?」
「ああ、宮廷音楽家やら宰相の息子やら外国からの傭兵もみんなな」
「せっかくちやほやされてると思ってたのに……!」
「特に、長男だが側室の子である第一王子のカミルと、次男だが正室の子のデニス。この2人には王位がかかっているからな」
そういえば、お父様っていうか、こちらの世界の父もそんなことを言ってたわね。……っていうか、今までずっと自分の本当の父親と思っていた人が、実はゲームの世界のキャラクターでしかなかったなんて不思議な感じね。
でも、小さいころに遊んで貰ったり、勉強を褒めて貰って嬉しかったのに……。それって、現実でなかったって言うことなのかな……。なんだか、そう思うと悲しくなってくるわ……。
と感傷に浸っている私の事など気にした様子もなく魔王は説明を続けている。
「そんで、これも前に言ったが、そいつらは全員ヒロインの事を好きになるわけだが、自分以外の男がお前と結ばれるのが都合が悪いってんで、自分がヒロインと結ばれるとなるとお前のことを殺すってわけだ」
「あのサイコパスども!!」
おのれ……。自分の都合でちやほやしておいて、都合が悪くなると殺そうとするなんて!!
でも今はそれどころじゃないか。
「で、魔族の襲撃が頻繁になって来て、業を煮やした王家と貴族たちがそれぞれの思惑もあって、魔族討伐を決意する。しかし魔族の力は増大していて、返り討ちにあいそうになるんだが、ヒロインが持つ光の力で魔族の力は封じられる……ってなるんだ」
「へえ、じゃあ魔族負けちゃうんだ」
まあ、ゲームなんだから魔族が勝っちゃうわけないか。
「じゃあ、魔王の貴方はどうなっちゃうの?」
「ああ、その時には俺も倒されちまう。だが、次の瞬間にはゲーム開始日時点に戻ってるってわけだ」
「なるほど……。でも、何回でも生き返られるって保証がないから、生き延びられるようにしたいってことね」
「ああ。それと、今までは途中で殺されていたが、寿命を全うすれば元の世界に戻れるんじゃないかってのもある」
「そして、それは私も同じことってことなのね?」
「お。察しがいいな。その通りだ。で、俺とヒロインが結ばれる”魔王ルート”ってやつに入れば、最後の決戦の時に魔王は討伐されるんじゃなくて、王国側と魔族が和睦することになって俺は生き残るってわけだ」
「へー」
と私が話を聞いていると、不意に魔王が不思議そうな視線を向けていた。
「そういえば、お前ってこのゲームのこと何にも知らないんだな。それで、どうしてこの世界に入ってきたんだ?」
「どうしてって、じゃあ、貴方はこの世界が舞台のゲームで遊んだことがあるの?」
「ああ、実は姉がやってて、あんたもやってみたら? って進められてな。それで気に入ってやってたんだが、その姉が一人暮らしをするっていうんで、自分用のゲームを買って帰る途中で事故にあったっていう感じかな」
「へ~~。でも、じゃあ、どうやって自分が元は外の世界の人間だったって気づいたの? 私は、貴方がこの世界はゲームだって教えられて、それがきっかけで思い出したみたいだけど」
「おそらくはだが……」
と魔王は腕を組み、考えを整理するように話し出した。
「俺が現実世界の記憶を思い出す前から、何百回と死んでは生き返るを繰り返してたんだと思う。それが、この世界のキャラクターの誰かが、俺が現実の世界を思い出すような単語をたまたま口に出して、それを聞いて現実世界の記憶を思い出したんじゃないかな」
「それなんだったら、何百回繰り返しても、やっぱり死なないんじゃないの?」
「そういう意味じゃ、正確には、次にも現実世界の記憶を引き継いだままやり直せるか分からないってことだな」
「それって……」
「ああ。もしかしたら、次にやり直すときには記憶をなくして、ほかの奴らのように決められたイベントをこなすだけの存在となって永遠に生き続けることになるかも知れないってことだ」
「なんか。それって、死ぬより嫌っぽいんだけど……」
寒気を感じ、思わず私は自分で自分の身体を抱きしめた。
「まあ、それは今考えても仕方がない。とにかく、俺はそうやってこの世界に来たんだが……」
「私はどうしてこの世界に来たんだろう……? 確かに私も事故にあった記憶はあるけど……。そんなゲームしたことなかったわよ?」
「このゲームをやりこむことが条件じゃなくて、単に事故にあったときにゲームが傍にあるのが条件なら、もしかすると、お前を轢いた車にこのゲームが載せてあったのかもな」
「う~~ん。そうなのかな……」
とにかく、この件に関しては結論が出そうにない。
「話を戻そう。その”魔王ルート”に入るために、ヒロインと第一王子や第二王子といった他の攻略対象たちとの親密度が上がるのをお前に阻止して欲しいんだ。そうすれば、お前も死ななくて済む」
「そうすれば、私も生き延びて、シナリオライターの言う通りになるなら”わりと幸せ”になれて、その後はもしかすると元の世界に戻れるかも知れないってことなのよね」
「その通りだ。お前にとっても損はない話だろ?」
「確かにね」
「で、何をすれば良いかだが、これは前にも言ったよな?」
「ええ、たしか、ヒロインと仲良くなって好感度を上げるんだっけ?」
「ああ。ゲームをしているときに、次にどんな行動をするかを選択する時があるだろ? この世界のヒロインはその時の気分で選択するのは分かっている。だから、そのイベントを選択する時に、ヒロインに攻略対象と会いたくないと思わせておけば良いんだ」
「でも大丈夫かな? 今日、学校でヒロインがぶつかってきて、私の取り巻きたちが罵倒してたんだけど」
「ああ。簡単ではないかも知れないが、つけ入る隙はある。何せ、”ちょろイン”だからな」
「ちょろイン?」
「はっきり言って、ヒロインだけじゃなく、この世界の住人は全員”ちょろい”。数回会って会話をするだけで恋人同士になるような奴らだからな」
「でも、それってゲームの”イベント”だからじゃなくて?」
「俺たちにとってはイベントだが、この世界の住人にとっては、それが”普通のこと”なんだ。ゲームでのイベントや設定との辻褄があうようにこの世界は出来上がっている。数回会って会話すれば相手を好きになるなんてのは、この世界では”普通”のことだ」
「なるほど」
「とにかく、お前はゲームのイベントが発生する時以外は、ゲームの設定の範囲内ならヒロインと会うのに何の制限もない」
「設定の範囲内って、つまり、無遅刻無欠席の私は、授業をさぼってヒロインに会いにはいけない、とか?」
「察しがいいな。その通りだ。イベントがない時の昼休みや放課後にちょくちょく会って仲良くしておけば、お前のことを好きになるはずだ。何せ”ちょろイン”だからな」
「分かったわ」
私はうなずいたけど、疑問もある。
「今まで何百回も繰り返してたんなら、1度くらい魔王ルートになっててもおかしくないんじゃないの?」
「いや、魔王ルートは、攻略本を見て、意図的にルートに入るような選択を何度もして、やっと入るルートだからな。それってつまり非常識な選択を繰り返すってことだ。この世界の住人だって、影響を受けなければ常識的な選択をする。何百回繰り返しても魔王ルートにはならないんだよ」
「なるほど……」
魔王って、現実世界で言えばヤクザよりやばい奴なんだろうし、確かに私だって、通学路にヤクザの事務所があったって、1万年学校に通ってもヤクザの事務所に入ってみようとは思わないわ。
その後、魔王から次に起こるイベントなどの説明を聞いた。
長い説明が終わり、魔王はやれやれという感じで腕を組み、壁にもたれかかった。
「お前って、中身入ってたら、そんな感じになるんだな……」
「そっか……。貴方は、私が入ってないっていうか、この世界の登場人物通りの私に会ったことあるんだよね」
何か、日本語的にはおかしいけど、まあ、魔王には通じるでしょう。
「ああ。初めはこの世界がゲームの中ってことを理解させるのだけで一苦労だったぜ」
「初めはって?」
「何度もやり直しているからな。そのたびに一から説明だよ」
「へ~~。大変そうね」
魔王は、しばらく黙ってその時のことを思い出しているかのような顔をしていた。
「まあ、今回は中身がいてくれて、話が早くて助かったよ」
そう言うと、魔王は一瞬、これまでの魔王っぽい邪悪な笑顔ではなく、本当に嬉しそうな、でもちょっと悲しそうにも見える笑顔になったように見えた。
けれども次の瞬間には真顔に戻って、無言で暗闇に消えて行ったのだった。
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