08.かくして婚約破棄が決定しました
結局、ルートヴィヒを呼び出せたのは彼とローゼマリーとのお茶会が終わって、彼女が満足して帰っていってからになった。
それまでグントラムはじりじりしながら待ちぼうけを喰らうハメになった。もちろんそれ以外の公務や所用は全てキャンセルである。一方で皇帝夫妻は子供世代の初々しい恋の話に妄想を膨らませて、キャッキャウフフとお花畑全開である。
いやホントに大丈夫なのかブロイス帝国。皇帝夫妻はもちろんだが、グントラムだってこれでも海軍省長官で、要するに大臣のひとりなのだが。
いやホントに大丈夫なのか。
「父上、母上、お呼びと伺いましたが……、アスカーニア公まで、どうなさったんです?」
皇城の謁見の間、ではなく、隣接する皇宮のサロンに呼び出されたルートヴィヒは、その場に両親と婚約者の父の姿を認めて、訝しげに表情を翳らせる。
「いやあ、それがなルーや………」
かくかくしかじか。
「なるほど、そういう事ですか………」
シャルロッテの秘めた恋の話を聞いて、しばし考え込むルートヴィヒ。
「お前がロッテとあくまでも婚姻したいというなら仕方ないが、もしも手放してもよいと考えるなら、あの子の恋を叶えさせてやってはどうかと思うんじゃよね、ワシ」
「それはまあ、僕だってそれでロッテが幸せになるなら嬉しいですし、そのために一肌脱ぐのにやぶさかではありませんが、父上と母上はそれでよいのです?」
「「えっ?」」
「だって、おふたりとも彼女がうちの子になるってあれほど大喜びしてたじゃないですか。それを今さら手放せるんです?」
「………おいそこ、胸押さえて黙り込むな!」
「だってグンちゃん………(泣)」
「『グンちゃん』でも『(泣)』でもねえからなヒルト!?」
「アスカーニア公としてはどうなんです?」
「う、いや、それは……まあ、可愛い娘の恋は叶えてやりたいのが親心でして………」
シャルロッテはアードルフが好き。
そしてローゼマリーはルートヴィヒが好き。
どっちも叶えてやりたいし、叶えられるなら全て丸く収まるのだが、そう簡単に婚約者の変更などできないとグントラムだって解っている。
そもそも皇室に嫁ぐためには厳しい審査を経た上で帝国議会で婚約者として承認されなければならず、婚約者として認められても皇妃教育を修了せねばならない。その他に国内外への御披露目や、皇子の婚約者として与えられる公務などもある。
そしてシャルロッテはその全てをすでに終えていて、すでに公務もこなしている。だがローゼマリーは当然ながらまだひとつもクリアできていない。それなのに今さら婚約者を入れ替えようとすること自体が無茶なのだ。
その無茶を、アスカーニア公どころか両親たる皇帝夫妻までやらかそうとしている。そのことにルートヴィヒは内心で苦笑して、やれやれとため息をつくほかない。
正直、ルートヴィヒにだってシャルロッテへの情はある。6年も婚約してきて、彼女と夫婦になって一生添い遂げるものと思ってきたのだし、そのために情交を深めて愛を育んできたつもりなのだ。だがそれでも、彼女でなければというほどまで惚れぬいてはいなかったし、それは彼女の方からも感じたことがなかった。
「分かりました。そういうことなら僕も協力しましょう」
「本当ですか殿下!」
「ただし、ローゼマリー嬢の立てた計画通りに実行すること。それが僕からの条件です」
そうして出されたルートヴィヒの提案に、皇帝夫妻もグントラムもさすがに青褪める他はない。
ローゼマリーの計画をそのまま実行する。それはつまり、衆目の面前でルートヴィヒがシャルロッテに対して婚約破棄を突きつけて断罪するということだ。
「何故ですか殿下!?そんな事をすれば殿下にもシャルロッテにも瑕疵が付きかねませんぞ!?」
「だから、そうならないために、これから計画を練るんでしょう?」
そう言ってルートヴィヒはニヤリと笑った。
それを見てグントラムは、ああ、この皇子もこのふたりの子供なんだな、としみじみ納得する他はなかった。