06.全部バレてた
「さて、それでは君の立てた計画を、改めて全部私に聞かせてもらえるかな?姉思いの可愛いローゼマリー嬢?」
ヴェリビリ帝国学舎の中央教棟四階、皇族専用フロアの案内された応接室で、テーブルを挟んで向かいに座ったルートヴィヒににこやかな笑顔でそう言われて、ローゼマリーは固まってしまった。
わたしの立てた計画?殿下は何を仰っておられるの?まさか、全部バレてるの!?
い、いいえ!そんなことあるはずがないわ!
「殿下、計画とはなんのことでしょう?わたくしはとんと身に覚えが━━」
「ないんだ?」
ふうん、と目を細めるルートヴィヒの反応に、ローゼマリーの心胆が冷えていく。もしかして、本当にバレてるの!?誰にも話してないハズなのに!
「ロッテの想い人って、ブレンダンブルク辺境伯のアードルフ卿なんだってね?」
バレてる━━━!?
「ロッテは子供の頃からずっとアードルフ卿のことが好きだったのに、周りの大人たちが気付かなかったばっかりに僕の婚約者に選んでしまった。だから彼女はその想いを胸に閉じ込めたまま、今まで誰にも打ち明けなかった。
でも先月、彼女が寝込んでいた時、うわ言で呟いているのを君が聞いてしまったんだよね?」
全部バレてる━━━━━!!
なぜ!?一体どうして殿下にバレてるの!?
「ああ、安心して。知ってるのは僕だけじゃないから」
安心できる要素がひとっつもありませんわ!
ていうか、他に誰がこのことを知っているの!?
「というか、君たち姉妹以外の全員が知ってるからね?」
「ウッソぉ!?」
必死で脳内絶叫に留めていたのに、とうとう声に出てしまったローゼマリーである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一体なぜ、ローゼマリーの計画はルートヴィヒにバレていたのか。
姉を不当に貶めてルートヴィヒの婚約者の地位を奪う計画を立てたローゼマリーが出かけたあと、彼女の専属侍女ゾフィーは命じられたとおりに部屋の掃除をするために、使用人たちを連れてローゼマリーの部屋へ入った。
彼女は真っ先に書物机をチェックする。狙いはローゼマリーがいつも書き残しているメモである。
だってメモさえ見れば主人が何を考えて何を求めていてどう対応すればいいのか、全部書いてあるのだから。ちょっと癇癪持ちで何でも自分の思い通りにしたがるワガママな一面のあるローゼマリーに仕えるのに、メモを見ない選択肢などないのだ。
だが、いつも通りに置いてあったメモをあらためたゾフィーの顔色がみるみる変わる。彼女の様子を訝しんだ使用人たちが思わず手を止めたところで、ゾフィーは「ちょっと旦那様にご指示を仰いで来ます!あなた達はそのまま掃除をしておいて!」と言い残すやいなや、メモを持ったまま部屋を飛び出して行ってしまった。
ゾフィーから渡されたメモを読んだローゼマリーとシャルロッテの父、アスカーニア公爵グントラムは頭を抱えた。だってゆくゆくは皇子妃になって皇后の地位さえ望める愛娘シャルロッテが、事もあろうに社交界で敬遠されまくっているブレンダンブルク辺境伯アードルフをずっと慕っていたことに、今この瞬間まで全く気付いていなかったのだから。
しかも、それに気付いて独自調査まで断行したローゼマリーが姉の初恋にお節介を焼くついでに、ルートヴィヒに婚約破棄させてちゃっかり自分が後釜に座ろうとか考えてるなんて、露ほども思っていなかったのだから。
まさしく青天の霹靂とはこのことだ。
しかも考え方もヤバければ方法がさらにヤバい。どう考えても関係各所に甚大な被害が出かねないばかりか、万が一成功したとしてもシャルロッテは初恋以外の全てを失いかねない。しかも何が酷いかってアードルフの意向がまるで考慮されていないのだ。もしも彼がシャルロッテを妻とすることを嫌がったなら、その時にはシャルロッテは全てを失い破滅するだけではないか。
ローゼマリーが視野狭窄に陥っているのは明白だ。だってメモにはルートヴィヒが自身を選ぶとなんの根拠もなしに書かれていて、しかも彼に溺愛され幸せになる彼女自身の妄想が具体的にセリフ付きで延々と書かれているのだ。まあ彼女の名誉のために敢えて内容は伏せておくが。
「こ、これに書いてある計画は本当なのか……?」
「ローゼマリーお嬢様はご自身のお考えを全てメモにまとめて思考を整理する癖がございます。嘘や余計なことはお書きになりませんので、まず間違いないかと」
「何ということだ………!」
グントラムはすぐさま最愛の妻フェオドラにもメモを見せた。だが彼女は「あらあらあら、まあまあまあ!」と絶句したきりニヨニヨするばかりで、これはもう妄想の世界へ旅立ってしまったから役には立たない。
それにしても、可愛い可愛いシャルロッテが幼い日のあれ以来ずっとアードルフを慕っていたと判明した以上、親としては何とか叶えてやりたい。だがしかし、彼女はルートヴィヒの婚約者になってすでに6年。ふたりが帝国学舎を卒業し次第婚姻の準備が具体的に動き出す手はずになっていて、それまでに残された時間は約1ヶ月しかないのだ。
つまり、もう一刻の猶予もない。
「とっとりあえず、わしは皇城へ行ってくる!」
グントラムは家令に直ちに先触れを出すよう命じ、自室で身なりを整えると慌ただしく邸を出て行った。これがローゼマリーが皇城へちょうど到着するくらいのタイミングであった。