29.事の顛末、それぞれの幸せ(1)
リン宮中伯の招集した選帝会議は紛糾に紛糾を重ね、あの卒業記念パーティーを挟んで三日三晩にわたって協議した挙げ句、ひとつの結論を出した。
それが現皇帝フリードリヒ4世の廃位と、その長子エーリカの夫になるアレマニア公国のヨーゼフ・フォン・ヴァイスヴァルト侯爵が婿入りして即位すること、である。
ヴァイスヴァルト侯爵家はアレマニア公国の公王家であるシュヴァルツヴァルト公爵家の分家にあたり、侯爵位を先年継いだヨーゼフはアレマニアの現公王のアルフレートの従弟でもある。
なんで他国人のヨーゼフが皇帝に登極するのか。それは皇位を継承する適任者が他に存在しないからである。
フリードリヒ4世夫妻は今回の婚約破棄騒動を知りながら黙認し、阻止するどころか積極的に加担したため、いたずらに帝国の名声を傷つけ利益を損なわせた背任行為に問われた。立太子予定だったルートヴィヒも同様、それを止めなかったハインリヒやエーリカも同罪だ。
だが現在の皇位継承権はこの皇帝一家にしかない。そのためエーリカと婚姻する、つまり皇帝家であるフォーエンツェルン家に婿入りする予定のヨーゼフが「みなし皇帝家縁者」として皇位継承権を与えられたのだ。
そうすればヨーゼフの代では混乱はあれどその次世代はエーリカの子、つまり元のフォーエンツェルン家に皇位が戻る。ヨーゼフを即位させることはそれだけ彼の祖国であるアレマニア公国を立てることにも繋がり、国際外交上も悪い選択肢ではない。少なくとも表向きは理不尽な婚約破棄をした皇帝家を断罪することで、ブロイス帝国の健全さのアピールにもなる。
それが、選帝会議の出した結論であった。
「だから!どうして皆様そう極端なのですか!」
シャルロッテの血を吐くような怒声が、ルートヴィヒの執務室のみならず廊下にまで響きわたった。
「しかもそう決まったからといって、両陛下や殿下がたをただちに皇城から追い出そうとなさるなんて!」
そう。先ほどルートヴィヒとエーリカがリン宮中伯に詰め寄っていたのは、即日の退去を求められた彼らが宮中伯に抗議していたのである。
「じ、じゃが選帝会議で決まったからには━━」
「だからといって!ヴァイスヴァルト侯が即位するにもまだ準備期間があるでしょう!?宮中伯は帝位に空白でも作るおつもりなのですか!?」
ヴァイスヴァルト侯ヨーゼフはそもそも、帝位登極どころかエーリカとの婚姻もまだである。今はまだ彼女の婚約者であるというだけで、婚姻式の予定はおよそ半年後、それ以降でなければ登極の正当性も得られない。
「じ、じゃがしかし━━」
「しかし、何です!?」
「この婚約破棄の始末をどうつけるかで会議が長引いたせいで、わしあの断罪劇を見られなかったんじゃもん!あんなに楽しみにしとったのに、どうしてくれるんじゃ!」
絞り出したように飛び出したリン宮中伯の本音に、一同呆気にとられてポカンとする。せめてその責任は取ってもらわんとワシの気が済まん、とか何とか宮中伯の独白が続いていたが、もはや誰も聞いていない。
『いやいやいや!』
宮中伯以外のその場の全員の声が綺麗にハモった。
『ただの私怨かよ!!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、すでに選帝会議のほうでアレマニア公国側にも正式に通達が出されていると判明して取り消すわけにもいかなくなり、帝位の交代は選帝会議の議決どおりに行われる運びとなった。ただしエーリカが皇后になることから、ハインリヒ、ルートヴィヒおよびその弟のマインラートは「皇弟」として皇位継承権を残されることになった。まあ皇后の弟で新皇帝の義弟になるわけだから、妥当なところであろう。
エーリカとヨーゼフの婚姻は予定通りの期日で変わらず、即位は婚姻式と同日に決まった。ただしヨーゼフは元々登極する予定ではなく改めて国秘教育を施す必要があるため、それを修了するまではエーリカが摂政として事実上の女帝となる予定だ。
「あーあ、わたくしはお嫁にも行かずに皇室に残って悠々自適な皇女暮らしを満喫するはずだったのに~」
母と同じで働きたくないグータラ皇女のエーリカがぼやいているが、それはもう諦めてもらうより他にない。
というかむしろ問題は末っ子皇子のマインラートである。彼は今、アルヴァイオン大公国にある〈賢者の学院〉に留学していて、今回のことをまだ何も知らされていないのだ。来年卒業予定だが、帰ってきたら自分が「皇子」ではなく「皇弟」になっていた、などと知ったらどんな顔をするだろうか。それを思いやって頭の痛いシャルロッテである。
「いやまあ、それはそれで受け入れるとは思うが」
ハインリヒ皇子(まだ皇子)はあっけらかんとしたものである。あいつはルー以上に享楽的だしな、とか何とか言っていて、それはそれでトラブルになりそうな予感しかないのだが。
「いや待って!?僕が皇帝!?何それそんなの聞いてないよ!?」
ブロイス選帝会議からの正式な通達を受けて慌てて飛んできたのはエーリカの婚約者(現在のところ)のヨーゼフである。エーリカのひとつ歳下の19歳で、見目もよく魔術師としての腕も確かな若者だが、どうにも頼りない印象のある人物だ。
「ごめんねヨーゼフ、ほんとゴメン。うちのルーがさあ」
「そんなこと言って、どうせ君も焚き付けたんでしょ!?」
「……………やっぱバレる?」
「バレるよ!僕が今までどれだけ君の後始末してきたと思ってるの!」
「その調子で、これからもよろしくね♪」
「…………ああもう、先が思いやられるよ」
まだ若い身空で、早くも苦労人の雰囲気が濃厚なヨーゼフであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シャルロッテとアードルフはその後、正式に婚約を認められた。というかまあ、国内のほぼ全ての貴族家にそれで話が通ってしまっている以上そうするしかなかったというのが実情だが。
その婚約を認める代わりに皇帝の廃立までやってしまったのだから、ブロイスの上層部も豪胆という他はない。いやまあ単におバカなだけとも言えるが。
「本当にわたくし、アードルフ様の元へ嫁いでもよいのでしょうか………」
嬉しいけれど複雑な心境のシャルロッテ。確かに小さな頃から大好きな人だけれど、別にルートヴィヒが嫌いなわけでもないのだ。というか長く婚約してきて、自分が次世代の皇后になると覚悟も決めつつあった彼女は、今さらそんな責任も負わず恋に生きていいと言われても、まだ戸惑いの方が強い。
「私の妻となるのは、嫌かな?」
「そんな、とんでもありません!ただ……」
「ただ?」
「ルートヴィヒ殿下はじめ皆様これから環境が変わって苦労されるというのに、わたくしだけ──」
「貴女だけではない」
「えっ?」
「貴女とともに、私も幸せになるのだからな」
「そっ、それは………!」
アードルフに優しく見つめられて、シャルロッテの顔がみるみる赤くなってゆく。
「そ、その……よ、よろしくお願い致しま………ひゃあ!」
最後はどんどん声が小さくなって聞き取れなくなり、そのせいでアードルフに抱き寄せられ、悲鳴を上げつつも彼の胸に顔を埋めて赤面を隠すしかないシャルロッテであった。




