21.そしてふたりはついに出逢う
「あれが……ドルフ様のお城………」
茜色に染まる空の下、遠くに見えていた城はあっという間に目の前に迫り、すぐに巨大な濠に囲まれた城壁と正門が見えてくる。それを脚竜車の窓から見はるかして、シャルロッテは感嘆の吐息を漏らす。
アスカーニア公爵領は国の中南部にある高原地帯だが、国境とは離れているためこんな壮麗な城はない。彼女が領地で滞在するのは帝都公邸に勝る規模の領土本邸だが、あくまでも邸であって城ではなかった。
しかもこの城、濠があるということは万が一敵に囲まれてしまった際には籠城が可能な造りなわけで、要するに軍事要塞だ。そういう意味でもシャルロッテの常識とはかけ離れている。
「こんな平野の真ん中に、こんな大きなお城があるなんて…」
侍女のライナも驚いている。城の周りには森が見えるから完全な平原地帯にポツンと城が建っているわけではないのだが、それでもこうした軍事的な城は山の中にあるものだとでも思っていたのだろう。
シャルロッテは改めてホーエンス城を見る。
あの中に彼がいると思うと早く着きたいような、永遠に着かなくてもいいような、そんな不思議な心境になるのであった。
とはいえ皇宮の馭者は優秀で、一定のスピードを保ったまますぐに正門までたどり着く。まず皇宮の侍女が降りて馭者とともに門番へ来訪の意を伝え、すぐに脚竜車は城内に通される………
のかと思いきや、何やら様子がおかしい。
何やら言い合っている雰囲気もある。
「どうしたのでしょう。中へ入れてもらえないのかしら?」
「分かりませんが、少し様子を見ましょう」
しばらく待っていると皇宮の侍女が再び乗り込んできて、「お待たせ致しました」と頭を下げて着席する。だがそれ以上何も言わないので、シャルロッテもライナも聞くに聞けない。
脚竜車は何とか入れてもらえたようで、再び動き出す。そのまましばらく城内を進み、とある扉の前の車止めに横付けして停まった。
馭者が脚竜車の扉を開けてくれ、皇宮侍女、ライナ、そしてシャルロッテと下車の補助をしてくれる。
建物の扉が開き、中から老齢の執事と思しき男性が使用人たちを伴って現れた。
「突然のご来訪、誠に痛み入ります。このホーエンス城にて領主アードルフ様付き執事を拝命しておりますヘルマン・ランゲと申します。皆様ようこそ、ホーエンス城へ」
ヘルマンと名乗った老執事は洗練された所作で恭しく腰を折る。皇宮の馭者は出てきた使用人たちとともに脚竜車から荷物を下ろし始めている。
「ご丁寧に痛み入ります。アスカーニア公爵家にてご長女シャルロッテ様付き侍女を拝命しておりますライナ・シェフラーと申します。そしてこちらが、当公爵家のご長女シャルロッテ様でございます」
「アスカーニア公爵家長女、シャルロッテ・フォン・アスカーニア=アンハルトと申します」
ライナとシャルロッテはヘルマンに丁寧に淑女礼で返礼し自己紹介する。相手は執事だが名乗りからも分かるとおりランゲ伯爵家の縁者だ。失礼があってはならない。
「アスカーニア公女シャルロッテ様、シェフラー子爵家令嬢ライナ様、ようこそおいで下さいました。お疲れでございましょうが、まずは当城の応接間へご案内致します。お茶と軽食をご所望でございましたらサロンの方もご案内できますが、いかがなさいますか」
「まずはご城主のブレンダンブルク辺境伯閣下へお目通り致したく」
「それでしたらやはり応接間へご案内致します」
そしてシャルロッテとライナは応接間へと通されることになった。
「それでは、私共はこれにて」
皇宮侍女はそう言って美しい所作で淑女礼をしてから、荷を下ろし終えた馭者とともに皇宮の脚竜車に乗り込むと、呼び止める間もなく帰って行った。
「今から帰るなんて、大丈夫なのでしょうか…」
「護衛の騎士の方々もおられますし、多分大丈夫ですよお嬢様」
とはいえ空はもう夜闇に包まれ始めている。ホーエンス城は帝都ヴェリビリから近いとはいえ、彼女たちが帰り着く頃にはすっかり暗くなってしまっていることだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シャルロッテとライナは応接間へ通されてから、さらに数刻ほど放置された。その間ヘルマン執事は現れず、お茶だけは饗されてありがたく頂いたものの、何やら悪い予感がしてシャルロッテは気が気でなかった。
よく考えれば辺境伯領への追放はルートヴィヒがそう宣言しただけであり、本当はそんな命令など無かったのではないかとすら思えてくる。だがその場にいた皇帝フリードリヒ4世は何も口を挟まなかったし、会場警護の騎士たちも馭者も随行の皇宮侍女もあらかじめ段取りが決まっていたかのようにここまでスムーズにシャルロッテを連れてきた。それを考えると………
ん?
「ねえライナ」
「はい、なんでしょうお嬢様」
「貴女、どうしてあの時学舎にいたの?」
ギクリ、とライナの動きが止まる。
シャルロッテが帝国学舎の大ホールから連れ出された時、ライナはもう待機していたのだ。確かに学舎へ通う貴族子女は侍女の帯同を認められており、ライナにもよくついて来てもらっていたが、あの時は卒業記念式典と記念パーティーだけで、しかもルートヴィヒの迎えがあったから侍女は誰も連れて来なかったのに。
「ええと、それは、お嬢様にお付きするよう旦那様に仰せつかって…」
「お父様も知っていたのね?」
「あっ、それは………」
「あと、他には誰が知っているの?」
「ええと………」
シャルロッテの冷ややかな視線が刺さり、ライナは冷や汗が止まらなくなる。
その時、応接間の扉がノックされ、ヘルマン執事が入室してきた。
「大変お待たせして申し訳ございません。ブレンダンブルク辺境伯家当主アードルフ様がお会いになられます」
そう言ってヘルマン執事は扉の脇に控え、その開かれた扉の向こうに長身で大柄な逞しい男性の姿が現れた。
「待たせてしまって大変申し訳ない。ホーエンス城主、ブレンダンブルク辺境伯家当主のアードルフだ。アスカーニア公女シャルロッテどの、ようこそ我が城へおいで下さった」
そうしてついに、シャルロッテとアードルフは運命の出逢いを果たした。
【お詫び】
計算ミスがありまして、シャルロッテの婚約破棄時点(フェル歴668年)でのアードルフの年齢を誤っておりました。正しくは24歳ではなく25歳、シャルロッテと9歳差になります。
ローゼマリーの回想での前年暮れは24歳、シャルロッテの回想による10年前は誤っておらず15歳です。
すでにアップされている話にアードルフの年齢が出てくる箇所は修正済みです。この話以後はアードルフの年齢を25歳と致します。
大変申し訳ありません。




