02.わたしが“一番欲しい”もの
うふふ。あはは。
あははははははは!
やったわ!
ついにあのお姉様から、愛しいルートヴィヒ様を奪ってやったわ!
わたしの欲しいものは何でも持っていて、わたしの持たないものも何でも持っていて。どれほど努力しても頑張っても絶対に追いつけなかった、忌々しいお姉様。
知性も教養も美貌も、婚約者でさえもわたしよりいいものを持っていて、しかもそれを自慢にさえしない。それどころかわたしの事さえ自慢の妹だと、とっても誇らしいと、一点の曇りもない無邪気な笑顔で褒めちぎる、嫌味なお姉様。
だいたい何よ、あの輝くような美しい銀の髪!長くて綺麗で艶々していて、わたしも同じ銀髪だけど、どんなに手入れしてもあんなにキラキラしないのに!それに夜闇みたいな深い漆黒の瞳!見てるだけで惹きこまれそうな綺麗な黒い瞳なんてずるい!わたしなんて紅榴石色の赤い瞳で、だから陰で『性格キツそう』とか言われるのに!
貴女の陰でわたしがどれほど口惜しい思いをしたか、きっとご存知ないでしょう?どれほど頑張っても超えられぬ壁の高さに膝をついて絶望したことなど、ないでしょう?
ですから、わたしが絶望を教えてあげるわ。
わたしが一番欲しいものを貴女から奪って、そして貴女に一番必要なものをあげる。
感謝してくれてもいいのよ?
だってこうでもしなければ、わたしも貴女も、一番欲しいものは手に入らないのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
卒業記念パーティーは、結局始まることなくお開きになった。涙を流してその場に座り込んでしまったお姉様が皇城警護の騎士たちに促され連行されて退出していったあと、とても祝う雰囲気ではなくなってしまって陛下が解散を宣言なさったのだもの。
陛下は後日改めてパーティーをとり行うと約束して下さった。だけどその場にお姉様が現れることは絶対にない。
まあそれを言ったら、卒業生ではないわたしだって仕切り直しのパーティーには出席しないのだけれど。
「ローゼマリー嬢、ついて来てくれないか。別室で改めて話がしたい」
ルートヴィヒ殿下にそう誘われて、わたしに否やがあるはずがない。当然お言葉に従って、殿下のあとに従って帝国学舎中央教棟三階のセレモニー用大ホールから、四階の皇族専用フロアへと足を踏み入れる。もちろん入るのは初めてだ。
先程までわたしたちがいた一階の応接間に戻るのかと思ったけれど、まさかの専用フロアだったのでちょっと緊張する。
わたしは殿下の後ろから、失礼にならぬようそっと、でもしっかりとそのお姿を拝見する。
サラサラの金髪、シミひとつない白皙の肌。スラリと伸びた上背に広くがっしりした肩幅。大きな背中。逞しい腕と力強い足腰。
ああ、本当にカッコいい。素敵な、わたしの理想の皇子さま。今は後ろからだから見えないけれど、ややくすんだ榛色の瞳もとってもお美しくて大好き。それに何より、笑ったお顔がとっても爽やかでお優しくて。
見目の良さだけでなく、殿下は知性も素晴らしいのよ。学年首席を毎回お姉様と争っていらしたし、お身体も毎日の鍛錬で鍛え上げられ、剣術に関しては護衛なんて必要ないと言われるほどなのよ。
こんな素敵な皇子さまが、わたしを新たに婚約者にすると仰って下さった。もうそれだけでわたしは天にも登る気持ち。この先どれほど辛いことが起こったとしても、殿下のためを思えばわたしはいくらでも頑張れる。
そうよ、彼だけはお姉様に渡してなるものですか。だってお姉様ったら6年間も殿下の婚約者の地位にあったのに、ただ婚約者としてお仕えしただけで、心から殿下を愛してなどいなかったのですもの。
だからどうしても、彼だけはわたしが奪いたかったの。だって彼を愛する気持ちだけは、わたしの方が絶対に勝っていたのだから。
殿下がとあるひとつの扉を開けて、わたしを中へ誘う。中に入るとそこは応接間だった。まあさすがに、いきなり殿下の私室に通されるわけはなかったわね。それに中には皇宮の侍女が待機していて、ふたりきりになれたわけでもなかった。
きっとこれから、正式に婚約の誓紙を取り交わすために、詳細を詰めるおつもりなのね。
「さて、では聞かせてもらおうかな」
ふかふかのソファに着席するよう求められて、殿下はテーブルを挟んでわたしの向かいにお座りになった。そうして膝を組んでソファの背もたれに寄りかかって、イタズラっぽい笑みを浮かべて殿下はわたしに仰ったのだ。
「君の立てた計画を、改めて全部私に聞かせてもらえるかな?姉思いの可愛いローゼマリー嬢?」