13.そして準備は整った(多分)
「よし、これでもう遺漏はないな?」
「おそらく。少なくとも人事は尽くしました」
卒業パーティー前夜。
皇城の第二皇子執務室で深夜、ふたりきりで密談を交わすのはルートヴィヒとエッケハルトである。
わずか1ヶ月の間に、ふたりは手分けして帝国政府、帝国議会、選帝会議、アスカーニア公爵家およびその使用人たち、皇帝一族、皇城の使用人たちや官吏一同、ヴェリビリ帝国学舎の教職員やその実家、さらに学舎に通う子女を持つ大半の貴族家にまで丹念に根回しを終えていた。というか、話を聞かせて賛同者に引き込んだ時点で根回しの手伝いに回していたので、最終的には多くの人が「同じ話を何度も聞かされる」事態になっていたが。
まあともかく、その結果として、卒業記念パーティーでシャルロッテに対して行われるルートヴィヒの婚約破棄は高度な政治パフォーマンスであると参加者全員が理解した上で成り行きを見守ることが確定している。
「これで失敗したら目も当てられないな」
「その時は殿下が破滅するだけです」
「お前、最近なんか酷くない?」
「そんな事はありませんよ。殿下が破滅するなら私だって運命を共にするのですから、半分以上は投げやりです」
「やっぱり酷いじゃないか」
そう苦笑しつつも、エッケハルトには感謝しかないルートヴィヒである。本当に、ここまでよく尽くしてくれたと思う。
「というかまあ、お前もノリノリだったものな?」
「それを言うなら全員が共犯者ですからね。何も私に限ったことではありません」
「いやぁしかし、こんなにも全員が揃って賛同に回るとか、ちょっとあり得ないよね。しかも全員が大乗り気でさ」
「まあそれだけ、シャルロッテ様がみんなから愛されているという事ですな。決して殿下のご人徳ではありません」
「お前ホントさっきから酷いな!?」
少々声を荒げながらも、ルートヴィヒは笑顔のままだ。すっかりやり切った気になっていて、気持ちにも余裕が出ているのだろう。
「ところでですね」
「なんだエッケハルト、そんな改まって」
「私、なんかこう、何かもうひとつふたつ見落としがあるような気がして仕方ないんですが」
そう言われて、ルートヴィヒも首を傾げる。
「見落とし……………あるか?」
「いや私もハッキリと断言できる訳ではないのですが」
どうやらエッケハルトの方も明確に脳裏に浮かんでいるわけではなさそうだ。
こういう時、どうするか。
もう一度最初から全てを見直すか、それとも大丈夫だと言い聞かせてタスクを終えるか、あるいは。
その選択は人それぞれだろうが、往々にしてそれが運命の選択肢だったりする。
「いやまあ、大丈夫だろ」
ルートヴィヒは後者を選択した。
そもそも楽観的でノリが軽いのが彼の長所であり欠点でもある。
「本当に大丈夫ですかねえ………?」
対してエッケハルトはやや前者寄りか。
そういう意味では、主人の欠点を補う良い人選だと言えようか。
「うーん…」
「うーん…」
「…。」
「……。」
「………。」
「…………。」
「……………。」
「………………。」
「分からん!」
「分かりませんね」
「じゃあもういいよ!このまま行こう!」
「そうですな」
だが結局ふたりとも、最後には考えることをやめた。
本当に準備は万全なのだろうか。
万全であることを祈るほかはない。