12.追うものと逃げるもの
「殿下。わたくしに何か隠し事がおありではありませんか?」
昼の茶時、いつもの婚約者との定例のお茶会。この時だけはルートヴィヒも時間を忘れて穏やかな時間を過ごせていた………はずなのだが、いきなりシャルロッテにそう問われて心臓が跳ねた。
「いや?今さら君に隠し事などあるはずがないだろう?」
何食わぬ顔で穏やかに否定してみせるルートヴィヒだったが、内心は気が気でない。もはや彼の中には彼女相手に隠している事しかないのだから。
朝のうちは本当に大変だった。リン宮中伯が選帝会議を招集する寸前で待ったをかけて、今一度事情を説明してブレンダンブルク辺境伯だけを招集しないように説得するだけでも骨が折れたのに、それをたまたま登城していた当のブレンダンブルク辺境伯本人に聞かれそうになって、エッケハルトとふたりで必死に誤魔化したのだ。
そして何とか誤魔化しおおせてホッとしたのも束の間、今日は定例のお茶会の日だったことに気付いて大慌て。準備など何も出来ていなかったし、事が起こる前にシャルロッテと辺境伯を会わせるのもマズい気がして、あの手この手を尽くしてふたりを何とかすれ違わせて、そして今に至る。
「試みに問うけれど、なぜそう思ったのかな?」
「今年に入って、わたくしに割り当てられた公務が激減しています」
うん、そりゃ訝しくもなるよね。
「卒業のための準備と、その先の婚姻準備のために時間を取らせるため、って説明はあっただろう?」
「ありましたが、それだけですか?」
「そうだけど?」
「ではなぜ、殿下は今まで以上にお忙しそうなのですか?」
シャルロッテとルートヴィヒは同い年で、ヴェリビリ帝国学舎も同時に卒業する。シャルロッテに卒業のための時間的猶予を与えるというのなら、ルートヴィヒにも与えられて然るべきではないか。婚姻準備にしたってシャルロッテとルートヴィヒの婚姻なのだから、シャルロッテと同じ待遇にルートヴィヒもならなければ話が通らない。
なのに何故、シャルロッテには時間的余裕が与えられてルートヴィヒには与えられないのか。立太子予定の第二皇子である彼と、その婚約者でしかない自分との差だと言われればそれまでだが、どうもそれだけではないとシャルロッテは感じていた。
「僕は僕で第二皇子の公務があるからね。それに、君はそもそもやらなくていい公務を今までやっていたんだから、今後はそれを減らそうとなっているだけだよ」
だから何も問題ないよ、と婚約者は微笑うが、シャルロッテはやはり納得できない。
納得はできないが、彼の言葉には一応の筋が通っていて、彼女は違和感以上のものを言語化できない。
「隠されていると感じることは、他にもございますわ」
だから彼女は攻め口を変える。
「うん、なにかな?」
「最近、ローゼマリーとずいぶん仲がおよろしいようで?」
またしてもルートヴィヒの心臓が跳ねる。シャルロッテの直感力はいつも鋭くて、本当に空恐ろしくなるほどだ。
「ローゼマリー嬢なら、以前から親しくさせて頂いているよ。なんと言っても君の妹だからね」
「本当に、それだけですか?」
スンと表情を消したシャルロッテの反応に、ああこれは感づかれているなと感じたルートヴィヒである。だがもちろん、そんなことはおくびにも出さない。
「まあ、最近ちょっと距離が近すぎたなとは思っているよ。兄上にもそれで叱られた」
「ハインリヒ様にですか?」
「ああ。シャルロッテ嬢を蔑ろにするなと言われたよ」
そう言われてかすかに頬を赤らめるシャルロッテの反応にルートヴィヒは少しだけホッとする。と同時に、これまでと変わらず情を向けてくれる彼女に少しだけ罪悪感が湧いた。
だがここで絆されてしまっては何にもならない。それではシャルロッテが本当に幸せにはなれないのだから。
しかしそれはそれとして、まだ婚約者なのだからそれらしい事をしなければ。
「ところで、送ったドレスはそろそろ届いただろうか」
「そろそろ届くと思うのですが、まだですわね」
ルートヴィヒは何も婚約破棄の陰謀にだけかまけていたのではない。第二皇子の政務はもちろん、シャルロッテの婚約者としての務めもきちんと果たしていた。まあひとりで全部やっているわけではなく、多くのサポートを得た上でのことではあるが。
そして卒業記念パーティーでシャルロッテに着せるためのドレスも用意し、一緒に身に着けさせるアクセサリーとともにアスカーニア公爵家へすでに発送済みであった。とはいえ、ドレスは1ヶ月かそこらで仕上がるようなものではないため、これは半年前から準備を進めていたものなのだが。
「そうか。届いていれば感想などもらえたのだろうが」
「殿下がお贈り下さったものですもの。見ずとも素晴らしいものだと分かりますからわたくしは何の心配もありません」
「嬉しいことを言ってくれるね」
実際、ルートヴィヒは婚約者としてなんら恥じることのないよう、シャルロッテへの心遣いを絶やしたことはない。ただ今は、それをローゼマリーに対しても行なっているというだけだ。
「ですが、ローゼマリーにもお贈りなさったのではなくて?」
やはりバレている。
ルートヴィヒは苦笑するほかはない。
「君の卒業記念パーティーに是非出席して一緒に祝いたいというから、心ばかりの物を贈らせてもらったよ。君に無断でやったのは申し訳ないが、ローゼマリー嬢からは口止めされたものでね」
こっそり準備して、お姉様を驚かせてあげたいのですと彼女が言ったから、とルートヴィヒは誤魔化した。もちろんローゼマリーはそんな事は言っていない。
「贈り物の件はそれで承りましたわ。ですが一緒に観劇に行かれたとか?」
「ああ、それはね。彼女にドレスを贈るにはまず彼女の人となりを知らなければダメだと思ってね。どういった物を好むのか、それを知るためにもね」
流れるように嘘を吐くルートヴィヒだが、あながち全部嘘という訳でもない。本当にローゼマリーを新たに婚約者にするのなら、彼女の好みを把握することも必要なことなのだから。
「そうですか」
そしてこれ以上追及してものらりくらりと躱されるだけだと悟ったシャルロッテは、それ以上聞いてこなかった。
どうやらルートヴィヒは何とか逃げ切れたようである。