二日目
夢を見ていた。
小学校の教室で道徳の授業を受けている夢だ。
なぜ、人を殺してはいけないのか?
そんな議題だった。
そもそも、人を殺してはいけないのだろうか?
それを議論すべきだと思った。
殺人罪という罪が定められている。
人を殺した者は、それに値する罰を課せられる。
お金を払って、ものを買う事と同じだ。
大きなものを欲するほど、大きな対価が必要になるのは当然のことである。
「はい」
小学生の私は手を挙げた。
「"わるいひと"なら殺しても良いと思います」
「なんでそんな事言うの?」
先生が困った顔をした。
「だって死刑があるから」
先生は驚いた。
その直後、ものすごい剣幕で怒りだした。
「悪い人だからって、殺しても良いわけではありませんよ!? 罪を犯した人にも権利があるのよ!」
先生は死刑を知らないのかな。
私はふふっと笑った。
神様になったような気分だった。
***
「……ん」
目が覚めた。
どうやら眠ってしまったらしい。
隣にある寸胴鍋を覗き込んでみる。
一度、中身を取り出して洗剤を足した方が良さそうだ。
つけたままだったテレビには、あるニュースが流れている。
16歳の少女が行方不明だそうだ。
報道されている写真を見つめた。
彼女だ。
写真写りが悪いのかな、と思った。
昨日風呂場で見た裸の彼女は、もっと何倍も美しかった。
ニュースでは、失踪した少女の特徴や服装を述べ、目撃情報を募っていた。
私が殺しました、などと電話を入れたら、どんな騒ぎになるのだろう。
先ほどの行方不明事件は殺人事件の可能性がなんたらと、速報が流れるのだろうか。
「ふふっ」
テーブルの上に放置されていた、食べかけのプリンを口に運ぶ。
初めてのキスのような味がした。
私はプリンを食べ終えると、作業に取り掛かった。
鍋の中身を取り出しては風呂で洗い、細かく切り刻み、また洗剤に漬けて煮る。
ノコギリで関節を切り、鍋に入れ、取り出して洗う。
ドロドロになった肉片は排水溝に詰まるので、とりあえず湯船に溜めておいて蓋をした。
私はこの作業を繰り返す数時間の間、何も食べなかった。
夕方まで黙々と作業を続け、彼女の身体はもうほとんど骨になっていた。
元々肉や脂肪が少なかったせいもあるのだろう、進捗は良好だ。
「んー……」
さすがに空腹だ。
ひと仕事終えたのだし、ファミレスにでも行こう。
「行ってきまーす」
いってらー、と、無邪気な声が聞こえた気がした。
***
豪勢にリブロースステーキセットを注文し、ドリンクバーでジャスミンティーを注ぐ。
いつもは節約しているのだ。
今日ぐらい、幸せに拍車をかけて噛みしめてみても良いと思った。
ふと見た斜向かいの席には、親子が座っている。
年端も行かぬ男の子が、母親に尋ねた。
「なんでいただきますって言うの? 言わなきゃダメなの?」
母親の解答が気になって、耳を傾ける。
「食べ物に感謝しなきゃいけないんだよ」
「食べ物に? 生きてないじゃん」
「食材は命なの。命を頂いてるのよ。命を恵んでくれてる神様にも、感謝して食べるのよ」
「神様なんていないよ!」
私は目を凝らし、男の子の顔を見た。
満たされた、はにかむような笑顔。
余裕のある人間にしかできない表情だ。
それが神様のおかげでなくて、何だというのだろうか。
「お待たせしました。リブロースステーキのセットですねー」
運ばれてきた肉は思ったより大きかった。
「……うま」
思わず呟く。
美味しいご飯を食べていると、身体が温まってきた。
もうさみしくないだろ。
自分にそう言い聞かせ、米と肉を口へかき込んだ。
***
タバコを吸いながら夜道を歩く。
ファミレスにいた時間で、夕焼けをちょうど見逃したようだ。
見上げると、星がやけに大きく見えた。
「あれ……?」
大粒の涙が溢れてきた。
「なんで泣いてんだろ」
理由は分からなかった。
ただ持っていられなくなったタバコを地面に落とし、両手で顔を覆った。
「んぅ……うっ、うぅ……」
呻き声を上げて泣く。
22歳にもなって、外で号泣する夜があるとは思わなかった。
ふと、さっき見た親子の会話を思い出した。
──神様なんていないよ!
笑っちまう。
まったく、笑っちまう。
神様は絶対にいる。
そうでなければ説明がつかない。
ぜんぶぜんぶ、神様のせいに決まっているのだから。