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 それがただの英語辞典だったと知るのは、大分あとになってからだった。英語が必要な会社に勤めている訳ではない父親が、なんでそんなものを持っていたのかは定かではなかったが、それを黙って持っていってもその後何も咎められなかったところを考えると、父親もただ持っているだけだったのだろう。


「かっこいい……かも」


 その言葉は意外だった。


 否定されるだろうと思っていたし、そう言われたら『わかんねーだろうな』なんて憎まれ口を叩くつもりだった。けれど、肯定をしてくれたことが、妙に嬉しかった。


「だろ?ここにある物全部、俺がかっこいいと思って集めたんだぜ?」


 教室にいる時よりも雄弁に、そして、誇らしくこの秘密基地を語ると、彼女はそれをいちいち驚きながら聞いてくれた。


 その反応が面白くて、嬉しかった。


 一通りの説明をし終えると、彼女は言った。


「ねえねえ、私もここに何か持ってきてもいい?」


 その言葉で、僕は少し沈黙をした。


 前の秘密基地を失ったことが、トラウマになっていた。複数の人と秘密を共有すると、絶対に秘密は漏れて、バレてしまう。


 僕は秘密基地の場所を失うのが嫌で、誰にもこの場所を教えずにいた。


 けれど、目の前の彼女にはバレてしまった。偶然という悪戯のせいで。


「ダメ」


 お願いの通りにいくものと思っていた彼女は、その言葉を聞くと、目の前で手を合わせる。


「お願い!絶対に秘密にするから」


 前の秘密基地の時も、こう言ってきた奴がいたのを覚えている。そいつは、隣のクラスのやつで、秘密基地が完成した後に入ってきた。僕らはその言葉を信じたけれど、それは間違いだった。


 そいつは我が物顔でその場所を自分と仲のいい奴にも教えたせいで、多くの子供が知ることになり、遂にはバレた。


 それ以来、そいつと、その言葉を信じなくなった。


「その言葉は、信用ならない」


「なんで?」


「隣のクラスの日高っているだろ?アイツのせいで、前の秘密基地がダメになってるんだ。アイツも同じこと言ったんだ。だから……」


「でも……お願い!」


「ダメだって。もう帰れよ。帰ってからも、このこと話すなよ」


「えー」


「ダメ!」


「……ねえねえ」


「なんだよ」


「そっちがお願いする立場なんじゃない?」


「え?」


「こっちは、ひっさんの秘密を知ってるけど、ひっさんは何にも知らないよね」


「そ……それは」


 七海が歯を見せて笑う。

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