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 秘密基地で過ごした日々は時折思い出したが、いつもの生活に上塗りされていき、思い出せても色が抜けたものとなっていった。七海の顔も薄れていき、今では曖昧な顔しか思い出せない。


 ただ、あの時に胸を締め付けられたことだけは、忘れられない。


 彼女に自分の思いを伝えることが出来なかった自分が、情けないとも未だに思っている。


 でも、それさえも高校受験の忙しさにかまけて薄れていった。













 本命の高校の合格発表者が掲示されている紙の前で、何度も自分の番号と紙に書かれている番号を見直してから、両手を挙げた。


 解放と充実を同時に感じながら、緩みかけている涙腺から流れる物を抑えるために上を向く。


 やっと、終わった。


 ピリピリした空気の中で過ごすのは、これで終わりだ。これからは、受験のために禁止していた物で遊びながら、新しい生活に思いを馳せて幸せな生活を送ればいい。


『落ちていた時の顔を見られたくないから』と言って、校門の待たせておいた母親のところへ戻る。


 頬に、風が触れる。


 朝は気付かなかったが、風が温かくなっていた。


 もう、春が来ているんだ。


 上を向くと、小さな桜が一つだけ咲いている。他のつぼみも、今にも弾けそうなぐらいに膨らんで、春の訪れを感じさせている。


 前を向くと、母親が手を振っていた。


 ゆっくりと近づいていく。


 その時、母の横を通り過ぎて、女の子が校内に走りこんできた。


 僕の横を走り抜けていく。


 ふと見えた顔が七海に似ていて、ハッとする。


 顔を確認しようとしたが、彼女は合格者が書いてある紙の前まで走っていってしまった。


 そんな小説みたいなこと、あるわけない。


「どうしたの、久人」


 ぼんやりと立っていた僕を心配したのか、母親がこちらまで来ていた。


「なんでもない」


「で、どうだったの?」


「合格!」


 笑顔でVサインを作って報告すると、母は目に涙を浮かべた。


「ほらほら、それよりもさ、もう帰ろうよ」


 遠くで聞こえる色々な声を聞きながら、母にそう言って、駅へと向かう。母は歩きながら父へと電話をして、僕の結果を伝えた。


 父が母に僕に電話を替われと言っていたようだが、なんだか気恥ずかしくて、それを断った。


 学校から聞こえる声が遠くなっていくのを感じながら、もう一度空を見上げる。


 すれ違った女の子のことを思い出す。七海に似ていた女の子。

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