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「バカって言ったほうがバカだよ!七海のバーカ!」


「……もういい」


「反撃してこいよ」


「……忙しいから、帰るね。……今までありがと」


 何も言えず、こちらに笑いかける彼女を見つめることしか出来ない。不意に、風が僕らの間を抜けていく。


 大きな太陽の中で二人で浴びるその風は、とても気持ちがいい。


 秘密基地の中でしか素直になれない僕たちが浴びた、初めての外の風だった。


「じゃあね」


 七海は、こちらを振り返らずに走り出した。


「反撃……してこいよ」


 口の中から外に出ないその声が、自分の中で響く。


 坂の下に消えていく七海を追いかけることも出来ず、ただ暑い日差しの中、立ち尽くす。風が、また吹いた。


 先ほどとは違う寂しげなその風は、僕の頬を伝う涙にそっと触れて、どこかへ消えていった。





 その日の夜、机に向かって、下手くそな字で七海に手紙を書いた。


 今思えば、恥ずかしい言葉しか書いてなかった気がする。


 だけど、気の利いた言葉なんて、小学生の僕は知らなかった。


 七海が好きだ、という言葉をそのまま書いたその手紙は、七海が引っ越す日の早朝に、菓子缶の中に入れられた。


 何を書いたのか、未だに細部まで思い出せる。あれをもし、七海が読まずに誰かが拾って読んでいたら、沸騰するほどに血が熱くなり、そのままひきこもりにでもなっていたかもしれない。


 届くかどうかわからずに出したその手紙は、次の日には消えていた。


 七海が持っていったのだろう。


 どういう経緯でここに来てくれたのかはわからなかった。だけど、持っていくのは彼女しかいない。


 僕は七海からの返事を幾度も確認しに行ったが、いつも空だった。引越し先は隣の県だった。地図で見れば近い場所。その程度の知識しか無い僕には、その遠さがわかっていなかったと思う。




 もしかしたら、七海がこの場所に来てくれるかもしれない。




 そんな願いを持って何度も見に行ったが、やがて、その行為の虚しさに気付いて、僕はお化け寺に行かなくなった。


 行っても空の箱があの場所にあるだけなのだから。


 七海はもう、来ない。


 裏切られたと思い、今まで貰った手紙を燃やそうと思ったが、どうしてもそれが出来ず、机の奥深くに押し込めた。


 そのまま思い出は沈んでいき、僕は日常へと戻った。

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