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9話 欠けている

 次の目的地が決まったところで、まずは腹ごしらえだ。今日は何を作ろうかなぁ、とルカがのんきな調子で魔法使い用のレシピ本をめくり始める。


 ドンドンドン――


 私もベッドから下りて体をうーんと伸ばしていると、ドアが叩かれた。また郵便屋さんだろうか?

 ルカと顔を見合わせたのと同時に、部屋の入口は開け放たれた。


「起きなさぁい! ご飯できてるわよぉ!!」


 筋肉質でガタイの良い男性が廊下で体をくねらせている。明らかにサイズが合っていないフリフリのハートのエプロンは分厚い胸板のせいではち切れそうだ。

 そして男性は一言だけ告げると嵐のように立ち去っていった。


「……ト、キさん……?」

「……そ、そんなわけ……トキさんは僕が……っ、追いかけよう!」


 あれはどう見てもトキさんだった。

 突然の出来事に呆けていたのは一緒だったらしく、数秒遅れで我に返ったルカが手元のレシピ本を放り投げる。


「ま、待ってよ!」


 そのまま廊下に飛び出していったルカの後を私も慌てて追いかける。



 廊下へ出たら、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。どこに向かったらいいのかすぐにわかった。

 ルカと二人、自然と早足になって匂いのする方へ歩いていくと、食堂から賑やかな話し声が聞こえてきた。

 心臓が破裂しそうなほどばくばくしていた。まさか、この先に……!!


 観音開きの扉を開けた先には、私の想像通り、お馴染みのキャラクターが勢揃いしていた。

 年齢も種族もバラバラで、個性豊かなギルドメンバー達がそれぞれ数人で輪になって楽しそうに立ち話をしている。


「おはよう! マイ!」

「……!!」


 その中で一人、振り向いた彼の姿を見て心臓が止まるかと思った。いや、本当に少しの間止まっていたかもしれない。

 目の奥が熱くなって、せき止めていたものが決壊したように涙が溢れ出す。


「お前遅いぞ? 明日は早起きして鍛錬しよう。俺が付き合ってやるからさ!」


 眩しいくらい明るい緋色の髪。意志の強さを感じる勝ち気な瞳。快活な笑顔。

 彼は、彼は、私が大好きな――


「……違う。違う、違う! 偽物だ。お前なんかヒカルくんじゃない!!」

「ルカ!?」


 ルカが突然ヒカルくんに掴みかかる。

 自分が殺したはずの相手が目の前に立っている。そんな状況想像もつかないが、ルカはとにかく取り乱していた。

 それでもヒカルくんは笑顔を一切崩さず、


「あー……今日の朝飯なんだろうな? 俺は肉希望! マイは何食いたい?」


 聞き覚えのあるセリフを口にする。

 朝の時間帯のホームボイスだ。首の後ろに両手を回している立ち姿もお馴染みのポーズだった。

 ゲーム内では"マイ"と表記されていてもお前や勇者と呼ばれるのだけど、ちゃんと名前で呼んでくれている。

 そういえばさっきの鍛錬に誘ってくれる言葉もホームボイスの一つだ。


「ヒカルくん……なんだよね? 無事だったんだね。よかった……」

「おはよう! マイ! お前遅いぞ? 明日は早起きして鍛錬しよう。俺が付き合ってやるからさ!」

「え……?」

「あー……今日の朝飯なんだろうな? 俺は肉希望! マイは何食いたい?」


――おかしい。おかしい。ヒカルくんと会話が成り立たない。


「ヒ、ヒカルくん……?」

「おはよう! マイ! お前遅いぞ? 明日は早起きして鍛錬しよう! 俺が付き合ってやるからさ!」

「何で……ヒカルくん、変だよ……」

「あー……今日の朝飯なんだろうな? 俺は肉希望! マイは何食いたい?」


 ヒカルくんは同じセリフをひたすら繰り返す。

 ルカに胸ぐらを掴まれている状態で怒りもせず、目の前で泣いている私を心配する素振りもなく。変わらぬポーズで、お決まりの笑顔をはりつけている。


「……まるで人形だね」


 食堂内は活気に満ちていた。

 みんな声が届く範囲にいるのに、こちらには目もくれない。何も見えていないように雑談を続ける見知った顔ぶれが、酷く不気味に思えた。

 なんだか、みんな変だ。ヒカルくんもヒカルくんじゃないみたい。

 ルカの小さな舌打ちを聞きながら、その場に力なくしゃがみこんだ。



 ギルドの団長でもある聖騎士、見習い剣士のイズナ、獣人族のアーチャー、ヒーラーの僧侶――

 ずらりと並んだギルドメンバー達。食卓からあふれそうなほど料理が並んでいる。私は流されるままに長机の真ん中の方の空席に座った。


「「いただきます!!」」


 団長が神様に祈りを捧げると、キャラクター達は手を合わせ、競い合うようにごちそうに手を伸ばす。

 ガヤガヤ騒がしい中、トキさんが追加の料理を運んでくる。

 何度もゲーム内で見た食事シーンのムービーと同じ光景だった。


 私の右隣でヒカルくんは骨付き肉にかぶりついているところだった。

 ヒカルくんは食べっぷりが良く、本当に美味しそうにご飯を食べるのだ。


 その姿を隣でずっと見ていたい! ヒカルくんをおかずに白米5杯はいける!

 いやいや、それならあたしは団長おかずに10杯だ!

 ……とか、ネバドリユーザーの友達とよく盛り上がっていたけれど、今はとてもじゃないが米粒の一つも喉を通っていきそうにない。


 ルカは豪快なヒカルくんとは対極だった。何でもフォークとナイフを使い、一口ずつお上品に食べる。

 ルカ推しだった頃の私はその美しい所作がたまらないと騒いでいた。

 しかし、今現在、左隣に座っているルカは料理に手を付けずに周囲を観察するように眺めている。

 しばらくして、懐から転移魔法のコンパスを取り出した。


「……召喚の間に確かめに行こう」

「えっ?」


 召喚の間で見た地獄のような光景は何度思い出しても吐き気がする。あんな場所、二度と行きたくない。

 なのにルカが有無を言わさず「召喚の間へ――」と唱えるから、体は白い光に包まれた。



 気付けば、ガチャ画面で見慣れている召喚の間に移動していた。

 召喚の間はあちこちに宝石箱がふわふわ浮いており、高い天井には大仰なシャンデリアがいくつも吊り下がっている。

 床に描かれた複雑な模様の魔法陣が白い光を放っている。この光はガチャを引いたときの演出で、SR以上確定なら金色、SSR確定なら虹色に光るのだ。


 ネバドリで見ていたいつもの召喚の間だ。この世界に召喚された私を一瞬で絶望させた、死体の山がない。

 あれは夢だった。最初からそんなもの存在しなかったんじゃないかと思えるくらい、跡形もなく消えている。

 驚きはあるが、あの残酷な光景をもう一度見なくて済んだことにひとまず安堵した。


「みんなはどこに……っえっ!?」


 背後には、ルカと共に他のギルドメンバーも立っている。コンパスを使って飛ぶ際に一緒に転移してきたんだろう。

 SSRイズナ、SR団長、不動の推しSRヒカルくん、それからルカに、私の5人パーティーだ。

 ゲームで勇者は別枠だったけど、奴隷はどうやら一枠使うらしい。


 ルカと私を外して、代わりにSSRアーチャーと、ヒーラーのSSR僧侶を入れたら私のネバドリのガチパーティーになる。もっとも、8章のドラゴン戦で勝てないパーティーだけれど。


「ここに死体がないってことは、みんな生き返ってギルドに戻ってきたんだね! ゲームのキャラクターだもん。死ぬなんてありえないよね。あははっ、ほんとによか――」

「…………」


 ゆらり、ゆらり。

 露骨に不機嫌を表情に出しているルカの隣で、ヒカルくん達3人は体を緩く揺らしながら立っていた。

 本来なら表情豊かなキャラクター達がみんな無表情で、まばたきもせずに固まっている。

 ルカにこの世界に連れてこられる前、ヒカルくんが無反応だった状態と同じ。


 生きているのに死んでるみたい。

 肉体から魂だけ落っことしてしまったかのようだった。

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