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7話 UR勇者マイ

――UR勇者マイ ピックアップ召喚開始!! 排出確率100%!!


 ビラはいつものガチャお知らせページを印刷したもの、という印象だった。

 しかし、そのバナーには私が作ったアバターと同一の勇者が剣を構えている。


 プレイヤーである勇者がガチャキャラクター化? プレイヤーネームそのままの"勇者マイ"で?

 ネバドリはSSRが最高レアリティだったのに、その上のUR実装?

 しかも排出確率100%って一回引けばUR確定になるわけだけど?


 何もかもめちゃくちゃだ。はてなマークが次から次へと浮かんでくる。


「……神様は僕がしたことに気が付いてるみたいだね」

「え、神様……? ルカにはこの告知の意味がわかるの?」

「多分ね。マイをこの世界に連れてくる方法を調べてたときに、お師匠様から忠告を受けたんだ。必ず神様にバレて、世界はあるべき姿に戻されるぞって。だから神様は……死んだ勇者マイをもう一度召喚することで、この世界を元のシナリオに戻そうと考えてるんじゃないかな」


 神様――神様ってなんだろうか。

 私は神様の存在を信じている。でも、本当の意味で信仰心があるかと問われれば答えはノーだ。

 縋りたい瞬間だけ神様に祈ってきた。私みたいな人間は多いだろう。


「全然意味がわからないんだけど……このビラは神様からのお知らせってこと? ゲームの中に神様がいるの?」

「……僕やお師匠様が言ってる神様のことならマイの方が詳しいんじゃない? ここがネバーエンディングドリームっていうゲームの世界で、住人はみんなゲームの登場人物なんだってこと、僕はマイを通して知ったんだ。向こうの世界にいた頃のマイはよく文句言ってたでしょ。"クソ運営"とかなんとか」

「あ……」


 この世界の神様は私がたまに祈るような概念的存在とは違う。実際にこの世界を、ネバドリを作り上げたゲーム会社の運営のことなんだ。

 私はヒカルくんのSSRがなかなか実装されないからクソゲー、クソ運営と文句を垂れる日もあった。

 けど、実装が決まってから手のひらを返した姿もルカは全部見ていたんだろうな。とんだ赤っ恥だ。


「こことよく似た世界では勇者マイじゃない勇者がいて、僕そっくりだけど違う氷の見習い魔道士ルカがいるんでしょ? UR勇者マイは異常が起きてるこの世界限定のキャラクターだよ」


 ……確かにネバドリの不具合情報は出回っていなかった。

 私がヒカルくんピックアップガチャでルカ地獄に苦しんでいた裏で、友達はあっさりヒカルくんを引いていたのだ。

 私のネバドリだけがプレイヤーをロストし、ストーリーを進められない深刻なバグを抱えている。

 だからルカは私を召喚できた。正常な世界では無理なんだ。

 このUR勇者マイは不具合修正の追加データみたいな役割なのかもしれない。


「もしかして……分身である勇者マイがこの世界に戻ってきてくれれば、私は入れ替わりで元の世界に帰れるってことなんじゃあ……」

「ぷっ、あははっ!」


 進んでいく思考を止めたのは無邪気な笑い声だった。ルカは楽しそうにビラを破ってばらまいてみせる。


「残念でした。仮にそうであっても、誰かが勇者を引かなくちゃいけないんだよ。マイの代わりに向こうの世界でこのゲームを起動して、"ガチャ"を回してくれる人なんているの?」

「え……」


 私以外に私のネバドリを起動して、ガチャを回す人などいるわけがない。


「で、でも、この世界にいながら勇者を召喚する方法もきっとあるはずで……」

「さあね。けど、そんな方法あったらわざわざ召喚のお知らせなんて出すかな? 神様も僕からマイを奪えやしない。これはそれを伝える祝福のメッセージだって、そう思わない?」

「そんな……」


 ヒラヒラと舞い散る神様からのメッセージを踏みつけながらルカは笑う。可笑しそうに世界を嘲笑っている。

 その光景を眺める私の感情は、怒りより悲しみが勝っていた。


 氷の見習い魔道士ルカは素直で可愛いキャラクターだ。物語の最初から勇者に友好的で、誰より懐いてくれていて。

 ギルドメンバーから頼りない存在として扱われがちだったけど、ストーリーが進むにつれてルカの努力家な面は認められつつあった。


 もしも、私がルカをパーティーから外さなかったら。

 もしも、私がルカ推しのままでいたら。

 もしも、私が最初の選択肢でルカを選ばなかったら――


 きっとルカは私に恋をしなかった。

 そうしたら、ルカもこの世界もおかしくなることはなかったのだろう。

 あのときの選択は間違いだったの?

 確かにヒカルくん推しに変わったけど、ルカを選ばなければよかったなんて思ったことは一度もなかったのに。

 ルカの笑い声を頭の遠くの方で聞きながら、私は呆然と立ち尽くしていた。





 エルフの森の奥深く。色とりどりの花が鮮やかに咲き乱れる花畑は森の精霊の加護で枯れることがない。

 花の形は鈴蘭に似ており、ちょんとつつくと鈴のような音が鳴る。風が吹くと、花の一つ一つがそれぞれ違った繊細な音を立てるのだ。


 私は花の絨毯に寝そべり、空を見上げながら花たちの奏でる音楽に耳を傾けていた。

 すぐ横で「できた!」と弾んだ声がした。首輪をぐんっと引っ張られ、強制的に体を起こされる。

 普段は透明化していて不便のない首輪の鎖が具現化し、当然のようにルカの手の中にあった。


「綺麗だよね……この景色をマイと見られて嬉しいなぁ」


――転移魔法のコンパスは使わずに、あてもなく冒険をしよう。


 ルカの提案は絶対だった。拒否しても首輪を引っ張られるから、私とルカの二人パーティーでの冒険が始まった。

 ネバドリの世界は広大だ。

 ゲームの新規クエストなら一時間もかからず次の街に進めるが、実際に歩いていくとなると何日もかかる。


 UR勇者マイの告知を見た日から二週間、三週間……いや、もう一ヶ月以上経ったかもしれない。

 この世界に不具合が起こっていることを時々忘れてしまいそうになるくらい、のんびりとした時間が流れていた。

 あれから必死で懇願し、何度も鏡の破片を見せてもらっているが、リビングの天井から景色は移り変わらない。


「僕はエルフの森のパーティーメンバーに入れてもらえなかったから、いつか来たいと思ってたんだ」


 柔らかい風が頬を撫でる。風に合わせて花たちが歌う美しい花畑の中で、ルカは寂しそうな笑顔を見せた。


「だ、だって。ルカは――」

「知ってるよ。僕は弱くて使えない外れキャラだってことくらい。僕が排出されるとマイはいつもがっかりしてたね」

「…………」


 正直、ルカ入りのパーティーは4章のボス戦から苦戦していた。

 辛かったけれど、キャラが好きだったから意地で使っていたようなものだ。

 仕方なく5章の途中から外したため、6章のエルフの森でもお留守番だった。

 ルカにこの世界に連れて来られるまでは、パーティーを外されたキャラクターの気持ちなんて考えたこともなかった。心臓がぎゅっと苦しくなる。


「手を貸して?」

「あ……」

「僕はもう弱い魔道士なんかじゃないよ。僕がマイを思う気持ちは不可能を可能にする力があるんだ。だからね、マイ……病めるときも、健やかなるときも、」


 ルカの手には鈴の花で編んだ指輪があった。白いワンピースに、指輪に、誓いの言葉。まるで結婚式の真似事だ。

 ルカが私の左手を自然に取って薬指に指輪を嵌めようとした瞬間――急に辺りが暗くなった。

 頭上を大きな黒い雲が覆っている。強い風が吹いて、花たちが悲鳴のような断末魔のような不協和音を奏で始めた。


「っ!!」

「な、なんなの!?」


 慌てて耳を塞いで周囲を見渡すと花たちが萎れていく。ルカの作った指輪も私の薬指を通る前にぼろぼろと崩れ落ちた。

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