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6話 君を見てきた

「この鏡はね、大賢者が代々引き継いできた特別な物なんだ。マイも知ってるよね? 僕のお師匠様のこと」


 ルカの師匠といえば魔道士の上位職である大賢者だ。名はアサギという。

 ルカは大勢の弟子達の中でも落ちこぼれで、修行のためにギルドに入った。

 メインストーリー2章ではアサギ様の知恵を借りるため、アサギ様が作った魔法使いの図書館に行くことになる。

 アサギ様のキャラクター紹介文は、次元を超える大賢者アサギ――


 そうだった。アサギ様に話しかけると「若い頃は異世界を自由に行き来したもんじゃわい。あの頃は楽しかったのぉ」という定型セリフがあるのだ。

 アサギ様の部屋の背景には、黒い布がかけられた大きな鏡らしきものが描かれていたような気がする。


「つ、つまり! この鏡は異世界と……私の元いた世界と繋がってるってことだね!?」

「そうだよ。お師匠様が鏡を覗かせてくれることは一度もなかったけどね。僕がギルドへ出発する日、鏡が倒れて割れているのを見つけたんだ。それから破片をこっそり拾って眺めてみたけど、なんにも映らなかったよ。鏡の中には真っ暗闇が広がってた」


 私が夢中になって話を聞いている間に、鏡はするりと取り上げられていた。

 ルカは鏡を見つめながら懐かしむように目を細める。


「でもね、ある日何気なく鏡を見たら眩しい光に包まれて、映ったんだ。マイの顔が。あの時、マイは言ってくれたよね。"私、この子がいい"、"ルカと冒険したい"って」

「!!」


 それってもしかして。私が一人でキャーキャー騒ぎながら進めていたネバドリのチュートリアルだろうか。


「すぐに団長が僕を呼びに来て、"勇者マイ"と顔を合わせることになった。勇者マイは君なんだって、さっき鏡に映った別の世界の君が動かしてるんだって。どうしてかな。僕は直感したんだ」


――やっぱり。ネバドリはプレイヤーである勇者がギルドの門戸を叩くところから始まる。団長から入団試験をすると言われて、それに同行してもらうキャラクターを一人選んだ、あのとき。

 銀色の髪に碧い瞳の中性的な美少年。まず、外見とボイスが好みだった。

 更には落ちこぼれだけど誰より真面目で努力家な設定にも惹かれて、"氷の見習い魔道士ルカ"は私の推しになった。


 ……3章でヒカルくん推しに変わるまでは。


「あのとき、僕を選んでくれてありがとう。僕はギルドのメンバーの中で一番弱い。ちゃんとわかってるんだ。それでもマイは僕を選んでくれた。嬉しかったんだよ。すごく……僕はマイに出会うために生まれてきたんだって、本気で思うくらいに」


 ルカは鏡の破片をそっと両手のひらに包みこんで祈るように言葉を紡ぐ。宝箱に仕舞っていた宝石を一つずつ取り出すみたいにゆっくり、大切そうに。


「僕はマイが好きだよ。分身なんかじゃない。あの日キラキラした瞳で僕がいいと言ってくれた、君を好きになったんだ」

「ルカ……」


 思い出すのはダイヤモンド鉱山での言葉。分身である勇者マイがこの世界に存在すると私を連れてこられないから、ルカが殺した。

 ゲームのキャラクターだってこの世界の中では生きている。

 お腹が空くし、夜には眠り、怪我をすれば痛みとともに血を流す。

 それなのに勇者を、ヒカルくんを、みんなを犠牲にしてでも"私"と一緒にいたかったルカの思い。

 それは恋と呼ぶにはあまりにも残酷で、歪んだ感情に思えた。到底受け入れられるものではない。

 だけど、真っ直ぐで揺らぎのない瞳を前にして動揺している自分もいた。


「で、でも。その鏡が私の世界と繋がってるならどうしてみんなを殺したの……? 鏡を使って会いに来ればよかったでしょ……」

「鏡を使って異世界に飛べるのは大賢者のお師匠様だけだよ。僕やマイじゃ向こうの世界を覗き見することしかできない。それも、この世界のデータが入っているマイの端末を通してだけだ」

「そ、そんな……もう一度鏡を見せて! 声なら届くかもしれない!」

「無駄だよ」


 ルカが静かに首を横に振る。私に向けられた鏡の破片にはもうお父さんとお母さんの姿はなかった。

 代わりに映っているのは恐らくリビングの天井だ。画面を上にした状態で部屋のどこかに置かれたのだろう。

 スマホを片時も手放さずに生活していた私とは違って、お父さんもお母さんもスマホにあまり執着がないのだ。更に自分のものではないから、用事が済めばもう見ようとしないかも……。



 一瞬見えた希望が打ち砕かれて、私はショックを隠せなかった。

 ふらふらと後ずさり、膝の裏でルカのベッドの存在を感じると、そのまま力なく腰を下ろす。


「もどかしいでしょ? 向こうの世界とは決して交われない。どれだけ話しかけても一方通行なんだ」


 ルカはなんだか「ふふ」と息を吐くように笑って、俯く私の肩に手を置いた。


「僕はずっと君を見てきた。朝起きてから夜眠るまで、無防備な姿を全部。マイのことなら何でも知ってる。だからね、」


 トン――軽く押されただけで、視界がぐらりと揺れる。力が抜けていた私の背中はそのままベッドに沈んでいった。

 うちのリビングとそこまで変わらない天井の色だ。ぼんやり天井を見上げた私の視界がルカの顔で満たされる。


「こんなにすぐ近くにいるのに触れられないのはもう嫌なんだ」

「っ!」


 一瞬遅れて、ルカが私の上に覆いかぶさっていることに気付いた。

 さらさらの白銀の髪が私の顔に落ちてくる。長いまつ毛の一本一本が、髪と同じ美しい色をしていると認識できる距離にルカの顔があった。


「ル、ルカ……?」

「帰さないよ。絶対に」


 ルカの膝が脚の間を割っていて閉じることが許されない。くすぐり、じゃれあってきた夜とは違うと意識させられる。

 スカートがめくれ上がりそうでとっさに手で抑えると、ポケットの中に小瓶の存在を感じた。

 ソフィーからもらった勇者の涙だ。

 逃げるために使う? いや、そんな恐ろしいことできるわけが――


「僕を嫌いでもいいよ。殺したいほど憎んでてもいい。でも、僕はマイが好きだ。離す気なんてない」


 私の葛藤を待ってくれないルカの整った顔が更に間近に迫る。思わずぎゅっと目をつぶる。柔らかい感触が頬に触れて、すぐに気配は離れていった。


「今夜はこれで許してあげる。今度帰りたいなんて言われたら僕は何をするかわからないからそのつもりでいてね」


 意地悪な微笑みが私を見下ろしている。

 心臓が今まで感じたことのない早鐘を打っているのは怖かったからだろうか?……そうに決まっている。



 翌日の朝早く。「おはようございまーす!」とやかましくギルドに飛び込んできたのはこの世界の郵便屋さんだった。

 トレードマークは深々と被った緑色のベレー帽だ。彼は新聞やモンスターの出現情報のビラを届ける役割のため、何かと出番が多い。

 それに、ストーリー外ではネバドリユーザーに新しいイベントや、ガチャの告知をしてくれる。脇役ながら存在感のあるキャラクターだった。


「新しい情報をお持ちしましたー!」


 ……そう、ログイン時にこの定番セリフとともにバナーが表示されるのだ。

 用事を済ませるなり慌ただしく出ていった郵便屋さんを見送って、私達は届けられたビラに目をやった。


「えーと……『UR勇者マイ ピックアップ召喚開始!! 排出確率100%!!』」

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