4話 ダイヤモンド鉱山
「かわいっ! 可愛い! もっとよく見せて?」
「…………」
袖を通した真っ白のワンピースに特殊スキルの類はついていなかった。
仮に奴隷という役職の私にもゲームみたいな物理攻撃、魔力、防御などのステータスが存在するとして。この衣装にはステータスアップの効果はないだろう。
肩の露出したオフショルダーワンピは膝丈で、胸元とスカートの裾にレースがあしらわれている。
デザインは可愛いけど、見るからに防御力低そう……。
「ああ……やっぱり可愛い……よかった。マイに似合うと思ったんだ!」
ただただ私に着せたいからという理由でルカが選んだ趣味衣装だった。
衣装は買うのも作るのもアイテムの消費が重い。それでも私がヒカルくんにだけは何の効果もない私服衣装を買ってあげているのと理屈は同じだ。
ルカは可愛い可愛いと瞳を輝かせながら私の周りを何周もしている。ヒカルくんを眺め回しているときの自分の姿と重なり、苦笑してしまう。
「ルカはガチガチの装備だね」
ルカが身にまとっているのは"氷効果特大アップ"の特殊スキルがついた藍色のローブ。両耳には魔力のステータス大幅アップのイヤリングが揺れている。
極めつけは"大賢者の両手杖"。現環境の最強武器だ。
この武器はルカの師匠の大賢者が昔使っていた杖という設定がある。
「二人で冒険できるのが楽しみで気合い入れてきちゃった! 準備はいい?」
「……うん」
フルパーティーで挑んでも勝てなかったドラゴンに、見習い魔道士のルカと奴隷の私の二人パーティーで太刀打ちできるだろうか。
私は戦力外なので実質ソロパーティーだ。
ゲームでのルカはどれだけ装備を固めても限界突破しても役に立つ見込みがないキャラだった。
しかし、今のルカはどういうわけかSSRのようだし、不可能を可能にした魔道士だ。
行ってみないことにはわからない。
「ダイヤモンド鉱山の街へ――」
まばたきする間に目的の街に到着だ。転移魔法のコンパスは便利なアイテムだけど、万能ではない。
コンパスに記憶させることができるのは街やダンジョンなど、一つのエリアにつき一箇所のみ。
記憶させた場所が到着地点になるため、街のどこどこに移動したいとか細かく指定することはできない。
ダイヤモンド鉱山の街は昼間だというのに薄暗かった。
ドラゴンの魔力の影響で街全体が真っ黒の分厚い雲に覆われているせいだ。
降り立ったのは街の中心地の広場だが、人の姿は見えない。商品が並べられたままのカートや、出店にも店主の姿はなく、ゴーストタウンのような雰囲気をかもし出している。
無理もない。街の住人の大半がドラゴンの呪いで床にふしているのだから。
「えっと、じゃあルカ。鉱山に住み着いてる悪いドラゴン退治にいきますか」
「そうだね」
まったく迷惑なことにドラゴンはダイヤモンド鉱山の結界の中でぐうぐう眠っている。
ドラゴンの有毒ないびきが外に漏れ出し、その魔力を浴びた者は体に黒い紋様が現れて、やがて死に至る。
それが8章のタイトルである「呪われた街」の由来だった。
「両親が呪いにかかってる幼い兄妹とのフラグ回収は済んでるよ。あのときもらったダイヤモンドの原石も持ってきてるから安心してね。このダイヤがないと鉱山の封印は解けないもんね」
「ああ、そうそう! まさかあの子達に託されたダイヤの原石が剣に変わるなんてね。あのシーンほんと熱かったよ、ね……って、えっ!?」
どうしてルカはこの先に待っている展開を知っているんだろう?
私は8章のドラゴンに挑んで負ける度にタスキルと呼ばれる行為をしている。
要はロードが入る前にゲームを強制終了させて、その戦い自体をなかったことにしているのだ。
ネバドリは敗戦でアイテムがごっそり持っていかれるシステムなため、ネバドリプレイヤーなら誰もがやっている。
運営も対策をしないし、暗黙の了解ってやつだ。
「今更そんなことで驚くの?」
「だ、だってドラゴンに勝てないから鉱山には入らないようにしてたんだよ? ルカが鉱山の封印の解き方を知ってるのはおかしいよ」
「……確かにこの世界のデータには残ってないね。でも、僕は全部聞いてたから知ってるよ」
「え、」
それってどういう――
「いいから行こうよ! マイもドラゴンを倒した後のストーリーが気になるんでしょ?」
私の疑問は有無を言わさず引っ張る手によって中断された。
▽
ルカと二人、鉱山の入口を前にして困り果ててしまう。中に入るためには鉱山を取り囲んでいるダイヤモンドの壁のような封印を解かなくちゃならない。
硬いダイヤを切れるのはもっともっと硬いダイヤだけ。ということで街の幼い兄妹からもらった小さなダイヤの原石が、"ダイヤモンドの剣"というアイテムになり、ここは突破できる。
はず、なのだが――どういうわけかダイヤが剣へと姿を変えてくれないのだ。
「お願いだから変わって! 変・わ・れー!!……あー、変わらないや。これ、本当にあの兄妹からもらったダイヤなの?」
「……うん。間違いないよ」
だったら何故?
私がボス戦に挑戦したときは何も特別な操作はしていない。封印の前に来た途端に演出が入って剣へと変わった。
そうしてプレイヤーである勇者が剣を振り下ろすと、ダイヤモンドの壁は粉々に砕け散るのだ。
「ルカの魔法で何とかならないの?」
「無理だよ。ダイヤモンド鉱山の封印はダイヤモンドの剣でしか解けない。これは世界の理だよ。理を壊すためにはまたたくさんの犠牲が必要になるだろうね」
「っ、そんなの駄目だよ……!!」
「どうして?」
ルカの碧い瞳の奥に、黒く濁ったものを見たような気がする。
瞬間、召喚の間で見た凄惨な光景がフラッシュバックした。
ふらつく私を支えながら「またヒカルくんのこと考えてる」なんて不機嫌に呟き、背中をさすってくるルカが憎らしい。
私の状態が落ち着くのを待ってから、ルカはある仮説を話し始めた。
「恐らくダイヤモンドの剣は勇者専用アイテムなんだよ。当然魔道士の僕には使えないし、今のマイも勇者じゃないから無理なんだろうね」
「なら簡単に解決できるよ。この首輪を外して私を勇者にもどしてよ!」
「……それはできない。その首輪は僕の意志であってももう外せないんだ。それに、例え首輪を外すことができたとしても君は勇者にはなれないよ」
「っ、何で!?」
ただでさえ頭にきているのだ。
要領を得ないルカの言葉が私を余計に苛立たせる。
メインストーリーで必ずドラゴンを倒すと兄弟に約束したのはヒカルくんだ。
私はヒカルくんの思いも引き継ぐつもりでこの街に来たけれど、そもそもルカがあんな……あんなことをしなければ、こんな状況は生まれていない。
「勇者はプレイヤーの分身だ。神様から様々なギフトを与えられたこの世界の主役」
黙り込んでいたルカが私を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「でも、僕にはそれが邪魔だった。分身が存在したら、君をこの世界に召喚できないから。だから、だからね、」
――僕が殺した。
白く透き通った頬を赤く染め、はにかむような笑顔で告げられた言葉。
それはまるで愛の告白みたいだった。
「別の世界からやって来た"君"が、神様に祝福されることはない。もうこの世界に勇者は存在しないんだよ」